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其の参:デート
日曜日。
約束は一時だ。
あまり気が乗らない僕は、約束の時間を五分ほど過ぎたころに待ち合わせ場所についた。
その場所は大学の近くにある坂。
名前を『引合坂』という。
由来なんて知らない。
別にどうでもいい。
時期が時期なだけに周りの木々はきちんと紅葉している。
だが、ここらへんにある木はほとんどが桜だ。
なので夏や秋、もちろん冬よりも春の方が美しいのである。
まぁそんな事もどうだっていい。
世の中にはどうでもよくない事の方がたくさんある。
例えばあいかわらず僕は金欠だとか。
この坂をのぼるのはムチャクチャ大変だとか。
五分遅れただけなのに藤本に十分くらい怒られ(文句を言われ)てるとかだ。
「なんで五分も遅れたんですか!?こういうのは男の人が先に来るべきなんでしょう?」
「あー、はいはい。」
(ほんと、やってらんないよ。)
別れ話をいつきりだそうかと考えていると、藤本がいつもと違う事にようやく気付いた。
メガネをコンタクトに変えていたのは分かっていたが、髪が短めになってたのにはなかなか気づかなかった。
こうして見ると、ブスじゃあないよな。
可愛いわけでもないけどさ。
「…私の顔に、なにかついてますか?」
「あ、いや…。いつもと違うなって。」
いつも、と言ってもまだ二日くらいしか見たことないのだが。
それでも変わったと分かるのは、僕のそこそこいい記憶力のためだ。
「やっぱり変ですか?」
「……べ、別に。そっちの方がいいと思うよ。」
あれ?
僕は何を言ってるんだ?
確かに本心を言ったけど、こんなんじゃ別れ話ができないじゃないか。
藤本は僕に言われ、恥ずかしがるように、少しうつむいた。
「じゃあ行きましょうか。」
「そうだな。」
僕は藤本の少し後ろをついていった。
何だかあいつのペースになってるような気がする。
「ところで、この坂が何で引合坂と言われてるか知ってますか?」
「いや…。」
そんな事別に知りたくもない。
そう思ってはいても藤本は少し得意気に話しだした。
「昔、身分の違う男と女が付き合ってたんです。でも結局は結ばれない恋で……親たちに仲を裂かれてしまったんですって。でもその後、男がたまたまこの坂を歩いていたら反対側から女の人が来たんですって。それで二人はもう一度めぐりあえたんですよ。その事から引き合わせる坂、という意味で引合坂と呼ばれたそうです。」
「……ありがちだな。」
「でもロマンチックだと思いません?」
「…さぁ。」
その後も藤本は僕にいろいろ話しかけてきた。
でも僕はその投げ掛けられた言葉を適当に返した。
それでも藤本は文句を言わず、一所懸命話しかけてくる。
そのうち、だんだん自分が悪い事をしているような気分になったので、ちゃんと藤本と話そうとしたのだが、
「あ、着きましたよ。」
それより早く映画館についてしまった。
(見る前に別れる事を言わなくちゃ…)
(金欠の)僕はなんとかそうしようとした。
だが藤本は僕を引っ張り中に入ろうとした。
「お、おい。チケットはどうすんだよ。」
「大丈夫ですよ。ちゃんと二枚もってますから。」
「……」
って事はタダか。
……まぁ、一応見てやるか。
前から見たい映画だったしな。
決して藤本と見たいわけではないさ。
僕は自分にそう言い聞かせた。
その映画は前評判がすごくよかっただけに、なかなかよい出来だった。
帰り道、僕と藤本は映画の事を話していた。
よく分からないが、なんとなく楽しい。
まるで自分じゃないようだ。
頭がボーッとする。
藤本の声はおぼろげに聞こえるのだが、自分が何を言ってるのかは分からない。
ただすごく楽しそうにしゃべっているという事は分かる。
「佐倉くん…。」
藤本がトローンとした目で言う。
そして…………
――キスをした
(何をしているんだ!)
心でそう思っても、壊れたロボットのように僕の体は言う事を聞かない。
三秒くらいのキスを終えた後、僕たちはそれぞれに帰っていった。