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「……俺に勝てるのは、俺だけなんだよ」
その言葉の重みに、私は息を呑んだ。
遥はいつも、凌先輩のことを「あいつ」と呼んで突き放したような態度を取っていたけれど。本当は、誰よりも凌先輩の背中を、誰よりも高い壁として見据えていたんだ。
「……遥、もしかして。ずっと一人で練習してたの?」
遥の手のひらを見ると、マメが潰れて硬くなった跡がいくつもあった。
彼は隠すように拳を握りしめると、顔を背けて歩き出した。
「……関係ねーだろ。帰るぞ」
追いかけようとしたその時。
背後から、重い足取りで歩いてくる凌先輩の姿が見えた。手にはアイシング用の氷嚢を抱えている。
「あ……遥。紗南ちゃん」
凌先輩は力なく笑った。その笑顔はいつもの王子様みたいな輝きがなくて、見ていて胸が締め付けられる。
「ごめんね、さっきは。……遥、お前の言う通りだ。俺、少し浮ついてた。足の違和感に気づきながら、成瀬に心配かけたくなくて、無理して……」
「……」
遥は立ち止まったまま、凌先輩を振り返りもしない。
「でも、次は負けないよ。……次は、お前ともちゃんと打ち合えるくらいまで、立て直すから」
凌先輩のその言葉に、遥の肩が微かに震えた。
遥はゆっくりと振り返ると、凌先輩の目をまっすぐに見つめた。
「……当たり前だ。あんな試合、二度と見せんな。……行くぞ、紗南」
遥は今度は私の腕を引かず、ただ「隣にいろ」と言うように歩幅を緩めてくれた。
私は、凌先輩の寂しそうな、でもどこか吹っ切れたような笑顔と、遥の意地っ張りな背中を交互に見た。
隣同士の家へ続く帰り道。
私の心の中には、凌先輩への憧れとは違う、もっと泥臭くて熱い「何か」が芽生え始めていた。