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カテリナです。留守番と言うのはいざ任されてみると面倒なことばかりが多い。特に最近シャーリィが十四番街のマフィア共に肩入れしたことで、シェルドハーフェン外縁部は俄にざわつき始めています。 まさか薬物関係に手を出すとは思えませんが、なにを考えているのやら。その事に関連して海狼の牙、オータムリゾートからの問い合わせが殺到しておりベルモンドはその対応を私に丸投げしたものですから忙しいのなんの。
のんびり余暇を楽しむつもりが、シャーリィが居る時より忙しい日々です。長期の遠出は極力避けるように言い聞かせなければいけませんね。早く帰って来ないものかと日々憂鬱に過ごしていたら、アークロイヤル号が戻ってきました。エレノアが連れた貴族達は横柄な振る舞いをすることもなく大人しくホテルに滞在しています。西部閥を率いているレンゲン公爵家の躾は充分に行き届いているみたいですね。関心です。まあ、この街で貴族の身分や特権は何の価値もないことを正しく理解しているようで何よりです。ふざけた真似をされたら、死体の始末にこまってしまいますからね。
極力関わらずにやり過ごせるかと思っていましたが、レンゲン女公爵と会うことになりました。聞いてはいましたが、本当にシャーリィの身内だとは。育ての親である私に興味があると言われれば断れません。相手はシャーリィの身内であり大切な後ろ楯、不興を買うような真似は避けるしかありませんからね。
「ごきげんよう、貴女がシスターカテリナかしら?」
「そうですよ、女公爵閣下。生憎育ちが悪いので礼儀作法に期待しないでください」
「大丈夫よ。最初にお礼を言わせて。貴女が居なかったらシャーリィは死んでいた。あの娘が生きているのは貴女のお陰よ。ありがとう」
「単なる気紛れで母親の真似事をしただけですよ」
単なる気紛れなのは間違いありません。後悔は……まあ、騒がしい日々を思えば……ありませんね。私の人生に彩りを与えてくれたのはあの娘ですから。
「その気紛れの結果がこの有り様かしら?だとしたらとんでもないわね」
「こればかりは想定外でした。あの娘は色々と規格外なので」
シャーリィには先入観や偏見が存在しない。興味関心が赴くままに実行して、いつの間にか町を作り上げ暁をシェルドハーフェン有数の組織に育て上げてしまった。
海狼の牙、オータムリゾートとの同盟関係を利用して更に勢力を拡大、十四番街の抗争にも介入している以上まだまだ上を目指すのでしょう。
「否定しないわ。なんなら貴女達全員うちで召し抱えたいくらいだわ」
「止めた方がいいですよ。お上品に振る舞えるようなものが居るか怪しいので」
シャーリィの下で多少は大人しくしていますが、構成員の大半は裏社会の人間。貴族社会に馴染めるとは思えません。
ルイス?彼に関してはシャーリィの正体に気付いたその日から密かに教育しています。主にセレスティンに任せていますが、生真面目な面があるのが幸いして貴族社会のルールを少しずつ習得しています。まあ、まだ先の話ではありますが。
レンゲン女公爵と会談後、適当に町を散策していたらシャーリィの実母であるヴィーラ=アーキハクト伯爵婦人を見掛けたので声を掛けました。この十年の事を誰よりも知りたい筈ですから。
寒空の下で話す趣味もないので、教会に招きました。私としては掘っ立て小屋でも構わないのですが、中々立派な教会を建ててくれたのは感謝ですね。たまに掃除に来て色々片付けていくのは困りますが。
「お行儀良くなんて止めてよね、カテリナ」
礼拝堂に招いた瞬間のヴィーラの言葉。やはり、私と同じタイプの人間ですね。伯爵家の令嬢に産まれなければ、或いは裏社会の王になっていたかもしれませんね。
「では気軽にさせていただきますよ。農園のリンゴから作ったブランデーです。どうですか?」
「ビンのまま貰うわ」
小瓶を手渡すと、彼女は豪快にらっぱ飲みしつつ長椅子の一つに腰かけました。片腕片足片目を失っていますが、その身から出る凄味は直接接しなければ分からないでしょうね。
私もお言葉に甘えていつものように祭壇に腰かけました。
「貴女は飲まないの?」
「シャーリィとの約束ですからね」
「シスターカテリナと言えば無類の酒好きだって聞いたことがあるんだけど?」
「おや、私の事を知っていましたか」
「こう見えて裏社会にも伝があるのよ」
見たまんま、とは言わない方が良さそうですね。
「あの娘の楽しみを我慢させたのです。私だって相応の我慢をしなければいけません」
「あら、何を我慢させたのかしら?」
「秘密です。気になるなら聞いてみては?」
「止めておくわ。下手に詮索されちゃシャーリィだって困るでしょうし。それより」
彼女は酒ビンをおいて、姿勢を正し私を真っ直ぐに見据えました。
「あの娘を拾ってくれて本当にありがとう。あの娘が書斎へ逃げ込んで地下室を見付けられるか賭けだったけれど……間違ってはいなかったわね」
「シャーリィを拾ったのは単なる気紛れに過ぎません。ですが、それを踏まえてもあの娘は幸運に恵まれたのでしょう」
「運も実力の内よ。あの娘達は運を勝ち取った。シャーリィも、レイミもね」
本当に嬉しそうに話すものです。これが母親か。ふむ、少しだけ妬けますね。我ながら不思議なものです。
「まだ娘さん達には会っていないのですか?」
「残念ながら、私が逃げ出したタイミングは最高にして最悪だったみたいでね。カナリアに拾われてセレスティンやエーリカから話は聞いているけれど、二人にはまだ会えていないわ」
帝都でのいざこざはセレスティンから報告を受けていますが、東部閥、大貴族が相手ですか。マクベスは戻って直ぐに臨戦態勢を取らせていますが、果たして私達だけで敵うかどうか。いや、あの娘が選んだことです。最後まで付き合いますがね。
「大きな厄介事を持ち込むみたいですし、平穏な日々は約束できませんよ」
「覚悟の上よ。あの子達が生きているなら、悔いはないわ」
……万が一の時は、あの姉妹とヴィーラを逃がしましょう。もしもに対する備えはあります。その時はシャーリィに復讐を諦めて貰うことになりますが、母親と妹が居るなら……幸せになれるでしょうから。