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私と瑠奈るなが今いる場所は人気のない丘の上にある公園だ。 いつの間にかこんなところまで歩いてきてしまっていたらしい。


「2人っきりの世界」


ゆっくりとこちらに足を踏み出す瑠奈。

普段は表情豊かな彼女が薄ら笑いを浮かべたまま近づいてくるため、言いようのない恐怖を覚えた私は、彼女が踏み込んでくる度に後退ってしまう。

――すると不意に彼女は立ち止まり、どこか寂しそうな表情で俯いた。


「……帰ろっか、優日ゆうひ

「え?」


突然、雰囲気の変わった瑠奈の言葉に戸惑う。

彼女は手を体の後ろで組むと、公園の奥へと進んでいく。


「ここは優日がいるべき世界じゃないって分かったでしょ? ほら、あっちを見て」


公園の奥で手摺に体を預けている瑠奈の言葉に従い、私は彼女の横に並んで同じようにその先の景色を見る。


「なに、あれ……」


太陽が沈んでいく反対側では、当然のように夜闇がやってくるはずだ。

でもこの光景はおかしい。どうして暗くなった場所から街が消えていっているんだ。


「この世界があの闇に呑まれてしまえば、優日は現実に戻れなくなる。そんなのダメだよね。優日のことをずっと待ってる子たちがいるんだから」

「意味わかんないよ、瑠奈……それよりも早く家に帰らないと……」


瑠奈の言っていることが何一つとして理解できない。そんなことよりも早く家に帰って、ママの無事を確認させてほしかった。

体を翻そうとした私のそばで瑠奈のため息が聞こえたかと思うと、突如として首を包み込むようにして冷たい何かが触れる。

それがまるで首を絞めるかのように添えられている瑠奈の手だと気付いた時には、ゾッとするような目をした彼女の顔がすぐそこにあった。

そしてその唇がゆっくりと言葉を紡ぎ出す。


「もうこれ以上は付いていけないかな。優日はさ、眩しすぎるんだよ」


引き攣った喉から息が漏れる。

言いようのない恐怖感が私を支配し、訳も分からないままに体が震える。


「……思い出せた?」


そう言った瑠奈が私の首から手を離すと、それを支えにしていた私の体が崩れ落ちそうになる。

すると今度は、彼女の手が私の肩を抱いて支えてくれた。


「えっと、ごめん。ショック療法のつもりだったんだけど……やっぱり瑠奈の力だけじゃダメ?」

「私は……」


頭の中で何かが引っ掛かっている。

でもそれを深く考えようとすればするほど、頭痛が酷くなっていく。


「ちゃんと思い出してよ。家族になるんでしょ、あの子たちと」

「家族……?」


私の家族はパパとママ。でも、私のパパとママはもう何年も前に……。

今の私にとっての家族は――。




「ますたー!」


私の鼓膜を揺らす声。


「もう、遅いよ。……アンヤ」

「あん、や……アンヤ!?」


記憶の霧が晴れていくとともに偽物の記憶が薄れて、やがては完全に消えていく。

パパとママが事故に遭うことなく今も生き続けてくれているという偽りの思い出、この街で過ごすことのなかった中学と高校生活。あっちの世界には存在していないはずのアンヤたちと同じ姿をした者たち。

そしてあっちの世界にも確かに存在していたけど、私が両親と一緒にこの街に住んで頃にはまだ、出会ってすらいなかったはずのない少女――瑠奈。


「その声……!」

「瑠奈のこと、覚えていてくれたんだ。嬉しいな」

「忘れるわけがない。あんなに温かかったあなたの声を」


アンヤと瑠奈が何やら言葉を交わしている。

よく分からないが、まるでアンヤは彼女のことを知っているかのような口ぶりだ。


私の体は瑠奈によって、近寄ってきたアンヤの腕へと預けられる。


「ますたー……よかった」

「アンヤ……」


ここにいるアンヤは間違いなく私の知っているアンヤだ。偽物でもないだろう。

でもそうなると、やっぱり不可解だ。この空間がプリスマ・カーオスの魔法を受けてしまった私の脳が創り出した妄想のようなものなら、そこにいる瑠奈はいったいなんなんだ。

目の前にいる彼女の自我ははっきりとしているように見える。プリスマ・カーオスの変装だとか、私の脳が創り出した虚像のようなものだとは、どうしても思えなかったのだ。


「瑠奈、どういうことなの。あなたはいったい……?」


私の問い掛けを受けて数歩後退り、自分の胸に手を当てた彼女が落ち着いた様子で口を開く。


「そうだね、瑠奈は……言うなれば志島谷しじまや瑠奈るなという魂から分かたれた魂の欠片」

「欠片?」

「そう。あの日、優日が死んじゃいそうになった時に瑠奈は必死に願ったの。誰か優日を助けてくださいって」


魂の欠片はごく稀に声を届けてくれたりするとシズクが前に教えてくれた。でもこうして話している瑠奈の意識ははっきりしているように感じる。

そして彼女の言葉により、私の中で別の記憶が掘り起こされていた。

私が事故に遭い、女神ミネティーナ様の力で世界の壁を越えてしまった日のことだ。


皆の太陽であろうとしていた私は、瑠奈に拒絶されてしまった。

まるで世界が終わったかのような心地になった私は、普段は絶対にしないと決めていた自己犠牲の人助けを行ったのだ。


「その願いが届いてくれたのかは分からないけど、優日の魂は世界を越えた。その時にね、そばにいた瑠奈の魂もちょこっとだけ、本体から分かたれた本当に小さな欠片だけど、一緒に付いてきちゃったんだ」


車に轢かれそうになっていた子供を庇った私は、沈みゆく意識の片隅で誰かの声を聞いていた。

だが彼女の言葉を聞いて確信する。あれは間違いなく、瑠奈の声だ。

――でも、どうして私を拒絶し、離れていってしまった瑠奈が?


「ずっと見守っていたんだよ。優日のこと。優日たちのこと」


私はどんな顔をすればいいか分からなかった。

偽りの記憶によって、親友だと思い込んでいた瑠奈とは普通に話せたのに、本当のことを思い出した今では、まともに目を見ることすらできない。


そんな私の代わりに瑠奈と話すのはアンヤだ。


「……あなたはずっとアンヤの中にいた」


どういうことかが理解できず、唯々驚くばかりだ。


「最初は優日を通してあの子、コウカの中にひっそりとお邪魔させてもらっていたんだけどね。あの遺跡でコウカが真っ二つに斬られちゃった時、コウカの魂が残っていない空っぽの方の体に、瑠奈は取り残されちゃった。その後はずっと、プリスマ・カーオスの実験台にされていたんだ」


それはコウカが進化して、初めて人間と同じような姿になった時のことだろう。真っ二つになってしまったあの子の姿はトラウマで、今も記憶に残っている。

コウカの魂が残っていた体はそのまま今のあの子に。そしてもう片方には瑠奈の欠片が残っていた。

それをプリスマ・カーオスが回収して実験台にしたということなのだろう。


「プリスマ・カーオスはコウカが本来であれば聖霊になるべき存在であったことと、あの子から切り離された体の中に、別の魂の欠片が残されていることに気が付いた。それで体の方を弄くり回しながら、都合の良いように魂の欠片も誘導しようとしていたみたいだけど、瑠奈には意識があったからそれを拒んだの。だからね、魂そのものはカーオスからの干渉をほとんど受けなかったんだ」


瑠奈が受けていたプリスマ・カーオスの実験。そしてアンヤが過去に語ってくれた、彼女の出生の秘密が繋がる。

もしかしてアンヤの魂は――。


「アンヤ。あなたは魂の欠片である瑠奈の元に、数えきれないほどの魂の欠片が集まったことで生まれた魂だよ。でも勘違いしないでね、あなたは瑠奈じゃない。世界にとって正しい理で生まれたたったひとつ、あなただけの魂。瑠奈はただのきっかけにすぎないんだ」


それはまるで親が子供に魂の欠片を分け与えるようなことだ。

子供の魂は親が与えた欠片に、世界の根幹を司るシステムによって漂白された無数の欠片が集まることで生まれると、以前シズクが教えてくれた。

つまりアンヤの魂は、他の誰とも違わない、至極まっとうな方法で生まれたものなのだ。


「声を届けられたのはあなたが生まれてきてくれた時だけ。ほんの小さな欠片でしかない瑠奈は、あなたの中から見守っていることしかできなかった。……でも、それももう限界」

「どういう、こと?」


彼女への気まずさなど捨て置き、私はつい問い掛けていた。

そんな私の問いに彼女は消え入るような笑みを浮かべた。


「瑠奈はもうすぐ消えちゃうってこと」

「消えちゃうって……もしそうなったら、アンヤはどうなるの!?」

「どうもならないよ。ただ、中でこっそり見ていた瑠奈の意識が消えるだけ。アンヤの魂が欠けちゃうわけでもないから、安心して」


私はホッと胸を撫でおろしていた。

……同時に自分への嫌悪感が募る。


「さ、もう行かないと」

「瑠奈を置いてなんていけないよ」


どの口が言うのだ。私はきっと瑠奈を心の底から気遣っているわけでもない。

こんな時にまで嘘をついて、心配しているフリをする自分が嫌になる。

そんな私の嘘に気付いているのかは分からないが、瑠奈はこちらを安心させるように微笑んでみせた。


「言ったでしょ、どのみち瑠奈の意識は限界なの。一緒に行ったところで意味ないよ」

「瑠奈……」


掛ける言葉が見つからない。

感謝すればいいのか、謝罪すればいいのか、別れを告げればいいのかが私には分からない。


「あなたが……」


沈黙に陥った私たちの代わりに声を発したのはアンヤだ。


「あなたがいなければ、きっとアンヤは生まれてこれなかった。暗闇の中であなたはアンヤに初めて光を見せてくれた。だからありがとう――お母さん」

「へっ」


素っ頓狂な声を上げた瑠奈は暫くの間、面食らったように目を瞬かせていた。


「――お母さん……お母さんかぁ。……まあ、いっかな」


困ったように頬を掻きながら、どこか感慨深そうに呟く瑠奈にアンヤは微笑みかける。


「後のことはアンヤに任せて」


その言葉を聞いた瑠奈は軽く目を見開いた後に目を伏せ、どこか満足そうにも見える笑みを浮かべた。


「ああ……もう安心だね。どんな夜を迎えたとしても、その子と一緒なら大丈夫。優日が、どんな時でも寄り添い続けてくれるような子たちと出会えて……本当に良かった」


その言葉に。私の心に巣食っていた霧が全て晴れたような気持ちになる。


思い出すのは瑠奈との現実にあった日々。

私にとって、この子はただ一緒にいることが多いだけの知り合いの1人としか思えていなかった。でも本当は違ったんだ。

がむしゃらに望んだものを追い求めていた私は、ただ見えていなかっただけなんだ。


「……私、どうして気付けなかったんだろう。瑠奈はずっと私のそばにいてくれようとしていたのに。ちゃんと私のことを見てくれていたのに!」


今だってそうだ。

自分の存在が消えそうになってもなお私たちのことを見守り、送り出そうとしてくれている。


「いいんだよ、優日。瑠奈もあの時、酷いことを言ってしまってごめんなさい。優日だけがいればいいと思っていた瑠奈と違って、優日はもっと多くの人の為に頑張って、皆にとっての太陽になろうとしてた。そんな優日が眩しくて、自分自身がどうしようもなく惨めに感じて、つい突き放しちゃったの。それが優日の本当の想いじゃないことは分かっていたのに」


この子は全て分かってくれていた。分かってくれていたんだ。


「だからごめん。そしてありがとう、優日。わたし――志島谷瑠奈は優日と出逢えて本当に幸せでした」

「そんな、こと」

「本当だよ。優日が道を照らしてくれたおかげで瑠奈はやっと前を向くことができたんだ。優日がくれた日々はね、瑠奈の大切な宝物なんだよ」


もっとこの子に何かをしてあげられるはずだった。もっと一緒にいられるはずだった。

私自身が気付いていなくとも間違いなく、この子は私にとってとても大きな存在だったのだ。


「私、も……私にとっても、瑠奈は一番の友達だったよ」

「……そっか」


これは間違いなく本心から出た言葉だった。


「ひっそりと終わるはずだったのに……奇跡がくれた夜だね。今夜は瑠奈もゆっくりと眠れそう」


満足そうに空を見上げる瑠奈。

気付けば闇はさらに深くこの世界に侵蝕してきている。


「最後のわがまま、聞いてくれるかな」


そう言って手招きをする瑠奈の元に私たちは向かう。

――その直後、2人して彼女から抱きしめられた。


「あったかいなあ」

「……ええ。アンヤにはあなたというお母さんがいたこと、絶対に忘れない」

「その言葉だけで報われた気持ちだよ。そしてこれが母の温もり。これで最後だから、しっかりと覚えておきなよ」


少しおどけた態度でそう口にした瑠奈へ、今度は私から彼女への最後の言葉を告げる時だ。


「私も忘れないから。どんなに辛くても、あなたとの思い出も……あなたの想いも忘れないよ。……今まで私と一緒にいてくれてありがとう、瑠奈」

「えへへ、そう言われると友達冥利に尽きるってものだよ……こっちこそありがとう。優日、頑張ってね。アンヤも……バイバイ」


ほんの短い抱擁の末に瑠奈は私たちを解放する。

そして私たちの背中を同時に押し出してくれた。

後ろ髪を引かれるような思いをしている私の手を引いたアンヤが走り出す。


「――大好きだよ」


その言葉はきっと幻聴などではない。それでも私たちは立ち止まらない。


私たちが進む夜道を照らしてくれるのは月影の輝きだ。

この輝きがあれば私たちは迷うことなく外に出られるはずだ。


「……ますたー、聞こえてる?」

「え?」

「耳を澄ませてみて」


目に輝きを灯し、右手に持った月影で闇を切り払いながら進むアンヤが振り返らずに言葉を紡いだ。

私は彼女に言われた通りに意識を集中させる。

――すると数多の声が私の意識に直接、語り掛けてきた。


『ショコラは最後まで王族としての責務を全うしてみせます。それに友人であるユウヒ様も頑張っておられるのですから!』


義理堅く、離れていてもずっと慕ってくれる王女様。そして歌と共に祈りを捧げるラモード王国の人々。


『あの少女をはじめとした若者たちが命を賭して戦ってくれているのだ。ならば軍人である我々はそんな者たちの未来が少しでも明るくなるように全力を尽くさなければな』


真っ直ぐな志を持つかの将軍。ゲオルギア連邦の人々。


『これからこの国は変わっていくというというのに、こんなところで終わらせてなるものか。そのきっかけをくれたユウヒ嬢に報いるためにも』


誠実で生真面目な貴族。エストジャ王国の人々。


『栄光なる騎士たちよ。余は諸君らと積み上げてきたこの国の栄光を信じている。だから最後まで貴様らも己が栄光を信じ、戦い抜け。我らの栄光……我が友へも届けさせてみせよう』


他者と共に困難へと立ち向かう皇帝。グローリア帝国の人々。


『こうしてワタシたちが戦い続けられるのは希望があるから……そう、あの子たちは希望だったのよ。ワタシたちが失くしてはならない最後の拠り所。だからワタシたちもそんなあの子たちにお返ししてあげましょう、プリヴィア』

『はい、母様が言うなら。……チッ、さっさと終わらせて帰ってこい……これ以上母様に心配かけんな、救世主』


ずっと私たちを支えてくれていた騎士たちとまだまだ子供の竜姫。


『お魚と人間という違いがありましても、あたくしとあなたは転生者仲間! あたくしたちのお魚魂、ユウヒさんに届けてみせますわよ! 1号、続きなさいな!』


少しズレていても直向きで、同じ転生者だという彼女まで。


『あんな子供たちに背負わせちゃいけねぇって分かってるけどなぁ! ……ウジウジするなってか、プライド! わかってるさ、だから言葉にするのはこれだけだ! 俺も頑張るから君たちも頑張ってくれよな!』


テイマー仲間という繋がりのある彼だって。


『これが終わったらアイツに文句の1つくらいは言わねえとな!』

『ほんとよ! こんな損な役回り……一度の奢りで済ませるのは割に合わないわ!』

『つーわけで絶対にやり遂げて帰って来いよな、ユウヒ!』

『このまま世界が終わっちゃったら、あの世で一生奢ってもらうつもりだから!』


気に掛けてくれていた年上の彼女たちも。


『ボクたちの愛がユウヒにも届くといいね、ヴァル! 愛情のお裾分けさ!』

『突然恥ずかしいことを言うんじゃない、アルマ!』

『お姉ちゃんもヴァル兄も真面目に戦ってよぉ! 本当にユウヒさんやスライムさんたちに聞こえていたらどうするのぉ!?』


そんな冒険者の人々の声まで届いてくる。


『彼女たちにどうかわたくしたちの信仰が届きますように。精霊様、そして今のユウヒさんにならきっと……』


私たちを信じてくれている皆の想いだ。

皆の想いが届いてくる度に胸の内が温かくなり、力が沸き上がってくる。


『恩人であり、友であるあなたたちのことを信じているの。龍の信仰は重たいの。でもあなたたちなら受け止められる。受け取るといいの』


信じる心。それが私の力になるのか。




「――アンヤにも届いてくる。色んな人の熱が込められた想い……祈りが……」


精霊であるアンヤたち。そして女神の力を持っている私。色んな人の想いが力へと変わっていく。

ここは意識の奥深く。だから何も考えずとも届けられる想いに直接触れることができる。こんなにも温かい想いに。

私たちを信じてくれるのはきっと私たちが頑張ってきたから。


「そっか……私のやってきたことに無駄なことなんてひとつもなかったんだね」


私たちの出会い、成したことには確かな意味があった。

それが力をくれている。私たちが未来への一歩を踏み出す手助けをしてくれる。

今、ちゃんと理解できた。

こうして私たちが想いを繋げてきたからこそ、今の私たちがあるんだ。


『生きて……幸せになってね』


――受け取ったよ、瑠奈。

絶対にみんなと幸せになると決めた。

そのためならもう私は迷わない。自分の為すことを恐れない。


闇の合間から光が差し込んでくる。


「行こう、ますたー」

「うん。みんなが待ってる」


消えゆく静かな夜を残し、私たちは光の世界へと飛び込んだ。




    ◇◇◇




地上と空中で凄まじい魔法の応酬が続く。


「ふん、性懲りもなく仕掛けてくるか」


プリスマ・カーオスは雄叫びを上げながら直進してくる稲妻を両手の剣でいなし、勢いづいたまま墜落していく彼女に無数の光線の矛先を向ける。

だがすぐさま地上から赤と青のコントラストが瞬いたため、矛先を即座に直下へと修正して光と闇の魔法を解き放った。


――光線の雨から姉たちを守るダンゴが叫ぶ。


「ずっと飛んでいるなんて卑怯だぞ!」

「なんとでも言うがいい。翼すら持たぬ弱小な精霊共よ」


言葉だけではプリスマ・カーオスにとっては痛くも痒くもない。

不敵に笑う彼にダンゴは唯々悔しそうに顔を顰めるだけだ。


「あんたには違いが分からないようだから教えてあげるけど、私たちはただの精霊なんかじゃなくてスライムよ。あんたは勝てない。散々見くびっていた相手に足元を掬われて負けるのがお似合いだわ!」

「ほう、我が負けると? 必死に攻撃を凌ぐことしかできない貴様たちにか。どれほどめでたい思考回路を持っていれば、そのような冗談が思い浮かぶのだ」


強気な言葉で対抗するヒバナであったが、カーオスの言っていたことは概ね真実である。

どうにか全員のスキルを合わせることで攻撃を凌ぐことはできているが、全くと言っていいほどに有効打がなく、攻勢に移ることすらできない。

ダンゴは完全に防御役に徹しているし、ノドカはそれに加えてスキルによる支援役を担っている。

そのおかげで迎撃役であるシズクとヒバナは合間を見て敵本体への攻撃を仕掛けることができているのだが、自由に飛び回れる相手を狙い澄ませるほど余裕があるわけもない。

唯一、完全な攻撃役であるコウカも空中戦では実力を発揮できず、歯牙にもかけられていない。


「これが純然たる力の差だ。たった数体の精霊が集まったところで、統合され完全たる個となった我に敵うわけもないだろう」

「――あなたが何て言おうと、わたしたちは絶対に諦めない!」


ヒバナとシズクの放った魔法を乗り継ぐように空の上へと駆け上がってきたコウカがカーオスに一閃を浴びせかけようとするが、自由飛行が可能な彼には掠りもしない。

重力に引かれるがままに地上へと降下していく彼女にも攻撃が降り注ぐが、それらを潜り抜けたコウカは再びカーオスへの攻撃を敢行しようとする。


「その心意気は実に結構だ。だが所詮――ふむ」


コウカに視線を向けていたカーオスであったが、突如視界外から飛来してきた岩塊に向かって手のひらを向ける。


「防御を捨ててでも攻勢に転じたか……いや、随分と粋な真似をしてくれる」


岩塊は地上から打ち上げられてきたもので、当然カーオスは魔法を使って迎撃するのだが、どうにも破壊までに時間が掛かっている。

それはダンゴが打ち上げた岩塊をピッタリと覆うように風の結界が張られているからだ。そうすることで風の結界も打ち破られにくくなり、結果として岩塊の防御力も大きく増している。

さらに地上から次々とその岩塊が打ち上げられてくるため、カーオスは僅かに顔を顰めた。


「若輩者が持つ浅知恵の割には考えたものだと褒めてやってもいい。だがその程度では我に届きもしないのだよ」


その言葉と共に勢いを増した混沌の光線が、岩塊を結界ごと確実に粉砕していく。このままでは瞬く間に岩塊の生成は追い付かなくなるだろう。

そして今もまた1つの岩塊が砕け散る――その直後だ。

砕け散った岩塊の内側から溢れんばかりの火炎が噴き出し、危うくカーオスを呑み込みかける。

その回避に手間取られたカーオスに今度は別の岩塊が迫り、独りでに砕け散る。

彼を次に襲ったのはそこからうねるように噴き出してきた激流だ。


「上手く隠したものだ……しかし!」


両側面から迫るそれらに向けて両腕を広げ、その先から発射した強力な魔法で迎撃したカーオス。

自分に向けられた魔法を打ち消したカーオスは眼下の岩塊へ両手を向けた。


「その岩塊ごと貴様らも消滅させてくれよう」


強力な一撃を撃ち出したカーオスはその岩塊を破壊し、そのまま地上にいる彼女たちを撃滅する――はずだった。


「チィッ!」

「避けられた……!?」


彼が破壊した岩塊の影にはコウカが潜んでいたのだ。

彼女は岩塊が破壊される直前に飛び出し、不意をつくような形でカーオスに剣を突き立てようとしたが、彼の持つ魔力の翼を削り取ることしかできなかった。

だが結果として、彼の魔法を阻止することには成功している。


翼を再生成し、体勢を立て直したカーオスはその瞳に怒りを灯す。


「やはり貴様たちは愚かだ……愚鈍なる者共よ、見るがいい。そして絶望の色に染まれ、【レークヴィエム・カーオス】」


彼女たちが集結している場所を中心に巨大な魔法術式が浮かび上がった。


「させない!」

「無駄だ」


何とか中断させようとコウカが岩塊の破片を足場にして再び飛び掛かるが、打ち払われてしまうだけの結果に終わる。


「コウカねぇ、ノドカちゃんたちを連れて逃げて! ひーちゃんとダンゴちゃんはあたしが――」

「いいや、貴様たちが迎える終幕はここだ。【エニグマ・フィールド】」


魔法の範囲外へと逃げようとした彼女たちの退路が塞がれる。

術式のちょうど外周を沿うような形で強固な結界が生成されたのだ。

唯一その外にいたコウカは結界の内側に向かって叫ぶ。


「シズク、みんな!」

「貴様の仲間は貴様を残して囚われてしまったようだ。これではサンプルも失うが……まあいいだろう。最悪、貴様で代用してもいい」

「ワケの分からないことを!」


魔法が発動するまでの猶予はほとんどない。この状況では強固な結界を破壊することはできない。

そんな状況下でコウカが選んだのは最速で大元を断ち切ることだ。


「あなたを倒しさえすれば!」

「不可能であることなど、貴様もよく知っているだろう」

「だとしても!」


能力差は歴然だ。それでもコウカはあの手この手でカーオスを攻め立て、魔法の発動を遅らせ続ける。

それが同時に自らの身を削ろうとも、自分だけが生き残ることをよしとするはずがない。

もはや彼女にとって、大切な者たちがいない人生など意味がないのと同義なのだ。


そして結界の中にいる彼女たちもまた、生きることを諦めてなどいなかった。


「ボクがみんなを守るんだ。お前の思い通りになんかさせない!」

「防げるとよいがな。ハーモニクスとやらを凌駕する我の全力を」

「それでもボクは最強の盾だ!」


啖呵を切るダンゴの言葉を聞き届けたカーオスは、もう用済みだと言わんばかりに手をかざして結界の中にある魔法術式を完成させようとする。

――だがそこに彼の邪魔をする者が再び噛みついてきた。


「あの子たちは絶対に死なせない!」

「分からんな。無駄でしかないというのに、なぜそこまで必死になる」

「あの子たちと未来を歩みたいからに決まっている! わたしたちは約束したんだ、本当の家族になるって!」


地面を蹴った勢いで無理矢理突撃してくるコウカの刺突に対して、高度を上げることで回避したカーオス。

だがその直後にコウカが己の魔法を空中で生成したかと思えば、魔力を纏った足でそれを足場にして、カーオスへと再度突撃する。


「この状況に適応しつつあるのか……厄介だな、貴様は!」


周囲に光と闇の剣を生成したカーオスはその剣先を全てコウカへと向ける。

それらを打ち払い、一太刀浴びせようと敵との距離を着実に詰めていくコウカに、カーオスは両手に剣を生成して自ら迎撃に向かった。

さしものコウカと言えど不慣れな空中で、自由に動き回ることのできる相手との格闘戦を演じるには分が悪すぎる。

しかし、この状況の全てがコウカにとって不利に働くものでもなかった。


「【ブリッツ・アクセル】!」


カーオスの光剣が己に迫った瞬間、雷光を纏ったコウカが魔法で生成した足場を蹴り出す。

すると一瞬でその場から消えたかのように錯覚するほどまでに加速し、敵の斬撃を回避した。

だがそれだけではない。敵の攻撃を回避したコウカはその離脱した先に新たな足場を作り出し、また別方向へと自らの体を蹴り出す。

それをごく短時間の間に幾度となく繰り返していたのだ。


「奴はどこへ……!?」


そのスピードに翻弄されながらもどうにか捕捉しようとしていたカーオスだが、次第に追い切ることができなくなっていく。

それも当然と言えば当然だ。ここは空中、つまり自身の前後左右を警戒するだけで良かった地上とは勝手が違う。

カーオスは自在に空中を飛び回れるというアドバンテージを得た代わりに、上下を含めた自身の周囲全てに目を配らなければならなくなったのだ。

地上において、実力のあるものなら辛うじて対応できていたコウカの超加速を空中で繰り出された場合、もはや相手が自分と同じ高さにいるのか、はたまた下にいるのか、上にいるのかすら把握することが困難となるのだ。


「――ッ!?」


不意にカーオスの脳内にけたたましい警鐘が鳴り響いた。

その直感に体を突き動かされると同時に、彼は自身の右肩に鋭い痛みを覚えた。

だがその直後、今度は脇腹にも同様の痛みが走る。


「ふざけるなよ、小娘が……!」


彼は地上に向けて展開中であった巨大な魔法術式の構築を一時中断し、今度は自分の周囲に大量の術式を展開する。

さらによく見るとそれらの術式は、特にカーオスの上下へと重点的に展開されていた。これでコウカの移動範囲を制限するつもりなのだ。

そしてそれは単純明快な力技でありながら、実に有効な手段だった。

相手に捕捉される可能性が高まると分かっていながらも、コウカは攻める以外の選択肢を取ることができない。未だ彼女の大切な者たちが強固な結界に閉じ込められているが故に。


「それでもわたしは――あの子たちとの未来をッ!」


急速に接近し、剣を突き出したコウカとカーオスの視線が交差する。

同時にカーオスの背中から噴出している魔力の翼が出力を増し、彼の剣はコウカの刺突を真正面から受け止めた。

そしてその一瞬、動きが止まってしまったコウカの上下からおびただしい数の魔法が彼女へと襲い掛かる。

どうにか致命傷は避けているものの、足場を作る余裕すら失ってしまった彼女の体は魔法に晒され続け――大地に勢いよく落下していった。


「――手間をかけさせてくれる」


ここに来てようやく、カーオスは地上にいる者たちへの殲滅へと集中することができるようになった。

蓄積していく魔力が、もう間もなく解き放たれることだろう。

結界に閉じ込められている彼女たちは力を合わせ、必死に対処しようとしていた。

その様子を蔑みつつ、彼は思いを馳せる。


「もうすぐだ。これから先に待つのはあの御方との――」


そこで不意に彼の言葉が止まる。

彼は眼下に広がる光景に驚愕していたのだ。

展開していた術式が瓦解していくその光景に。


「――なぜ、術式が……【トロイメライ・カーオス】が解呪されている!?」


彼が真に目を見開いたのは、そのさらに奥――少女の内側に潜り込ませた術式が完全に消滅していることだ。


「そのようなバカな真似が……ならば、【ラプソディー・カーオス】!」


閉じ込めるという役割が必要ではなくなった結界を解除したカーオスは、地上に立つ彼女たちに向けて、百を超える術式を自らの周囲に展開する。


その全ての術式から光と闇が混じり合った光線が放たれた。


七重のハーモニクス ~異世界で救世主のスライムマスターになりました~

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