迎えた、翌朝──
やっぱりゆっくりはしていられない彼は、シャワーから上がり身仕度を済ませると、「また会えれば……」と、私の部屋を早々に後にしようとした。
こんな時、切実に想う……。もし彼と結婚をしていたら、今度はいつ会えるんだろうと寂しく感じるようなこともなく、私の元にいつもきっと戻って来てくれるのにと──。
そんなことをぼんやりと考えていたら、無意識に「いってらっしゃい」というセリフが口をついていた。
「ああ、行って来る」
玄関で靴を履き終えた彼が振り返って、ふわりと柔らかな笑顔を向ける。
その笑顔を、独り占めしたくて……。……だけど、婚約はしても結婚はしていないから、”いってらっしゃい”と送り出したって”ただいま”と彼が帰って来るようなことはなくて……。
胸を刺すような切ないまでの感傷と、それをわがままだとわかる理性とがないまぜになる。
彼を信じて疑わないと自らに言い聞かせたそばから、押し寄せる物思わしさに何も言えないでいる私を察してか、
「……彩花」
と、彼から呼びかけられた。
「あっ……はい」
彼に笑顔でいると誓ったばかりだったのに、顔を上げた拍子に涙が零れ落ちた。
泣き顔を悟られまいと慌てて涙を拭おうとすると、
「……泣かせてしまったか」
涙のつたった頬に、彼がひたりと手で触れた。
わがままだと感じる自分に抗おうと、頭をいやいやと何度も振る。
その顔を、彼が両手に包んで、
「わかっている……」
と、一言を口にした。
「なるべく早くに、君の元に帰って来られるよう、結婚を進めよう」
「……なんでわかって……」
……どうして、彼はいつも私を泣き虫に……。それになぜ、何も言ってはいないのに、秘めて隠したはずの想いにまで、気づいていて……。
「わからないわけがないだろう。こんなにも君を、愛しているのに」
彼の言葉は、いつだって私を泣かせて……。そうして抱えた切なさも一瞬で取り去って、ただ幸せにしてくれた……。
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