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放課後の図書室。窓の外では夕陽に照らされた木々が、赤や黄金の葉を散らしていた。静かな空間の中、俺と氷室は並んで机に向かっていた。今日の課題に手こずっていた俺が、思わずメッセージで愚痴ったら、氷室は生徒会の仕事を手早く終わらせて、こうして付き合ってくれている。
机の上に灯る読書灯のあたたかい光が、俺たちの距離の近さをほんのりと照らした。
「葉月が躓いてるここな。この問題は、こうやって考えるといい」
氷室の指先が教科書を指し示した、そのときだった。
図書室の入り口から、軽い足音とともに健ちゃんが現れた。開いた扉から流れ込む冷たい秋風が、一瞬だけ紙をめくった。健ちゃんはその余韻をまとい、ゆっくりと歩み寄る。
「なんだ、ふたりして暇そうだな。奏、暇つぶしに付き合ってやってもいいぞ」
その言葉には、どこか含みがあった。氷室が眉をひそめ、明らかに不快な表情を浮かべる。健ちゃんはそんな空気をものともせず、俺の前に立ち止まり視線を向けてきた。
その視線は懐かしさよりも優越感が混じっていることが明白で、イヤな感じで胸の奥がざわつく。
「神崎……見てわかるだろ。葉月のことは俺が見ている。神崎の出番はない」
氷室の静かな声が、漂っている空気をピンと張らせた。しかし健ちゃんはまるでそれを無視するかのように、一歩踏み出した。そして――あまりにも唐突に、こんなことを口にした。
「なぁ奏。氷室の隣に立つのに、本当に似合うのは誰だと思う? 実際はさ……俺じゃないか?」
息が止まった。まるで時間が止まったかのように、世界の音が消える。
「……健ちゃん、それ……どういう意味?」
やっとの思いで絞り出した声に、健ちゃんはあざ笑いながら言った。
「見た目もよくて、頭もいい生徒会長の隣に似合うのは、俺みたいなタイプだってこと。ドジばっかの奏より、ずっとしっくりくるだろう?」
その言葉が、鋭く胸を突き刺した。
(ドジばかりして頭もよくない俺は……蓮の隣にいちゃダメなのか?)
鼻の奥がツンとし、込み上げる涙を必死になって堪える。健ちゃんから顔を逸らして俯くと、目の前がじわりと滲んで、教科書の文字がぼやけて見えた。そんな俺の肩に、そっと触れる手があった。
氷室の大きな手だった。
そして彼は静かに、だけど確かな怒気を込めて言った。
「神崎、俺は自信過剰なヤツが嫌いだ。だがそれ以上に……俺の大切な人を傷つけるヤツは、絶対に許さない」
その言葉に健ちゃんは一瞬、口を閉ざす。
「俺たちの間に割り込むつもりなら、ここから出て行ってくれ」
そのひと言は鋭くもあり、優しさも滲ませていた。去っていく足音だけが、図書室に静かに響いた。
しばらくして、俺はようやく顔を上げる。氷室は変わらない眼差しで、俺を見つめていた。
「奏、もう大丈夫だ」
「……ありがとう、蓮。ごめん、俺、泣きそうになってた」
「謝る必要はない。悪いのは、アイツだ。奏はそのままでいいんだ」
優しい声が胸にじんと沁みた。でも……心の奥に残ったのは、健ちゃんの言葉だった。
(ドジな俺はこのまま氷室の隣にいて、本当にいいのかな……)
そんな疑問は、散りゆく落ち葉のように胸の奥に降り積もり、消えることなく小さく疼き続けた。