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異変は、月曜の朝に始まった。
目覚ましより少し早く目が覚め、天井を見つめたまま起き上がる気になれずにいた。最近、朝が重い。理由は分からない。ただ体と気持ちの接続が、少しずつズレている感じがあった。
意を決して起き上がった瞬間、床の影が一拍遅れて立ち上がった。
見間違いだと思い、もう一度座って立つ。影は、やはり遅れて動いた。心臓が強く鳴る。焦点を合わせるように瞬きをしても、現実は変わらなかった。
洗面所の白い壁でも同じだった。歯を磨く腕、顔を上げる動作、そのすべてを影が少し遅れてなぞる。まるで確認してから真似しているようで、気味が悪い。
学校へ向かう途中、周囲の人の影は正常だった。ズレているのは、僕だけだ。
最初に浮かんだ考えは「病気」だった。恐怖より先に、説明がつく安堵が来た。原因があるなら、治るかもしれない。
保健室、そして病院。医師はカルテを見ながら淡々と言った。
「解離症状に近いですね」
強い不安や疲労、現実感の低下。影のズレも、その一部として説明された。薬が出され、しばらく安静にするよう言われた。
その夜、影は正常だった。
久しぶりに、眠れた。
治ると思った。
病気なら、終わりがあると信じた。
三日後の朝、影は僕より先に立ち上がっていた。
歯を磨く前に磨き、ドアを開ける前に廊下に出ている。遅れではない。先行だ。影は迷わず、ためらわず、僕の行動を知っているかのように動いた。
再診で医師は言った。
「症状が変化することもあります」
薬は増えた。
休む時間も増えた。
影は、その分だけ先へ行った。
ある朝、影は玄関で振り返るような形を作り、通学路の角を曲がって消えた。僕は追いかけなかった。医師の言葉が頭にあった。
――無理をしないで。
それから数日後、気づいた。
影が、戻らない。
正確には、影そのものが消えていた。光の下に立っても、足元が空白のままだった。誰も気づかない。誰も指摘しない。
外に出ると、人の視線がすり抜ける。声を出しても、返事がない。存在していないわけではない。ただ、認識されにくくなっていた。
医師は言った。
「順調に回復しています」
検査結果は改善を示していた。数値は正常に近づき、診断名も軽くなった。
でも、それは違う。
回復したのは、影のほうだ。
駅のホームで、最後に見た。
人混みの中を、迷いなく進む影。
止まらず、疑わず、選び続ける僕。
僕はホームの端で立ち尽くした。
選ばなかった側として、残った。
光は今日も世界を照らしている。
影は、もう僕のものではない。
誰も、それを異常だとは思わない