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「――光竜王……」
私の目の前、巨大な竜はそう名乗った。
竜王とは神の眷属。世界に6体いると伝えられる、高位の存在――
「……我に、お前たちを害する意思は無い。
若き剣士よ、剣を収めて楽にするが良い……」
その言葉にルークは柄を握る力を強めるも、すぐに剣を地面に置いた。
怒りを買って攻撃でもされようものなら、それこそどうなるかは分からない。
ルークは私たち以上に光竜王の気配を感じていたのだから、素直に従った判断は賢明なのだろう。
「……失礼いたしました。
鞘がありませんので、地面に置かせて頂きます……」
その様子に、光竜王は満足そうに頷いた。
「――えっと……。光竜王……様、お目に掛かれて光栄です。
私はアイナ・バートランド・クリスティア。突然の訪問を失礼しました。
……まさかここに、光竜王様がいらっしゃるとは思わず……」
とりあえず私は、挨拶とご機嫌伺いをすることにした。
相手は神様の眷属。呼び方も、これからは光竜王様……としておこう。
「ああ、よく知っておるよ……。『白金の儀式』の様子は、我も見ておったからな……」
「え? そ、そうなんですか?」
「うむ……。この大陸の出来事であれば、我は意識をすればどこでも見ることができる……。
――特に最近は、ヴェルダクレスの人間が色々と動いておったからな……」
ヴェルダクレスの人間……というのは、話の流れからして王様やオティーリエさん、それに与する王族の人たちだろうか。
「そ、そうでしたか……。
――あ! こちらの二人は私の仲間です!」
私は思い出したかのように、ルークとエミリアさんを紹介することにした。
二人はそれぞれ深々とお辞儀をしたが、特にエミリアさんは、それこそ拝むような勢いでお辞儀をしていた。
「……ルークにエミリアよ。お前たちもアイナを支えて、よくぞここまで来てくれた……。
いつかここまで来るとは思っていたが、まさかそれが今日という日になろうとはな……」
「あ、あの、すいません……。光竜王様、ここはどこなのでしょうか……?」
私の素朴な質問に、光竜王様は少し間を空けてから言葉を続けた。
「……ふむ。どこから話すとするか……」
「え!? あ、もし良ければということなので、あまり無理をなさらなくても大丈夫です!」
「まぁ、そう言うな。我も、誰かと会話をするのは久し振りなのだ……。
……ハインライン17世のヤツが戴冠したとき以来だから、もう20年ほどにはなるか……」
「20年も……? そんなに長い時間を、この神殿で――」
……おそらく光竜王様ともなれば、時間の感覚は普通の人間とは違うのだろう。
しかしその感覚は私には分からないのだから、やはり20年を孤独に……というのは、辛いことに聞こえてしまう。
「……そうだな。まずはやはり、この場所のことから話すことにしよう……。
ここはお前たちがいたヴェルダクレス城の、大雑把に言って地下に位置する。多少、位相は違うがな……」
「位相……?」
「『少し空間が捻じ曲がった場所』……。そんなふうに捉えれば良い」
……うーん? よくは分からないけど、普通では行けない場所ってことかな……?
空間の話になると、私はどうにもよく分からなくなってしまう。
いや、アイテムボックスで異空間にはアクセスしているんだけど、それはスキル頼みでやってるから……知識としては全然、という状態なのだ。
「そうしますと、ここには誰も来られないのですか……?」
「いや、昔からヴェルダクレスの国王が変わるときにな……一度だけ挨拶に来るのだ。
……特に何をするというわけでは無いのだが、我の加護を得る、という名目でな……」
「つまり、お城かどこかからは来る方法があるんですね」
「うむ。それともう1つあるのだが――
……まぁそれは良かろう。現実的に、とても難しい話だからな」
「はぁ……、そういうことでしたら……。
それで光竜王様は、この神殿で何をなさっているのですか?」
「……我の身体を見て、何を考える?」
そう言われて、改めて光竜王様の身体を眺めてみる。
何とも美しい竜鱗と肌に、何とも威厳のある居振る舞い。
これこそ竜。ドラゴン・オブ・ドラゴンズ!!
どんな伝説に出てきたとしても、光竜王様が見劣りすることなんてことは無いだろう。
むしろ伝説の方が、箔を付けることが出来てしまいそうだ。
しかし、最初に見たときに思ったことなのだが――
「……柱?
柱が、何本も刺さっているように見えますが……」
それはまるで板に打ち込む釘のように、光竜王様をその場に繋ぎとめているようにも見えた。
「――そうだ、忌まわしきはこの柱よ……。
ヴェルダクレスが建国される前に、我はこの地に封じられたのだ……」
「え!? 封じられた……!?」
思わずエミリアさんの方を見ると、彼女はそんなことは知らない、といったふうに驚いていた。
事実がすべて表に出てくるとは限らない。これはいわゆる、隠された歴史……というやつなのだろう。
「……しかしそれも、300年も昔のことだ……。
当時はようやく、人間の世も落ち着いてきた頃でな……。強き者も多く現れ、そして消えていった。
勇者や英雄といった存在を、多く輩出した時代でもあったよ……」
『勇者』……?
それはまるで、ゲームのような響き。今まで『英雄』という名は何回も聞いてきたけど――
「……すいません、『勇者』というのは何ですか?」
「神の加護を得た戦士――それを我らは、『勇者』と呼んだ……」
「……光竜王様、お言葉を失礼いたします。
そうしますと、アイナさんは絶対神アドラルーンの加護を得ているのですから――
アイナさんも『勇者』になるのでしょうか」
「ふふふ……。あるいはそうかもしれぬな……」
エミリアさんの言葉に、光竜王様はどこか含みを持たせる感じで静かに言った。
……でも私、戦士というほどには強くないし。おそらくは『勇者』なんていう肩書きも無いだろうし。
鑑定しても、そんなのは出たことが無いからね。
ちなみに余談だが、『英雄』というのは、人間の世で活躍した人のことだ。
何らかの偉業を達成するか、既にある神器を所有するに至るか……確かどちらかを達成すれば、その称号が手に入ると聞いたことがある。
「……大変な時代だったんですね。
つまり、光竜王様はそんな時代に封じられてしまった、と……。
でも、一体誰に……?」
「かつての勇者、ヴェルダクレス王国の初代国王となる者だ……。
……ヤツは強かったよ。気持ちの良いくらいの負けっぷりであったわ」
私の疑問は即座に解決された。
なるほど。だから戴冠の時に、一度切りとはいえ、歴代の王様が光竜王様に会いに来るのか。
「……大変聞きづらいことなのですが、光竜王様は何故封じられたのですか?」
「この地に加護を満たすため……だな。
そんなことをせずとも、我はずっとそうしようと思っておったのだが――
人間、不信に陥ると何をするのか分からんものだ……」
そう言うと、光竜王様は大きく笑った。
そしてひとしきり笑ったあと、今度は私をまっすぐに見てきた。
「――さて、アイナよ。そろそろ本題に入るとしよう……」
「え? 本題、ですか……?」
「……そうだ。お前はここで、手に入れたいものがあるのだろう……?」
その言葉を受けて一瞬考えてしまうも、私たちがここに来た理由は1つだけだった。
「『光竜の魂』が――……ここにあるのですか?」
「それは無いのだがな……。もっと良いものがあるだろう……?」
「え? もっと良いもの……?」
それって一体――
そう思った瞬間、すぐに答えを出されてしまった。
「……我の魂、『光竜王の魂』だよ」
私はその言葉に耳を疑った。
確かに『白金の儀式』の女神様は、『上位互換の存在』を|仄《ほの》めかしていた。
私はてっきり『アイテム』を想像していたのだが、まさかそれが『まだ生きている竜の魂』を指していただなんて……。
しかもそれを手に入れるためには、光竜王様を殺さなくてはいけない……のでは、ないだろうか。
「……申し訳ありません。
さすがに神の眷属である光竜王様を……その――」
何と言って良いか分からず、私は言い淀んでしまう。
仮に殺す覚悟があったとしても、それはそれで、勝てる気がまったくしないのも本当のところだった。
いくらこの場に封じられているからと言っても、いくらルークに必殺技があると言っても……光竜王様を倒すのは、きっと難しい。
「――ふふふ、良いな。……実に良い」
「え?」
「……アイナよ、お前は新たな神器を作るつもりなのだろう?
神器は圧倒的な力の他に、新たな可能性を作り出す存在なのだ。……お前のこれから進む未来が、実に興味深い……」
「あ、ありがとうございます……。
光竜王様にそう言って頂けると、とても心強いです……!」
そもそも私が神器を作ろうとしているのは、『私が作りたいから』というのが理由だ。
他の誰のためでもなく、完全にすべてが私のため。
しかしだからこそ、光竜王様という上位の存在にそれが認められたことは、私にとってはとても嬉しいことだった。
「――よし、決めたぞ……。
我が魂、その神器に捧げることにしよう……!!」
「……は? ……いえ、あの……光竜王様……?
だからその、何だか話が飛躍していませんか……?」
突然の申し出に、私は怯んだ。
気に入ったから、自らの魂を捧げる――
いやいや、それって……何だろう? 自己犠牲が過ぎるというか、何というか……?
「……アイナよ、安心するが良い。
我にもメリットはあるのだ……。いや、むしろメリットしか無いな……」
光竜王様は何かに納得しながら、笑いながら言った。
さすがに神様の眷属の魂なんて、気軽にもらうわけにはいかないんだけど――