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体育館に、乾いた音が響いた。
ボールがトスされ、
誰かが床を蹴る音がして、
次の瞬間――
高く、高く、ひとりの選手が宙に浮かぶ。
「——っ!」
🤍は思わず息を呑んだ。
金黒の髪が揺れ、視界の端が一瞬止まったように感じる。
木兎光太郎の身体が、重力を忘れたかのように空へ伸びていく。
——その瞬間だった。
中学二年の冬。
夕方のリビングで、🤍はテレビの前に座っていた。
特別な理由があったわけじゃない。
ただ、チャンネルを変えた先で、
偶然バレーボールの試合が映っていただけ。
実況の声。
観客のどよめき。
コートに立つ選手たち。
そして――
一人の選手が、跳んだ。
(……高い)
思わず、画面に近づいたのを覚えている。
身長も体格も、特別大きいわけじゃない。
それなのに、その選手は誰よりも高く、誰よりも明るく跳んでいた。
照明を背に、
まるで空に向かって羽ばたくみたいに。
——重量なんて、関係ない。
——才能だけじゃ、説明できない。
ただ、そこにあったのは
🤍は、その一瞬から目が離せなくなった。
試合が終わり、画面が切り替わる。
インタビューを受ける選手の姿。
《どうして、そんなに高く跳べるんですか?》
少し照れたように、でも真っ直ぐに、
その選手は答えた。
その言葉が、胸に残った。
(……支える人)
主役じゃなくてもいい。
コートに立たなくてもいい。
誰かが高く飛ぶために、
その人の足元を支える存在。
🤍の中で、何かが静かに決まった瞬間だった。
「ナイスッ!!」
木兎の声と同時に、
ボールが床に叩きつけられる。
鋭い音。
そして歓声。
🤍は、はっと我に返る。
目の前では、木兎が着地し、
両手を大きく広げて笑っていた。
「今の見た!? 超よくない!?」
部員たちが頷き、
赤葦が淡々と頷く。
「はい。良かったです」
そのやり取りすら、
🤍にはどこか遠く感じられた。
——重なったのだ。
中学のときにテレビで見た、
あの選手の跳躍と。
今、目の前で跳んだ、
木兎光太郎の姿が。
(……同じだ)
違うはずなのに、
重なる。
高く、まっすぐで、
周囲を明るくしてしまうジャンプ。
木兎は、またトスを要求する。
「もう一本いこうぜ!」
その声に応えるように、
次のボールが上がる。
そして、また跳ぶ。
——梟が、空を切り裂くように。
🤍の胸の奥が、
じん、と熱くなった。
(この人……)
練習が終盤に近づくころ、
🤍はタオルやドリンクを準備しながら、
ずっとコートを見つめていた。
ただ眺めているだけなのに、
心臓が忙しい。
木兎のジャンプを見るたび、
あの言葉がよみがえる。
——だったら。
🤍は、そっと拳を握った。
(この人の役に立ちたい)
エースだから、じゃない。
有名だから、でもない。
ただ、
高く飛ぶその姿が、あまりにもまっすぐだったから。
練習が終わり、
木兎が汗を拭きながら近づいてくる。
「なぁ! 今日の俺、どうだった?」
無邪気なその問いに、
🤍は少し驚きつつも、はっきり答えた。
「……すごく、かっこよかったです」
木兎は一瞬きょとんとして、
次の瞬間、満面の笑みを浮かべた。
「だろ!!」
その笑顔を見て、
🤍は確信する。
体育館の高い天井を見上げながら、
🤍は静かに心に誓った。