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チリンチリン……
「…似てる………」
ジャズカフェの鈴の音を思いながら、遠くまで響くその音に耳を傾けていた。
「お、明日香ーー。ちょうどいいとこに、手伝ってくれるかー?」
「……イチハヤ…」
今日はもう二力さんとは会えない気がした。もし会えたとしてもどんな顔して話せばいいかも分からない。むしろ何を話せばいいのかも分からない。そんなんで彼の前に出ていくことは到底できなかった。
きっと…私捨てられたんだ————
いや、違う、はじめから二力さんはそんな気なかったんだ…それなのに私が勝手に勘違いして…嬉しくなって………
本当に恥ずかしい。もうこんな気持ち捨ててしまおう。こんなくだらない気持ち…
くだらない……気持ち………………。
考えれば考えるほど苦しい。辛い。叫びたくなる思いを押し殺して、いつもの表情でキッチンに向かった。
「あ。明日香。オーブンのなか見てくれるか?そろそろ焼き上がる頃だと思うんだがー…」
「クッキー焼いてるの?」
「ぁあ!店で出す用な。お前にも少しやるよ。どーせ後から足りなくなってまた焼くから」
「足りなくなるなら初めからいっぱい焼いといた方がいいんじゃ…」
「はははははっ!!ここには俺しか居ないからな!!俺一人ではこれ以上のクッキーはいっぺんには焼けないんだよ!!」
「あ、ぁあ………確かに…💧ははは」
相変わらず元気いっぱいのイチハヤには、到底相談なんてできなさそうだ。
けれど、悩みのなさそうなイチハヤを見ていると、こっちまでモヤモヤが吹き飛んでくれるようで…そんな彼にはなんだかんだで密かに助けてもらっていたのだ。
(まぁ、イチハヤは気づいてないだろうけど…)
ほのかにバターの香りが鼻をくすぐる。もう彼もクッキーを焼くことに慣れているのだろう。手馴れた手つきでオーブンからクッキーを取りだし、出来上がりをまじまじと見つめている。きっと上出来だったのだろう。少し自慢げにエプロンを外し、熱々のクッキーを私に差し出してくれた。
「これぞ焼きたてホヤホヤ。食うか?」
「ありがとう。相変わらず上手だね」
「だろー?ミツヤにアドバイスを貰ってな!このペンギンクッキーのおかげでこっちも助かってるんだよ〜」
「へ〜!だからこれコラボクッキーって商品名で売ってるんだね」
「そのとーり!ミツヤの方でもおんなじの売ってんだよ。今度見に行ってみな」
「うん!行ってみる。他の階とコラボ商品かぁ〜ミツヤくんもセンスある事考えるなぁ〜」
「よしっ、これからもそのアイデア、使お!!」
「アイデアって…ペンギンクッキーのことか?」
「あははっ、コラボの事ねw」
「ぁあ〜〜w いいんじゃないか?上手くいけば客も増えるしな!!」
「うん!!イチハヤありがと!おかげで元気とアイデアが出た!」
「おう!頑張れよー」
パタンっ
「あれ…俺元気なんかあげたか?」
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コラボか…いいかもしれない。ミツヤくんにもお礼を言わなくちゃ。
そう思いながら軽い足取りで3階へと向かった
ピロンっ〜♪
「っえ、着信?」
珍しい。私のスマホからLINEの通知が来るなんて。
あ、別に友達がいないという訳では無い。決して。
「…………!」
「…あ、詩織からだ」
詩織…それは私の昔からの親友。聞き上手な彼女からのメッセージは、なんとディナーのおさそいだった
「行きたいけど…店のことがあるしな……」
3階に行くついでだ。1番まとめ力がありそうなミツヤくんにお願いしに行こう。
そう思いながらペンギンカフェの扉を開けた。
チリンチリンっ……
「ミツヤくーん」
ふかふかのお布団のような、そんな暖かい匂いと共に、たくさんのペンギンのぬいぐるみ達が私の目を癒してくれた。
やっぱりミツヤくんは凄いや…
少し耳を澄ますと、食器が重なる音が奥から聞こえてくる。
「明日香さん…?」
キッチンから少し顔を出したミツヤくんは、どこか無邪気さを醸し出していた。
「あ、ミツヤくん!ごめんね。仕事中に。ちょっとお願いがあって」
「お願い…?なんですか?」
水道の水を止めて、タオルで手を拭きながら私の方に来てくれた。
「えっと…ちょっと友達から夕飯のお誘いがあって…ビルのこと任せてもいいかな?」
「外食ですか?ええもちろん!僕達のことは構わず是非行ってください♪」
「本当!?わぁっ!ありがとう!!」
「いいえ。明日香さんたらいつもバリバリ働いてるんですから、たまには休憩もしなきゃですからね」
「あはは…💧 私そんなバリバリ働いてるかなあ💧」
「バリバリ働いてますよ明日香さんは!みんな心配してるんですからね!少しは自分をいたわってください」
「えー!?そうなの!?うふふ…じゃあお言葉に甘えて今日はゆっくりすることにするね」
「えぇ。是非そうしてください♪……わぁ!その口紅かわいい!今日はオシャレですね」
「えっ?…あ、ありがとう…///」
二力さんに似合うと言われた時のことを思い出し、また胸が痛くなった。
「それ二力さんから貰ったものでしたっけ?いいセンスですよね。羨ましいです」
「あ、ミツヤくん知ってるんだ…」
「えぇ。イチハヤくんがたまたま見てたみたいで…それで流れに乗って耳に入ってきたって感じです」
「へ、へぇ…」
見られてたんだ…💧
「…ていうか明日香さん。行かなくていいんですか?」
…へ?
一瞬真っ白になった頭の中は、すぐさま様々な情報でいっぱいになった。
「あぁ!!そうだった!!ごめんミツヤくん💦あとはよろしくね!!」
「あ、はい…気をつけてくださいね💦」
早々とカフェを出て、軽い身支度を整えた私は、詩織の言うレストランまで競歩で向かった。
幸い近くだったため、そこまで焦る必要もなく、オシャレに気を使う余裕すらあった。
「(二力さん…私がこんな格好してたらなんて言うのかな…)」
案外素直に「かわいい」と言ってくれるかもしれない。はたまた服を買う余裕があるなら借金を減らせと言ってくるかもしれない。そんな妄想を膨らませているこの時間が、なんだか楽しかった。