テラーノベル
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遥に腕を引かれ、テニスコートから少し離れた水道場まで連れて行かれた。
部活を終えた生徒たちの喧騒が遠くに聞こえる。
「……ちょっと、遥、放してよ! まだ片付けも終わってないのに」
「うるせーよ。あんな空気の中にいて、お前に何ができるんだよ」
遥は私の腕を離すと、蛇口を勢いよく捻った。冷たい水がシンクに叩きつけられる。
「……凌先輩、あんなに落ち込んでるの、初めて見た。私、スコアつけてたのに……先輩が足痛めてたこと、全然気づけなかった。成瀬先輩も、遥も気づいてたのに」
情けなくて、ノートを抱える手に力が入る。
すると、遥が濡れた手のまま、私のノートをバサッと奪い取った。
「当たり前だろ! お前は兄貴の顔しか見てねーんだから。あいつがどんな時に膝を庇うか、どんな時に呼吸を乱すか……そんなの、本気でテニス見てる奴にしかわかんねーんだよ」
「……そんな言い方しなくてもいいじゃん」
「いいや、言うね。お前が『幼なじみの特権』でそこにいたいだけなら、今すぐそのノート返してこい。あいつにとって、今の甘っちょろい応援はただの毒なんだよ!」
遥の怒鳴り声が響く。
いつもは冷めた調子の遥が、剥き出しの感情をぶつけてくることに、私はたじろいだ。
でも、その瞳が少しだけ揺れていることに気づく。
「……遥だって、悔しいんでしょ? 凌先輩が負けたのが」
「……」
「一番近くで見てきたから。先輩がどれだけ努力してたか、誰よりも遥が知ってるから……だから、そんなに怒ってるんだよね?」
遥はバツが悪そうに視線を逸らし、乱暴に髪をかき上げた。
「……知らねーよ。あんな無様な負け方しやがって。……あいつに勝てるのは、俺だけなんだよ」
ポツリと漏らしたその言葉。
凌先輩の『影』に隠れていると言った遥の、本当の熱が漏れ出した瞬間だった。
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