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哭月が溶けて消えていったあと。
ないこは深く眠りに落ちていた。
そこは夢――けれど、記憶そのもののように鮮明な“現実”だった。
*
暗い部屋。
白い壁。金属の扉。無機質なライト。
幼い“俺”がそこにいた。
名前は、まだない。
番号で呼ばれていた。
「104、起きろ」
機械的な声と共に、冷たい水がかけられる。
周囲には、同じような年齢の子供たち。
誰も泣かない。泣けば“音”が取られるからだ。
ないこ(幼少):(ここでは、歌うことも、話すことも、許されない)
記憶のなかの俺は、ただじっと座っていた。
目の前にはマイク。
日々の検査は「どれだけ正確に、指示通りに声を出せるか」。
感情を混ぜれば「失格」。
独自の表現をすれば「矯正」。
誰かが言った。
「“声”は、兵器になる」
「感情は、無駄だ」
「お前たちは、“音の器”だ」
叫びたかった。
でも、叫ぶたび、音は取り上げられる。
そして――そのたびに、“別の俺”が生まれた。
冥晶、聲哭、哭月。
すべてはこの場所で、“感情の身代わり”として形作られた存在。
ないこ(幼少):(名前が欲しかった。
誰かに、“俺”として呼ばれたかった)
*
ふっと、夢の中で誰かが現れる。
それは、小さな男の子か女の子か分からなかった。
自分と同じ施設で過ごしていた子だった。
少ねん:「ないこ、って呼んでいい?」
幼い“俺”が目を丸くする。
ないこ(幼少):「……それ、名前?」
少年:「うん。君、名前ないんでしょ? じゃあ“ないこちゃん”でいいじゃん」
そのとき――
初めて、“名前”というものが胸に灯った。
そして、“声”を奪われ続けたその場所で、
ないこは初めて、心の中で歌を口ずさんだ。
それが、すべての始まりだった。
*
夢から目覚めたないこは、涙を流していた。
それは、かつての自分が流せなかった涙。
ないこ:「……俺の、“名前”は……
笑われたものだったけど……
それが、俺の救いだったんだな」
誰かに“ないこちゃん”って言われたあの日。
そこに“自分”という存在が生まれた。
闇に沈んだ部屋の中で、ないこの目は、確かに前を見ていた。
次回:「第三十八話:声を持たぬ部屋、音を奪った人々」