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「……あれ、お菓子まだある?」
「まだあるよ。……いちいち心配性すぎるって」
昼下がりのキッチンにて。
俺とクィーバーは、チョコエッグを作る作業に追われていた。数日後のエッグハントに向けて、下準備をさせられている。俺はチョコで殻を作ってお菓子を詰め、クィーバーが包装する、といった流れだ。
誰がこの作業をするかはゲームをして決めた。お察しの通り、俺は負け組である。
「もう少しで終わるかな……」
クィーバーは怪我でゲームができなかったのだが、それ以前に自分で立候補してこの作業に参加した。
不機嫌な態度を取ってしまう俺を宥めながら、彼女は包装のリボンを結ぶ。繊細な手つきに思わず見惚れ──たいのに、溶かしてるチョコから目を離すわけにはいかなかった。
「イースターのチョコエッグ、綺麗だね」
「そう? まあこれでも勉強したからな」
完成したチョコエッグ達を見ながら、クィーバーは少し恍惚としてそう言った。
チョコエッグは量産するので柄は簡単なものを描いていたが、彼女がそう評価してくれるのは素直に嬉しい。心なしか、チョコエッグも楽しげなものに見えてくる。
「これくらいあれば充分かな?」
暫くして、クィーバーが呟いた言葉に俺は頷いた。包装されたチョコエッグが、バスケットの上に山盛りになっている。
「材料、まだ余ってるけど……」
「これ以上積んだら崩れるんじゃないか?」
「そうだよねぇ……」
クィーバーの言う通り、チョコレートも中に入れるお菓子も少し余っている。あと一個ぐらいは作れそうだが、チョコエッグの山はこれ以上盛ったら崩れそうなほど積み上がっていた。
「……ねぇ、私もチョコエッグ作ってみたいんだけど……」
「え、お前が?」
クィーバーがもじもじしてそう言うので、俺は唖然としてそう答えてしまった。
彼女は左手が使えない。溶かしたチョコレートは熱いし、片手で扱うのは危険じゃなかろうか。そう思ったから、彼女には包装をやってもらっていたのだけど。
「い、一個だけ……ここで食べるからさ。ね?」
「いや、いいけど……気を付けろよ……?」
俺はおずおずと、クィーバーに場所を譲った。
彼女は水色のチョコペンを手に取り、型に模様を描き始める。震える手で横線を引くが、案の定まっすぐ引けずに歪んだ線が出来上がる。それでも気にせず、また同じように線を引いていく。
「うーん……」
チョコペンが乾くと、型にホワイトチョコを流し込んだ。あまりに危なっかしくて、代わろうかと提案したが拒否される。入れたホワイトチョコをタッパーに出して、型に着いたチョコが乾くのを待った。
「よ、よーし……出すよ出すよ……」
「大丈夫かよ…………」
彼女は固まったチョコの殻を、割らないよう慎重に型から外し、中に入れるお菓子を選んでいる。ラムネやマシュマロを入れると、殻を閉じてくっつけて、チョコエッグは完成した。殻の表面には、水色のよろよろした横線が幾つか引いてある。
「アハハッ……私のやつだけ不格好だなぁ」
「……ここで食べるから、いいだろ」
艶々した毛並みの手に、小さなチョコエッグが弄ばれている。自虐的に笑うクィーバーの姿に、胸がつんと熱くなった。
彼女は親鳥みたいに、自分で生んだタマゴをじっと見つめている。
「えっと……どこにしまおうかな」
「食えよ」
「ふふ、冗談だよ。……さて、お片付けしないとね」
チョコまみれのキッチンを見据えて、クィーバーはそう言った。
俺がバスケットを別の机に移していると、背後でばりばりと咀嚼音が鳴る。振り向くと、クィーバーの手元からチョコエッグは消えていた。
「ささ、片付けちゃおっ」
──いつも思うんだけど、どうやって食べているんだろう。
そんな事を考えながら、鍋や型を洗剤で洗う。キッチンに染み付いたチョコの香りは、暫く消えなさそうだった。
「イースター」
「ん?」
不意に後ろから、クィーバーに声を掛けられる。振り向いた拍子に、何かが口の中へ突っ込まれた。
「むぐ!? ……む」
入れられたのは、チョコの付いたスプーン。舌から口全体に、甘い味が染み渡っていく。さっきまでチョコだったものは俺の口の中で、『味そのもの』へと変わっていった。
チョコが溶け切ってステンレスが剥き出しになると、クィーバーはスプーンを引き抜く。
「おいしい?」
「うん……おいしい」
「そう。よかったね」
クィーバーはにっこり微笑む。その仕草に胸が高鳴るが、そんな俺をよそに、彼女はスプーンを水で濯いでいた。
「エッグハント、楽しみだね」
「そう……だな」
クィーバーがタオルを取りに行くと、彼女の甘い香りが、チョコの香りと共に鼻先を貫いた。