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三文小説
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翌朝。
カーテンの隙間から朝日が差し込んでいた。
二人ともほとんど眠れていなかった。
阿部は目を開けると、隣で眠る目黒を見つめる。
目の下にはうっすらと隈ができている。
(寝不足だよね。)
(俺もだけど。)
昨夜、お互い泣きながら眠ったことを思い出し、阿部は小さく息を吐いた。
その時。
ピコン。
スマートフォンが静かに鳴る。
画面を見ると、渡辺からだった。
『おはよう。』
『昨日は眠れたか?』
『俺はあんまり眠れなかった。』
『でも、少しずつ前向こう。』
『また四人でご飯でも食べよう。』
阿部は自然と笑みを浮かべる。
「翔太らしいな。」
『俺もあんまり眠れなかった。』
『でも、メッセージありがとう。』
『また会おう。』
そう返信すると、スマートフォンをそっと置いた。
その音で目黒もゆっくり目を覚ます。
「あべちゃん……。」
「おはよう。」
「おはよう、めめ。」
目黒はまだ眠そうなまま身体を起こす。
「よく眠れた?」
阿部は苦笑する。
「全然。」
「めめは?」
「俺も。」
「何回も目が覚めた。」
しばらく沈黙が流れる。
阿部は静かに目黒の手を握った。
「めめ。」
「俺、考えてたことがある。」
「何?」
阿部は少しだけ視線を落とした。
「俺が考えてた作戦。」
目黒は首を傾げる。
「作戦?」
「うん。」
「いっぱい甘えて。」
「めめに『守れてる』って思ってもらって。」
「少しずつ元気になってもらおうって。」
目黒は小さく笑う。
「そんなこと考えてたんだ。」
「でも。」
阿部も苦笑した。
「昨日、全部やり直しになっちゃった。」
「俺も、めめも。」
「また最初から。」
目黒は黙って阿部の話を聞いている。
阿部は続けた。
「でも。」
「焦るの、やめよう。」
「少しずつ。」
「リハビリしよう。」
「リハビリ?」
「うん。」
阿部は頷いた。
「いきなり仕事に戻るんじゃなくて。」
「まずは。」
「少しずつメンバーに会ってみない?」
目黒は少し驚いた表情を見せる。
「みんなに?」
「うん。」
「最初は九人じゃなくてもいい。」
「一人とか。」
「二人とか。」
「短い時間だけ。」
「『人と会っても大丈夫だった。』」
「そういう成功を少しずつ増やしたい。」
目黒はしばらく考え込んだ。
「……怖くない?」
阿部は正直に頷く。
「怖い。」
「でも。」
「ずっと家の中にいたら。」
「事件の日から時間が止まったままになっちゃう。」
「だから。」
「少しだけ前に進みたい。」
目黒は阿部の手を握り返した。
「一人じゃ無理だけど。」
「めめと一緒なら。」
「頑張れる。」
その言葉に、目黒の表情が少しだけ柔らかくなる。
「俺も。」
「一人じゃ無理。」
「でも。」
「あべちゃんと一緒なら。」
「少しずつなら頑張れそう。」
阿部は安心したように笑った。
「じゃあ。」
「最初は誰に会おうか。」
目黒は少し考えてから答える。
「……岩本くん。」
「きっと焦らせないでいてくれる。」
二人は顔を見合わせ、小さく笑った。
すぐに元通りにはなれない。
でも。
一歩ずつなら前へ進める。
そんな小さな希望が、ようやく二人の心に芽生え始めていた。
___________
その日の午後。
リビングには静かな時間が流れていた。
テレビはついているものの、二人ともぼんやり眺めているだけだった。
阿部はソファにもたれながら、隣の目黒を見た。
「めめ。」
「ん?」
「少しずつメンバーに会うリハビリ。」
目黒はゆっくり頷く。
「……やってみようか。」
阿部は嬉しそうに笑った。
「じゃあ。」
「最初は照。」
「俺もそう思ってた。」
目黒はスマートフォンを手に取る。
少しだけ深呼吸をしてから、岩本へ電話を掛けた。
数回のコール音のあと、電話がつながる。
『もしもし。』
「岩本くん。」
「今、大丈夫?」
『もちろん。』
『どうした?』
目黒は少し黙った。
何から話せばいいのか分からなかった。
「……昨日。」
「事情聴取に行ってきた。」
『うん。』
「あべちゃんが。」
「俺を元気にしようって。」
「いっぱい甘えてくれる作戦を考えてくれてたんだ。」
岩本は黙って話を聞いている。
「でも。」
「事情聴取で。」
「二人とも全部思い出しちゃって。」
「また怖くなった。」
目黒は苦しそうに息を吐く。
「昨日。」
「俺。」
「またあべちゃんの足に鎖を付けちゃった。」
電話の向こうは静かだった。
責める言葉は聞こえない。
目黒は続ける。
「夜は。」
「あべちゃんが怖い夢を見て。」
「過呼吸になって。」
「俺も……。」
「もう何が正解か分からなくなった。」
長い沈黙のあと。
岩本が穏やかな声で言った。
『めめ。』
『今から行ってもいい?』
目黒は少し驚く。
「今から?」
『うん。』
『特別なことはしない。』
『コーヒー飲みに行くだけ。』
その何気ない言葉に、目黒の肩の力が少し抜けた。
「……うん。」
「待ってる。」
___________
三十分後。
インターホンが鳴る。
「岩本くんだ。」
目黒が玄関を開ける。
「お邪魔します。」
岩本はいつもと変わらない表情で家へ入った。
「阿部。」
「調子どう?」
「ぼちぼち。」
「そうか。」
それだけだった。
岩本は鎖のつながった阿部の右足に一瞬だけ視線を向けた。
けれど何も言わない。
驚くことも。
責めることも。
慰めることも。
何事もなかったようにソファへ座る。
「コーヒーある?」
「あるよ。」
目黒がキッチンへ向かう。
三人でコーヒーを飲みながら話したのは、ごく普通の話だった。
最近見た映画。
新しくできたラーメン屋。
ラウールが送ってきた面白い動画。
佐久間がまた時計を買ったこと。
ライブの思い出。
事件の話は一度もしなかった。
気が付けば二時間が過ぎていた。
「じゃあ。」
岩本が立ち上がる。
「俺、帰るわ。」
玄関まで見送る二人。
岩本は靴を履きながら振り返った。
「めめ。」
「阿部。」
二人が顔を上げる。
岩本は小さく笑った。
「焦るな。」
「今日は人に会えただろ。」
「それだけで十分前に進んでる。」
「無理して次へ行こうとしなくていい。」
「一歩ずつでいい。」
短い言葉だった。
でも、その一言は二人の胸へまっすぐ届いた。
「ありがとう。」
阿部が微笑む。
「また来る。」
そう言って岩本は帰っていった。
玄関のドアが静かに閉まる。
部屋へ戻ると、目黒がふっと笑った。
「……岩本くん。」
「すごいね。」
阿部も優しく笑う。
「うん。」
「最初に照を呼んでよかった。」
「事件のこと、一回も聞かなかったね。」
「だからかな。」
「普通に笑えた。」
目黒は阿部の手をそっと握る。
「少しだけ。」
「前に進めた気がする。」
阿部は頷いた。
「うん。」
「本当に少しだけ。」
「でも。」
「その少しが、すごく大きいね。」
窓の外では、夕日が静かに街をオレンジ色へ染めていた。
二人のリハビリは、ゆっくりと、確実に始まっていた。
コメント
2件
やはりSnowManのパパ、存在感と安心感がすごい
岩本くん、良すぎる……。「特別なことはしない。コーヒー飲みに行くだけ」って、何気ない言葉なのにどれだけ救われたか。事件のことに触れず、ただ普通に過ごす時間が一番のリハビリなんだなって伝わってきた。「焦るな」「それだけで十分前に進んでる」の一言が刺さりました。二人がゆっくりでも確実に前を向き始めてて、読んでるこっちも温かい気持ちになれた。次は誰に会うのかな。