冷たい風が吹き抜ける、廃ビルの屋上。
そこに、ふたりの姿があった。
ひとりは、白い髪と蒼い瞳を持つ男。
そしてもうひとりは──かつてその隣に立っていた男。
「……傑」
そう呼んだ声は、驚くほど静かだった。
「また、君がこうして現れるのを、ずっと……最悪の形で想像してた」
「……それは私もだよ」
夏油傑。
今や「呪詛師」として、その名を知られる存在となった彼が、五条悟の前に姿を現したのは、偶然ではなかった。
「それでも……来てくれたのか?」
「違う。君が来たから、ここにいただけだ」
言葉の端に、どこか懐かしさがにじむ。
五条は歩み寄る。だが、夏油は一歩も動かない。
「……お前が、どうしてこんな道を選んだのか。分かろうとしてた」
「……」
「でも、正直まだ答えは出てない。分かったつもりで、“理解した”なんて言いたくない。ただ──」
言葉が喉で詰まる。
「ただ、傑。……戻ってきてくれよ」
夏油の目が揺れた。
彼はゆっくりと目を伏せる。
「……戻れたら、とっくにそうしてる」
「俺がいる。俺がなんとかする。どんなに時間がかかっても、世界がどう言おうと──お前を守るから。だから、戻ってきてくれ」
「……変わらないな、君は」
夏油は微笑んだ。
「そういうところ、ずっと好きだったよ」
その“好き”という言葉に、五条の目が微かに見開かれる。
「──じゃあ、なんで」
「好きだから、行くよ」
夏油はゆっくりと振り返り、背を向けた。
「好きなのに、同じ道を歩けない。それが、私たちの今なんだ」
「傑──!」
五条が一歩踏み出すが、夏油はそれを手で制した。
「君と一緒にいた日々は、全部、本物だった。君を好きだと思った気持ちも──今も、ずっとそうだ」
「だったら──!」
「でももう、私は君と同じ場所には立てない。……呪詛師としての生き方を、私は選んだんだ」
声は静かだった。でも、どこまでも確かだった。
「それでも、君を愛してる。変わらず、ずっと」
その背中は、まるで風に消える幻のように、ゆっくりと遠ざかっていった。
「──傑……っ」
手を伸ばせば、届きそうだった。
でも、届かない。
触れたら壊れてしまうほど、遠くなってしまったものに。
「……俺も、お前が好きだよ」
声にして、ただその場に残る風に託した。
返事は、ない。
けれど五条は、目を伏せて微笑んだ。
「……だから、また会おう。どんな姿でも、お前はお前だ」
たとえ世界の敵に回っても。
愛したその人が、そのままの姿で生きていてくれるなら──
それだけで、たまらなく愛おしい。
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