チャリンチャリン…
いつものジャズカフェの鈴の音。
快いはずのその音は、今の私には心の奥底に重く響いた。
「二力さん…」
いない。
もしかしたらいるかもしれない。そんな期待がある中開いた扉の中には彼の姿はなかった。
「………」
私は昨日…二力さんと…………………………///
ぁあ。ダメだ。考えたくない…。きっとあれは一夜限りの幻だったんだ。二力さんが私の事そんなふうに見てくれるはずない。きっと私は遊ばれたんだ。甘い言葉で囁かして、私の性欲をかきたてて、それをきっと珍しい獲物として楽しんでただけだ。そうじゃなきゃ二力さんが私みたいな子供を相手にするわけない…。
考えれば考えるほど胸は苦しく、重く、黒く染っていくのがわかった。
二力さんに会いたい。…会いたい。
やっぱり、どれだけ自分の気持ちを否定したくても、彼が好きだというこの気持ちは、一向に消えてくれなかった。遊ばれてたならそれでいい、二力さんが私の事女としてみてくれてなくてもいい。ただ「好き」と伝えたい。それだけだったのに。二力さんに答えて欲しくて…そう考えれば考えるほど現実が突きつけられて苦しい。
コロン…
………!
「これ…二力さんがくれた…口紅………」
せめての彼へのメッセージだ。気づいてくれなくてもいい。ただひっそりと、彼への気持ちを伝えたい。
そう思いながら私は、下唇にすっと口紅を押しあてた。微かにいい匂いがする。上唇に軽くなじませ、ぎゅっと口紅のケースを胸に押し当てた。
「……好きです。」
ジャズカフェのピアノを見つめながら、ポツリと呟く。
「…誰が好きだって?」
「……!!!」
「え!?二力さん!?!?」
そこには、少し腰を折って、扉に体を預けながらこちらを見ている二力さんの姿があった。
「ここは二力の店なんすから、二力が来るのは当たり前でしょうが」
「そ、そそそそうですけど…///」
「………**で、**誰が好きだって?」
「っう…」
呼び名の通りニッコリと笑ってこちらを見つめる彼の姿は、どことなく意地悪で、彼が言葉を発する度にこちらの言葉の選択肢がどんどん絞られていく気がして…なんだが落ち着けなかった。
「い、意地悪しないでください」
「意地悪…?はは、人聞きが悪いなあ」
相変わらず二力さんは扉にもたれかかったままニッコリと微笑んでいる
「どーも大将は掴みどころがないな」
「…え?」
コツ…コツ
たんたんと近づいてくる二力さんに驚き、反射的に口紅のケースをポケットに隠した。
「大将、あんたこんなとこで何してたんすか?」
少し困ったように微笑む彼の表情が、痛かった。
「べ、別に…///」
「別に…?……ふーん、そうですかい。ニカはてっきり…昨日のことを…」
「二力さん…!!!」
「…!」
言って欲しくなかった。本当に反射的だった。二力さんの言葉を押し返すように叫び、泣きそうな視線を彼に送った。
「…………大将?」
聞いたことの無い優しい声に、涙がこぼれそうになる。
優しくしないで、あなたの気持ちくらい分かってる。今の私には、優しくされることの方が辛いんだよ。
そう言おうとして、寸前で言葉を飲み込んだ。
「なんか言いたげな顔だな…。」
「………!」
「どうしたんすか、そんな泣きそうな顔で。」
お見通しだったらしい。二力さんは昨夜のあの優しくて意地悪なその表情で頬を撫でてきた。
「二力さん……///」
「…ん?」
「……!」
二力さんの表情がほんの一瞬驚きに変わった。
「…大将……あんた…これ…………」
「……へ?」
「…口紅してんすか?」
「…!」
かぁっと赤くなる頬を隠そうとする私をさしおいて、二力さんの手が私の腰にまわった。
…と思うと、視界がぐらりと回り、気づけば近くのソファに押し倒されていた。
「大将…あんた………挑発ってのがうまいんすね…」
「ちょ、ちょーはつ!?/////」
「…ふ………似合ってる」
かぁっっ/////
恥ずかしすぎで死にそうだった。咄嗟に両手で顔を隠そうとする。
…と、やっぱりお見通しらしい。すぐさま捕まれ、グイッと上に押し上げられた
「ひゃっ…/////」
「や、や…です///// 見ないでっ…/////」
「見ないで?…あんた、見て欲しくてつけてたんじゃないんすか?」
「あ…/////」
確かに。ごもっともだ。でもいざ褒められると、死ぬほど恥ずかしくて否定したくなる。
「大将…あんたどーしたんすか」
「昨日はヤッたらすぐさま帰っちまうし、かと思ったら今日は口紅付けてるし。」
「あんた一体全体何考えてんですか」
「………カァ//////」
「二力さん…/////」
「…ん?」
「二力さんは…私のこと…どう思ってますか?」
勇気を振り絞って出した割には、あまりにも声が震えて伝わったかどうかが曖昧だった。
「……………なんすか、急に」
「っえ?/// や、あの…その…だって昨日は…えっと…」
「…はぁあぁ……w」
「もうちっと整理してから話してくれやせんかねぇ、こっちまでわけわかんなくなる」
「す、すいません…///」
「べつに謝罪求めてるわけじゃないっすよ?w まだあんたにゃ昨日のは早すぎやしたかね」
「……………///」
「……………嫌いじゃあないですよ。それなりに。」
「………!///(それなりに…!?)」
「てっきりニカは昨日のことで嫌われたかなぁと思ってたんすけど…見たところ違うってことでいいすか?」
「………!」
二力さんも似たようなこと考えてたんだ…
「あ、あの…!」
「へいへい、そんなに叫ばなくても聞こえやすよ」
「二力さん…あたし………あなたのことが」
「しっ………」
すらりと細長い人差し指で、彼はそう示した。
「えっ…………?」
別に誰かが来る訳でもない。鍵は閉まっているから警戒する必要も無い。では何故————————-
ニッコリ。彼はただ寂しそうに笑って、ソファから立った。
「二力さん…?…ちょっ、ちょっと待って…!!」
その行動に数泊遅れて、彼は私に「好き」と言って欲しくないのだと気付いた。
理由は深く考えれば分からない。けれど何となく分かった。こんな感情は初めてで、カフェから出ていこうとする彼をとにかく呼び止めようと走った。
「二力さん!!!」
「………!」
「…大将。駄目ですぜ」
「どうしてですか!?なんで私の気持ちを…」
彼は袖を掴んだ私の手を素早く離して去っていこうとした。
「二力さん!!!!」
パタンっ
チャリンチャリン………………
あの鈴の音と共に、また孤独な部屋に1人取り残された。
「どうして…」
どうして好きと言わせてくれないの…やっぱり私はただ弄ばれていただけだったのだろうか。
こんな叶わない恋をした私を嘲笑うためにあんな甘いことを言ったのだろうか。
「嫌いじゃあないですよ。それなりに。」
…意地悪で、少し遠回りな彼の「好き」という言葉が、嘘だと思えば思うほど苦しかった。
コメント
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グッ、、ニカさん推しですぜ、、