シャーリィ達が帝都を脱出して五日が経過。一連の騒動の混乱も落ち着き、帝都にも静かな日々が戻っていた。 当初マンダイン公爵家は皇帝の死がレンゲン公爵家による毒物が原因であるとして糾弾し、その身柄を押さえる予定であった。しかしフェルーシアがシャーリィと再会して心を乱したことで計画の大幅な繰り上げを余儀無くされ、皇帝がまだ存命の段階で事に及んでしまう。
それでもレンゲン公爵家の身柄を拘束できていれば問題はなかったのだが、シャーリィ達と言うイレギュラーの存在によって西部閥の貴族達を残らず取り逃がしてしまうと言う失態を犯す。
この騒ぎに乗じた企ては全て失敗に終わり、強権を使って取り込む予定であった南部閥もその日和見精神を遺憾無く発揮して早々に帝都を離れた。対立関係にある北部閥も言わずもがな。
マンダイン公爵家は門閥貴族達を先に領地へ戻し事態の収拾に当たっていたが、ようやく落ち着いたことでフェルーシアは再び恐怖を思い出した。それはシャーリィとマリアによる人知を越えた激突を目の当たりにした際に抱いた恐怖であり、この恐怖心が彼女から冷静な判断力を奪い去った。
「直ぐに領邦軍を編成し南下、シェルドハーフェン郊外にある黄昏なる街を破壊しなさい!そして必ずシャーリィ=アーキハクトを討ち取るのよ!でなければ、私達の平穏は訪れないわ!」
フェルーシアの檄に従い東部閥の
門閥貴族達を中心に大規模な動員が発令され、旧式装備とは言え数万の大軍が準備されることになる。
如何に近代兵器を持つ暁と言えど、これほどの物量を当てられては勝ち目もない。それはすなわちシャーリィの死を意味する。
この大軍団が南下を始めれば全てが終わる。東部閥の領地に潜伏している暁情報員達は自分達の家が蹂躙される未来を予想し青ざめた。だが、事態は思わぬ動きを見せた。
「愚弟の甘言に惑わされるな!わが父を、皇帝陛下に毒を盛ったのは我が愚弟及びマンダイン公爵家である!この暴挙を許す理由など何処にもない!立て!忠勇なる我が戦士達よ!愚弟とその取り巻きを討ち果たし、今こそ帝国を正しき道へ戻すのだ!!!」
第一皇子オルグレット=ローゼンベルクの檄に従い、スローダー公爵家率いる北部閥が突如として決起。その軍の一部を以て東部閥領内へと攻め込んだのである。
南下の準備を進めて領邦軍を集結させていた東部閥は北部との境界線の守りが手薄となっていたこともあり、完全に虚を突かれた形となった。北部閥軍によって、領地が接していた幾つかの東部閥貴族の領地を好き勝手荒らされてしまう。
「兄上が動いた!?あの戦バカが今になって色気を出したと言うのか!?フェルーシア、先ずは事態の収拾が先決だよ。私は兄を討つ!」
フェルーシアでも第二皇子にして自身の婚約者であるナインハルトの決意を無下にはできない。まして自身の勢力圏を荒らされたマンダイン公爵はこの事態に激怒し、集結させていた軍団を北上させることに決する。
「北の軍人被れ共に、誰の庭を荒らしたのか分からせてくれる!遠慮は要らんぞ!我らにはナインハルト殿下が共にあるのだ!」
奇襲されたことで門閥貴族達の不満が蓄積し、それは同時に盟主であるマンダイン公爵のメンツを完全に叩き潰してしまうものであった。
こうなると普段は父を裏から操るフェルーシアとしてもどうにもならない。何より貴族はメンツが何よりも大切なため、このような事態になって報復をしないと言う選択肢は存在しなかった。
これにより、帝国は内戦状態に突入。結果、貴族達はシェルドハーフェンへの介入を行えずむしろ内戦で裏社会はより活発化していくことになる。それは同時に暁の勢力拡大を促すことにもなっていくのだ。
「お姉さま!よくぞご無事で」
「レイミ、貴女こそ無事で何よりでした」
先に帝都を脱出していたシャーリィは敢えて合流地点で一日潜伏し、ラメル達と一緒に別のルートで脱出していたレイミと合流を果たした。姉妹は互いの無事を喜んで包容を交わす。
「ラメルさん、よくぞレイミを無事に連れ出してくれました。この働きには十分な見返りをもって報いましょう」
「その必要は無ぇさ、ボス。むしろ今回は俺達の失態だ。マンダイン公爵家が何か企んでいるのは掴んでいたが、まさかこのタイミングで動きを見せるとは思わなかった」
「構いません。おそらく私がフェルーシアと出会った事が切っ掛けです。その後の対応を見るに、彼らだって予定外の行動だったはず。時間は稼げます」
「では、直ぐにシェルドハーフェンへ戻らないといけませんね」
「そうです。マナミアさん、手筈は?」
「ライデン社が用意してくれた特別列車がこの先の駅で待機しているわ。持つべき者は特別な人脈ね」
「マーガレットさんは約束を守ってくれましたか。黄昏での優遇処置で報いるとしましょう。レイミ、手を借りますよ」
「お姉さまのためならば、いくらでも。戻り次第リースさんに詳細を話して協力を仰ぎます。もしオータムリゾートが動かなくても、私はお姉さまのお側に」
「心強いです」
斯くして姉妹はラメルやマナミア達に護衛されてライデン社が用意した特別列車に乗り込みシェルドハーフェンを目指す。
その途中の中継駅で、北部閥に軍事蜂起の動きがあるとの急報を受けた。
「第一皇子が動きますか。しかもこのタイミングで……まさか、お兄様……?」
突然の事態に兄と慕う第三皇子の影を感じつつ、シャーリィ達は三日掛けてシェルドハーフェンへ到着。六番街の駅で降りた彼女達は用意された馬車に乗り込んで黄昏を目指す。レイミはオータムリゾートへ戻る予定であったが、姉を送り届けることを優先したのである。その途上でカナリア達西部閥貴族達が無事に黄昏入りしているとの報告を受けて、シャーリィは安堵した。有力な後ろ楯を失うと言う最悪の結果は回避できたし、何より大切なものを失うことを避けられたのだ。
既にカナリアは領地に臨戦態勢を取るように指示を記した書簡をアークロイヤル号に託しており、海路で西部に事態を知らせている。あとは今後の動きを慎重に見極めるだけだ。
これから起こるであろう事態についてあれこれレイミと語らっていたシャーリィは、黄昏の領主の館にて下車。そして。
「お帰りなさい、シャーリィ、レイミ」
「「お母様!?」」
そこで最愛の母と実に十年ぶりの再会を果たすのである。