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部活が終わると、体育館は急に広く感じられた。
さっきまで響いていたボールの音も、掛け声も、もうない。
🤍は用具を片づけながら、何度も同じ光景を思い出していた。
——木兎光太郎が、跳ぶ瞬間。
助走から踏み切り、空中で身体をひねり、
迷いなく振り下ろされる腕。
高い。
ただ高いだけじゃなくて、
迷いがない跳躍だった。
(……すごかった)
言葉にすると簡単なのに、
胸の奥では、まだ整理できない感情が揺れている。
帰り支度をする部員たちの中で、
木兎はタオルを首にかけたまま、楽しそうに話していた。
🤍は一歩、また一歩と近づく。
声をかけるまでに、少し時間がかかった。
「……あの」
木兎はすぐに振り向く。
「おっ! 🤍!」
名前を呼ばれただけで、心臓が跳ねた。
「どうした?」
🤍は視線を少し下げて、言葉を選ぶ。
「さっきの……アタック、すごかったです」
木兎は一瞬驚いたような顔をして、
次の瞬間、にっと笑った。
「だろ!」
いつも通りの答えなのに、
今日はなぜか、その笑顔がまぶしく見えた。
🤍は続ける。
「……なんで、あんなに高く飛べるんですか?」
その問いに、木兎は少し考えるように顎に手を当てた。
「高く?」
「はい。
ジャンプのとき……すごく、迷いがなくて」
木兎は、少しだけ真剣な表情になる。
「うーん……」
そして、ぽつりと答えた。
🤍は、息を止める。
「トスが上がって、
繋いでもらって、
ちゃんと準備してもらって」
視線が、🤍の方に向く。
「だから、思いきり行ける」
その言葉は、静かだった。
でも、やけにまっすぐで、重みがあった。
「失敗しても、
また次があるって思えるしさ」
木兎は少し照れたように笑う。
「そういうのがあると、
自然と、もっと高く跳べる気がする」
——その瞬間。
🤍の中で、何かがはっきりと音を立てた。
(……あ)
胸の奥が、きゅっと縮む。
苦しいわけじゃない。
むしろ、熱い。
(この人……)
ただ強い人じゃない。
ただ明るい人でもない。
支えられていることを、ちゃんと分かっている人。
それが、どうしようもなく心に刺さった。
木兎は、いつもの調子に戻る。
「だからさ!
マネージャーがいると、超助かる!」
その言葉に、🤍の喉が少し詰まる。
(……役に立ちたい)
頭で考えるより先に、
感情がそう叫んでいた。
——この人のそばで。
——この人が飛ぶ、その瞬間のために。
「……私」
気づいたら、口が動いていた。
「もっと、頑張ります」
木兎は目を丸くして、
それから、いつもより少し優しく笑った。
「おう! 頼りにしてる!」
その一言で、
🤍の胸は完全に決まってしまった。
はっきりとした自覚。
否定できない感情。
それは派手じゃなくて、
静かに、でも確実に広がっていく。
体育館の天井を見上げると、
もうボールは飛んでいないのに、
頭の中では何度も、同じ光景が再生される。
そして、その飛翔を見つめながら、
🤍は初めて知った。
恋は、気づいたときには、もう始まっている。