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「もっと人を疑った方がいい」
なんのことを言っているのかわからない。心臓がざわつく。あの潤が笑顔ひとつ見せずにいるのが少し怖かった。
「ましろんは泉に利用されているだけだよ」
「九條くんがそんなこと……」
あんなに優しい九條くんが、私のことを利用している?
そんなこと考えられない。
「少なくともお前よりは、泉のことを俺らは知ってる」
和葉の言葉を否定することができなかった。
ただ一年間同じクラスで仲が良かったという関係。
そんな私が知っているのは、ほんの一部の九條くんなのかもしれない。だけど……九條くんが私を利用しているなんて思いたくない。
「泉にとって俺らは、おもちゃなんだよ。壊れたって構わないようなガラクタと同じ」
歩くんは自嘲するような薄笑いを見せる。
「お前もそうなのかもな」
沈黙が流れ、気まずい空気が漂う。
「ましろん、俺たちは傷つけたいわけじゃなくて……ただ——」
「……ごめん」
私はぎこちなく笑みを浮かべる。
「ちょっとお手洗いに行ってくるね」
そう言って家庭科室から出た。だけど本当はあの空間から逃げたかった。
〝壊れたって構わないようなガラクタと同じ〟
……本当に九條くんはそんな人なの?
そもそもどうして私がシンデレラなの? 利用しているってなにに?
彼らが九條くんのおもちゃってどういうこと?
聞きたいことはたくさんあった。早く真相を知って、安心したい。
九條くんは私の知っている通りの優しい人だって。
——入学式の日、渡り廊下が混み合っていて弾きとばされる形で転んでしまった私に手を差し伸べてくれたのは九條泉くんだった。
艶のあるさらさらの黒髪で長めの前髪。穏やかで柔らかい笑み。その時の私には、幼い頃に読んだ童話に登場するような王子様のようにキラキラして見えた。
『大丈夫? 怪我してない?』
優しく声をかけてくれて、会話をしているうちに同じクラスだとわかり教室まで一緒に歩いた。
それから休み時間には時々他愛のない話をした。家のことで少し落ち込んでいた私の相談にのってくれたこともあった。
私の中での九條くんの記憶は、思いやりがあって素敵な人だ。
『ましろんが見ているものが全て正しいとは限らないよ』
潤の言葉が苦みを帯びて胸の奥を刺す。
私の見ている九條くん。彼らが見ている九條くん。どうしてこんなに異なるんだろう。
気づけば九條くんの教室まで来てしまっていた。だけど、もう授業が終わっているし、帰っているはずだ。
教室を覗くと、そこには人影が一つだけあった。
電気はついておらず、橙色の夕焼けが唯一の灯りだった。けれど、その灯りは充分すぎるくらい教室を照らしていた。
その人物は窓側の一番後ろの机の上に座っている。
ぼんやりと窓の外を眺めている横顔が私の探している〝彼〟ではないことがすぐにわかった。
けれど、見かけてしまった以上は声をかけないわけにもいかない。学年が違う彼がここにいるということは、九條くんに用があったのかもしれない。
薄ピンク色のカーディガンを着ている緩いパーマのかかった栗色の髪の少年が、気配に気づいたのか私を一瞥した。
「……あんたか」
彼はため息まじりに言った。一歩、二歩と歩み寄り、目の前で立ち止まった。
鬱陶しそうな表情で視線を窓の外に向けている彼を見据える。
「どうして実里くんが、ここにいるの?」
「残念だったね。泉ならもういないよ」
実里くんの視線がこちらに向けられる。生気のない眼差しがふざけて迫ってきた時の彼とは全く違う。
もういないってことは、実里くんは九條くんとここで会っていたんだ。その時になにかがあったのかもしれない。
「わざわざ泉に会いにきたんだ?」
「ちょっと聞きたいことがあって」
すると、実里くんが笑い出した。
「ほんっと馬鹿なんじゃねーの? あんたなんて泉にとっては、ただの暇つぶしのおもちゃだよ?」
笑っているけれど本当に笑っている感じではなくて、苦しそうに眉を寄せて無理に口角をつり上げているように見える。
「シンデレラとか言われて気分いいんでしょ? 本当、おめでたい女だね」
「なんで?」
「はぁ?」
実里くんが鋭い目で私を睨む。
「なんで泣きそうなの?」
私を睨んでいた実里くんの目が大きく見開かれ、揺れるのが見えた。
「なんだよそれ……」
年下だけど私よりも背が高くて大人っぽくて、口を開くと生意気で……でもこのまま一人にしておいたら肩を震わせて泣き出してしまうのではないかと思った。
「え、怪我してるの?」
実里くんの左手の甲から血が出ている。まだ出来たばかりの傷のように見えた。
「あぁ、これ苛立って壁とか殴っただけだから。泉には怪我させてないから安心して」
実里くんは自分の左手の甲を自嘲するように笑いながら眉を下げる。
「保健室行こう」
「は?」
きょとんとした顔で実里くんが私を見た。腕を引っ張り、机の上から立ち上がらせる。
「ちょっと! なんなんだよ。別にこれくらいなんともないし」
「ダメだよ」
「いいって!」
「なんともなくないでしょう!」
ものすごく鬱陶しそうに私を睨んでくる実里くんに怯むことなく腕を引っ張る。
ダメだ。このままにしておいちゃ。どんな傷でも放置しちゃダメだ。
だって本当に放っておいてほしいなら、どうして本気で私の手を振りほどかないの?
傷ついている顔をしている彼は、誰かに助けてほしそうな幼い子どもみたいに見えた。
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