燈は病院のベッドの上で目を覚ました。
「ここは・・病院・・・」
燈が目を覚ますと、涙を流した母、椿が燈を力強く抱きしめる。
「燈!よかった・・・戻って来てくれた!」
「お母さん・・私・・ごめんなさい。」
母の顔を見て安心したのか、燈の目から大粒の涙がこぼれ落ちる。
「ううん・・燈が謝る事ないわ!
謝るのはお母さんの方よ!燈が苦しんでるのに
気づいであげれなかった!本当にごめんなさい・・・」
「お母さん・・・」
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「もう・・学校なんて行かなくていい!
あの学校が嫌なら、転校すればいい!学校なんていくらでも・・」
「駄目・・お母さん・・・」
「え・・・」
椿は燈の言葉に、驚いたように目を見開く。
「私・・学校に行く!!!」
「な、何を言ってるの?だって燈の自殺の原因は」
「大丈夫だから!もう負けない!」
「燈?」
燈のまっすぐな眼差しで、何かを察する椿。
「もう、お母さんに心配もかけないし、自分を偽らずに、堂々と生きるから!」
「燈・・ど、どうしたのよ・・急に・・」
自殺未遂をした実の娘からの意外な言葉に、驚きを隠せない椿。
「私ね・・夢を見てたの・・」
「夢?」
燈は、椿にこころクリーニングについて、事細かに話した。
「その部屋には私の心があってね──」
「いらない感情を処分するとね──」
荒唐無稽な話を、椿は優しく見守りながら聞いてくれた。
「そんな夢を見たの・・アニメとか映画みたいな話だけど、私、なんか勇気をもらえたんだ・・」
「燈・・・」
「そして、その人が言うの!私は自由に生きるべきだって!
顔は思い出せないんだけど、なんだか私、その人の言葉で勇気が湧いてきたの
私・・・普通じゃないなんて言われて、それがいけない事だって思ってた
でもそれって違うんだよね!
他人の価値観ばかり気にして自分を殺しちゃ駄目なんだよね!
その事に改めて気付かされたような気がするのだから・・・」
「分かったわ・・燈・・」
「お母さん・・・」
椿は燈の言葉を信じて、全てを受け入れた。
「燈がそういうなら無理にはとめないわ。けどね、これだけは約束して」
「約束?」
「一人でかかえ込まない!辛かったら、お母さんに絶対に言うこと!わかった?」
「うん・・分かった!約束する!」
「よし!約束ね!」椿は燈の頭を優しくポンポンと撫でる。
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それからしばらくして、燈の学校への登校がはじまった。
当然、自殺未遂をしたという話は学校中で話題になっていた為
燈がいつもの服装で登校してきた事に、クラスメイトは驚きを隠せないい様子だった。
だが、燈はそれでも構わなかった。一度捨てたこの命を
もう絶対に捨てないと、心に固く決意していたから。
しかし、燈が想像もしていない事が、数日後に起こった。
クラスメイトや後輩の数名から、実は燈のファッションセンスに、かねてより憧れていたと告白されたのだ。
その他大勢の圧力に潰されやしないかと、自分の個性を押し殺し、一般的に普通とされる服装で登校していたのだという。
しかし、どんな事があろうとも、自分の個性を貫いている燈に感化され
自分も自由に生きたいと、決意したとの事だった。
燈の脳裏に、誰から言われたのか思い出せない言葉が蘇る。
「そうなんだよね・・みんな同じように悩んでたんだ・・・
でも、勇気がなくて、一歩を踏み出せなかったんだ・・」
それ以来、燈に憧れ、感化され、明るい服装で登校してくる生徒が増えたのだという。
燈の「普通じゃない」が「普通」になる日は、そう遠くはないのかもしれない。
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暮内は、画面モニターに映し出されている燈を見ながら、優しげな表情で微笑んでいる。
「間宮様・・もう大丈夫ですね・・」
「彼女・・大丈夫ですよね・・」
暮内の後輩だろうか、暮内に燈の今後を心配する言葉を投げかける。
「大丈夫ですよ!見てください!あの間宮様の顔を」
モニターに映る燈は、こころクリーニングをする前の、周りの普通に押し潰され
自分の個性を殺していた時とは正反対に、自信に満ちた表情をしていた。
「間宮様なら大丈夫!もう既に間宮様の価値観は、周りに受け入れられつつあります
これは間宮様の自信につながります!我々が心配する必要など、もうありません」
そういうと、暮内なPCのマウスを動かし、モニターの映像を削除した。
「削除しちゃうんですか?」
「もう・・必要ありませんからね」
すると、壁に埋め込まれたスピーカーから、音声が流れて来た。
「また、ですか・・最近多くないですか?」
自殺者のあまりの多さに、後輩は落ち込んだように、ガックリと肩を落とす。
「愚痴を言っている時間はありませんよ?この世界にはまだ
我々の手助けが必要な人々が、星の数ほどいるんです」
暮内は、タキシードを小慣れた手つきで直す。
「さぁ!行きますよ!こころクリーニングの時間です」
暮内は、長い渡り廊下へ向かって歩いていく。
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