●第2話
声を荒げたとたん、パンっと乾いた音がした。
◇
「はっ!」
タイヤがドブ板を踏む音で起こされた。日はすでに高い。
極造は頭を抱えた。スマホの時刻は午前11時3分。
魚市場はとっくに閉まっている。着信履歴が1件。
料理人の健太から留守電が入っていた。『店長に起こされたよ』
「スマン」と連絡しようとしたが拒否されているようだ。
彼は血相を変えて部屋を飛び出した。とにかく出勤して謝罪せねば。
通行止の工事現場を迂回して店に向かう途中、極造は美子の姿を見かけた。彼女は泣きながら路地裏を駆けていく様子だった。極造は驚きながらも、なぜ彼女がこんなところにいるのかを考えた。その瞬間、彼の胸にひらりと羽ばたくような感覚が広がった。
彼は走って美子の後を追い、路地裏に入った。すると、彼女は急いで逃げる男に追いつき、彼の腕を掴んでいた。極造はその場面を目撃し、男に近づいていく。
「放してください!行かないで!」と、美子は必死に訴える。男は無視しようとするが、極造が近づいてきたことで動揺が見えた。
「おい、何をしているんだ?」と極造が男に声をかけると、男はパニックになりながら言い訳を始めた。
「な、なんでもない!ただの勘違いだ!」と男は言い訳するが、極造は彼の様子が怪しいと感じた。
「もう十分だ、警察に通報するぞ!」と極造が言うと、男は顔色を変えた。
「待て待て、話を聞いてくれ!」と男は懇願する。極造は彼の態度に疑問を抱きながらも、一度だけ話を聞いてみることにした。
男は震えながら語り始めた。「俺は借金を抱えていて、この女に金を借りていたんだ。でも、彼女は高額な利息を要求してきて、それに応じないと脅されていたんだ。だから、逃げようとしたんだ!」
極造は男の話を聞きながら、彼の態度が怪しいと感じた。美子も困り果てた表情を浮かべていた。彼女は必死に極造を信じてほしいと願っているようだった。
「おい、本当にそうなのか?」と極造が男に問い詰めると、男は恐る恐る借用書を取り出した。
既視感がある字体だ。前に注記だらけの脚本を見た。だから署名は美子のだ。
「おい、こいつに金を貸したのか?」
尋ねると美子は小さく頷いた。
「だ、だから、助けてくれ!彼女には関わりたくないんだ!」と男は必死に頼む。
極造は迷いながらも、美子の困っている様子を見て決断した。
「わかった、助けてやる。金の問題はちゃんと解決するんだぞ」と極造が厳しく言うと、男は素直に従った。
◇
債務者を放免したあと二人は向き合った。
「何でお前が居るんだよ」
「ニュース見てないの?」
疑問符がハモった。
◇
「なんか食うか」と極造が出したのは彩り豊かな季節のサラダ。大きな木の盛り皿に、色とりどりの季節野菜とハーブが美しく盛ってある。ドレッシングは軽やかで、野菜の新鮮な風味を引き立てる。
食べながら事情を聴いた。紅夕青月に大入袋が出た。が、中身が問題だった。
◇
「USBメモリか?」
「ええ。私は辞退しなかった」
美子は唇をポテトで汚しながら言う。
極造はお代わりを盛りつけた。
「命知らずだな。でもなぜ取り立てる?」
「売るかどうかは高跳びしてから決めるって」
「そんな奴に与する君もどうかしてる」
「だから保険を掛けたの」
「女優になったな!」
極造は感心した。
すると美子は表情を曇らせた。
「私がそんなに賢く見える?」
「えっ?」
極造が美子の目線を追うと格子戸が赤く点滅していた。
「ちっ、俺を巻き込むなよ」
勝手口から逃げ出すと駐車場に店のトラックがなかった。時刻は正午過ぎ。
そして無線らしき声が患者を探している。
「そう来たか」
「ここは日本だもの」
「なら袋の鼠だ」
極造はスマホの電話帳を一覧した。迷惑はかけたくない。
「健太さんには気の毒な事をした」
美子は深々と頭を下げた。
「えっ?」
男はあっけにとられる。
美子が示した液晶には紅夕青月の公式アカウントがあり健太がいいね!を押していた。
◇
オレンジ色に染まる指定席で極造は拳をふりあげた。
女であろうと食い物を粗末にする者は許せない。
「一緒においしく食べてあげたじゃない。
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