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(最近、雅輝の服のセンスがだいぶ良くなったと思ったが、やっぱり手をかけなきゃダメか――)
「あのさ雅輝、今は俺の姿をしてるんだぞ。それをわかってて、その服を選んだのか?」
お泊り用に置いてあった宮本の服を着終えた橋本が、苦笑いしながら橋本のなりをしている宮本に声をかけた。
「はい。いつも陽さんの服装はシックな感じだったから、俺なりに遊び心をちょっとだけ加えてみたんですけど」
「そうか……。遊び心をプラスしたことにより、ダメンズさが加算されていると思う」
秋葉原界隈でよく見かけるリュックサックを背負っていたり、ウエストポーチをつけているような方々の服装を感じさせるそれを目の当たりにして、額に手を当てながら首を横に振った。
「陽さんなら、どんなものでも着こなせると思っていたんですけど、駄目でしょうか?」
しょんぼりした宮本の顔(正しくは自分の顔)を見て、しまったと思わずにはいられない。
「たっ確かに着こなしてはいるが、今日の俺のファッションと合わないと思うんだ。ほぉら、よく見てみろ。これに合うものをセレクトしてほしい」
黒っぽい長袖のTシャツにジーンズ、MA-1を着込んだ自分の姿を見て、むぅと唸ったあとに、橋本がいつも身に着けているような服を選ぶ。
「雅輝、やればできるじゃん。惚れ直した」
「ほんとに?」
「ああ、ほんと。とりあえずいつものファミレスに行って、腹ごしらえしようぜ。運転してくれよな」
着替え終えた宮本に、インプの鍵を投げて渡した。互いにインプの鍵を持っていたが、一緒に出かけるときはこうして、自分の鍵を宮本に渡していた。
いつものやり取りをすべく、橋本は中身が入れ替わっていることをすっかり忘れ、利き手で鍵を投げたところ、思った以上に勢いがついたことに、投げてから気がついた。
「よっ☆」
それなのに宮本は難なく、それを引っ掴む。常人離れした動体視力のお蔭だった。
「悪い。勢いがつきすぎた」
「安心してください。陽さんから渡されるものは、どんなものでも受け止めますよ」
「雅輝……」
嬉しげにニコニコする自分の顔は見ていて気持ち悪かったが、中身は宮本なんだと言い聞かせて気分を持ち上げつつ、地下駐車場に向かった。
(入れ替わった状態を楽しむなら、徹底的にいろいろ試してみたい――)
そんな橋本の決意も露知らず、宮本はインプに乗り込みシートベルトを締める。ちょっと遅れて助手席に乗り込んだ橋本が、エンジンをかけたばかりの運転席に身を寄せた。
「よ、陽さん?」
「……目をつぶれ」
あからさまに狼狽える自分の顔を目の当たりにして、吹き出したくなるのを抑えながら命令してみた。
「それってつまり、キスしようとしてます?」
「目をつぶっちまえば、わからないだろ」
「それはそうですけど……。陽さんってば自分の顔を見ながら、よくもそんなことをしようと思えますよね」
俺なら無理だとか、ブツブツ文句を言い続ける宮本の口を塞ぐべく、強引にくちづけた。
「んふっ!」
驚く自分の顔を見ないようにするために、ぎゅっと目をつぶり、舌を挿入させた。宮本を感じさせようとして、ふと気がつく。
キスしている相手は自分自身――いつものようにしても感じられないことに気がつき、宮本にされて感じる行為を思い出しながら実践してみる。
押しつけている唇をちょっとだけ離し、舌先を使って歯茎を左右になぞった。
「んんっ……ぁっ…」
唇の隙間から甘い吐息が漏れる声を聞いて、宮本がしっかり感じているのを確認してから、ふたたび深くくちづける。
「ぁ、ん…っも…だめっ!」
宮本がギブアップして、橋本の肩に両手を置いて引き剥がした。
「よよっ、陽さんってばあんなに激しいキスして、このまま俺を食べる気ですか?」
潤んだ瞳で抗議する宮本――まるで生娘みたいに顔を赤らめる自分の顔に呆れ果てて、白けた表情を見せつけた。橋本としては見せつけたつもりだったが、現在は宮本の顔なので正直なところ、げんなりしていることが伝わったかは不明である。
「いくら飢えてるからって、どんなに頑張っても、自分相手にヤル気は起きねぇよ」
「うっ、飢えてるなんて信じられない。昨日あれだけシたのに……」
「誰かさんがいいトコロで止めたりするもんだから、途中すげぇ悶々とさせられた」
しれっと中折れしたことをネタにしつつ、アピールするようにその部分に触れてみた。当然ふざけてやっているので、感じることはない。
「うわぁ陽さん、さりげなく俺を煽ってるでしょ?」
「煽ったところで、何もできないだろ。キスでさえ10秒もたせるのがやっとだったし」
言いながらシートベルトを装着し、困り顔した運転手を肘で突っついた。微妙な表情を浮かべる自分の顔は、文句が言いたいのか、それとも呆れ果てているのかすら判別できないものだった。
とりあえずマイナスな感情を和ませようと、宮本がよくするニンマリした微笑みを、思いきってトライしてみる。
「陽さん、変な笑い方して、わざとウケようとしないでくださいよ。俺ってば、いつもそんなアホ面で笑ってるんですか」
「俺としてはオーバーに笑ってるだけだから、これよりはマシなんじゃないか?」
「マシ……これよりはマシ、なのか」
更に口元を引きつらせた宮本はギアをいれて、インプを静かに発進させた。正直その表情もいただけないなと、内心こっそり思った橋本だった。