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“あの日、私だけが取り残された坂道”
Episode 09 #最初の一歩
一睡もできないまま、朝を迎えた。
カーテンの隙間から差し込む朝日は、驚くほど白く、そして静かだった。
私は制服に着替え、昨夜書き換えた進路希望調査の紙をカバンに仕舞う。部屋のドアを開けるとき、心臓が痛いほど脈打ったけれど、もう逃げるわけにはいかなかった。
リビングに下りると、お母さんが台所に立っていた。
いつもなら「早く食べなさい」「今日の小テストは?」と矢継ぎ早に飛んでくる声がない。お母さんは私の姿を見ると、気まずそうに、だけどどこかひどく疲れた顔で視線を落とした。
テーブルの上には、トーストと目玉焼きが置かれている。
私は黙って席につき、喉を通らないパンを一口ずつ噛み締めた。
「……美咲」
お母さんが、背中を向けたまま小さな声で私を呼んだ。
「お母さんね、あなたが頑張っているの、本当は分かっていたのよ。でも……あなたがどんどん私から離れていくような気がして、成績が下がっていくのが、まるで私の育て方が否定されているみたいに思えて、怖かったの。あなたを追い詰めていたのね。ごめんなさい」
お母さんの肩が、微かに震えていた。
いつも完璧で、絶対的な存在だと思っていたお母さんが、初めて見せた弱さと謝罪だった。
私は、お母さんも私と同じように、何かに怯えていたのだと初めて知った。
「……私も、嘘ついててごめん。期待に応えられなくて、ごめんなさい」
お母さんの目から涙がこぼれ落ちるのを見て、私の目からも温かいものが溢れた。
まだ、すべてが解決したわけじゃない。私の成績が急に上がるわけでもないし、進路がすぐに決まるわけでもない。
だけど、私たちの間にあった冷たい壁には、確かに風が通る隙間ができていた。
「行ってきます」
家を出ると、外の空気はすっきりと澄んでいた。
いつもの坂道の途中で、自転車を押して待っている千尋の姿が見えた。
「あ、美咲! おはよ!」
千尋はいつも通り、太陽みたいな笑顔で手を振る。
私はその姿に向かって、少しだけ速足で歩いた。
「千尋、おはよ」
「うん、おはよ。……なんか、今日の美咲、ちょっと顔がすっきりしてるね」
「うん。昨日の夜、お母さんとちゃんと話したんだ。……全部ぶちまけてきた」
千尋は目を見開いた後、心の底から嬉しそうに「そっか!」と笑った。
「進路希望の紙、ちゃんと書いたよ。医者じゃないやつ」
「へえ、何書いたの?」
「秘密。後で先生に提出するから」
私はカバンをぎゅっと抱きしめた。
私より頭が良くて、一瞬で私を追い抜いていった千尋。
今でもその才能は羨ましいし、嫉妬が完全に消えたわけじゃない。だけど、もう「私より上に行かないで」とは思わなかった。
千尋は千尋の道を行き、私は私の道を探せばいい。
「ねえ、今日の放課後さ、英語の勉強付き合ってよ。千尋に負けっぱなしなの、やっぱり悔しいから」
「いいよ! じゃあマックでポテト奢ってね!」
並んで歩く私たちの影が、朝の地面に長く伸びていた。
私の高校生活は、ここからもう一度、新しく始まるのだ。
私も勉強しないとな〜
ではまた次回
コメント
1件
那月さん、第9話読み終わりました……! お母さんが「私の育て方が否定されているみたいで怖かった」って弱音を吐いたシーン、すごく胸にきました。ああ、お母さんも人間だったんだなって。美咲ちゃんが自分の道を選ぶ決意をした顔、想像しただけでじんとします。 千尋が「なんか今日の美咲、顔すっきりしてるね」って気づくところ、本当にいい友達だなあ…。冷たい壁に風が通る隙間、って表現がすごく好きです。 次も楽しみにしてますね🌙
#現実世界
雪代 真希奈
107
#進化
雪代 真希奈
25
#儚い
nanaha.
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