突然の貴仁さんのプロポーズから一週間程が過ぎた、ある日──
会社に着くやいなや、社長でもある父から呼び出された。
社長室のドアをノックして、中へ入る。出社して早々の呼び出しに、もしかして婚約に関わることかなとも察したけれど、「……何でしょう?」と、敢えてビジネスライクに問いかけてみた。
「何でしょうって、おまえ……。わかっているんだろう?」
父が、そわそわと落ち着かない様子で、こちらを窺う。
「……たぶんだとはわかってはいるけど、でもお父さん、今は仕事中だから……」
父娘とは言え、さすがにプライベートな話を職場でするのは気恥ずかしくて、やんわりと避けようとすると、
「仕事中って、そりゃないだろう〜? 私がどれだけおまえからの話を待っていたか! なのにおまえと来たら、一週間が経っても、何も報告もなしとは……。どれだけ父さんが、やきもきしたか……!」
よっぽど業を煮やしていたのか、そう一気にまくし立てた。
「そうは言っても、一応の報告はしたでしょ? あの後すぐの電話で」
少し落ち着いてほしくて、父に反論を試みる。
「あれは、私からしたものだろうが。そうではなくて、おまえからちゃんとだな……、ああー……」
じっとりと見つめる私の視線に気づいたのか、父がやや決まり悪そうに口ごもった。
「……悪い。……焦りすぎたか」
ボソリとした呟きに、「うん、ちょっとね……」と返して、「だけどそのうちしっかりとお父さんには話すから。貴仁さんと二人で」そう言い添えた。
「……ああ、まぁ、貴仁君も大概に忙しい身だからな……」
父がようやく安堵したらしく、はぁーとため息を漏らす。
「そうでしょ? それにまだプロポーズから一週間しか経ってなくて、私だって貴仁さんとの結婚は夢物語みたいで、そんなに現実味がないくらいなんだもの」
場が和んだのを感じて、思わず本音を口にすると、
「……なんだと?」
どうやらやぶへびだったようで、再び大きめなトーンで切り返された。
「うむ、おまえがそんな風では、貴仁君も話を進めにくいだろう。……というわけで、ほらこれ」
デスクの上に急に分厚い封筒が置かれ、「……何?」と、首を伸ばし覗き込んだ。
「ブライダルフェアの案内だ。行って来なさい、一緒に」
封筒を押し付けられ、「……えっ?」と、いきなりのことに困惑する。
「ちょっと待ってってば! こんなのはまだ早くて……」
「早くない」
父が真顔で制する。
「善は急げと言うだろう。早いに越したことはない」
自分の話したことに、ひとりうんうんと頷いて、「だから、行って来るんだ」と、父はあくまで強気で押し通した。
「……では、父からは以上だ」
そうして、ブライダルフェアのパンフレットを抱え呆然としている私を尻目に、とっとと話を切り上げると、
「いい知らせを待ってるから」
と、満面の笑みをたたえた。
そんな顔を見せられては封筒を突っ返すわけにもいかず、「はい、そのうちに……」とだけしか返すこともできないまま、私は社長室を後にするしかなかった。