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光は、容赦なく私の魔力を吸い上げながら、その範囲を狭めていく。
言うなれば、光の檻。
――もう、無理ね。
魔王さまが、間に合わなくて良かった。
助ける手立てがなくて、身代わりになどなられては……その方が辛いから。
魔王さまが苦しむくらいなら、私が苦しんだ方がどれほど良いか。
大切な人。
私の、最愛の人。
だからもう、このまま封印されても構わない。
きっと探してくださるから、それまで待っていよう。
何かの童話のように、いつか、優しいキスで目覚めさせてくれるから。
魔王さま。
……せめて、もうひと目だけ。
「一丁前に諦めるな! 何度も言っただろうが!」
――え?
灰色の髪と、そして同じ色の瞳。いつもよりさらに精悍な顔つきで、たくましい褐色の体。
私を見る、優しさに溢れたその瞳。
「今助けてやる。少しばかり遅くなったが」
来て――くださった。
「な、なぜお出でになったんですか! これは魔王さまを封じた、あの女神の封印術なんですよ!」
「この俺が、大事な女を見捨てると思うのか?」
少しだけ無理に微笑むから、頬が引きつって……。
それだけ、女神の封印には辛酸をなめさせられたに違いない。
「見捨ててください! 今は私を見捨ててください!」
「馬鹿を言うな……。お前こそ、ここから離れてろ」
ひょいと私を抱えると、荷物を投げるように放り出された。
「シェナ! 落とすなよ!」
「はいっ!」
すぐ後ろにシェナが来ていたらしい。
受け止めてくれたその顔は、蒼白になっている。
「サラ! 必ず探してくれよ! また落ちてきても構わんがな!」
私を包んでいたはずの光が、魔王さまを閉じ込めていく。
「い、いやです! お逃げください!」
「さすがに女神の力だ。悔しいが俺の力では入れ替わるくらいしか出来なかった。すまん」
――そんな。
何のために私は、魔王さまと結ばれたというのだろう。
きっかけは、些細な儀式のミスだったけど。
それでも……私は大好きになっていったし、魔王さまもたくさん愛してくださった。
「嫌……。シェナ、私を魔王さまの元に投げ返して! これは従魔への命令です!」
「お、お姉様、そんな――」
「早く!」
シェナは涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、震える腕で私を投げた。
弧を描き、また魔王さまの元へと。
「馬鹿野郎!」
受け止めざるを得ず、しっかりと抱きとめてくださる魔王さま。
「えへへ。二人で一緒なら、寂しくありません――」
私も魔王さまの首に手を回し、最後の抱擁を味わった。
だけれど私は、一方で何か他に手がないのかを考え続けていた。
私がまだ、理解できていなかった力のことを。
――魔王特効。
魔王に対する、特別に効果のある力のこと。
私はこれを、攻撃のためのものだと思っていた。
なぜ、同じ魔族の私に?
なぜ、治癒しか使えない私に?
でも、もしかしたら――。
いや、今ならそれしか考えられない。
私が魔王さまに出来ることは、ちゃんとあったんだ。
――私は魔王さまを抱きしめながら、そっとささやいた。
「私の全ての力を、愛する魔王さまに捧げます。――全ての加護よ(オール・ラウンド)」
残っていた魔力のほとんど全てが、魔王さまへと流れた。
能力を底上げする補助魔法では、シェナにかけても三割増し程度だったけれど。
これはきっと、もっとすごいことになる。
「サラ……何をした?」
「魔王さま。これが私の力です。愛した人にだけ、最高の力を付与できる――愛の魔法、です」
ふっ、と魔王さまは軽く笑った。
その瞳はまるで、失っていた力を取り戻したような、みなぎる光を宿していた。
「やるじゃないか、サラ。この力なら、女神の呪力さえ撥ね退けられる」
私たちを封じようとしていた光の檻は、動きを止めた。
そして徐々に、魔王さまの魔力で押し返してさえいる。
「大したものだ……。愛の力、か。普段の十倍は魔力で満ちているぞ」
そして、膨張させられた光の檻は、金属を歪ませ擦り合わせたような嫌な音を立てて砕けた。
「わ……。こんなに、簡単に」
死ねない永遠の孤独。それを覚悟していたのが、うそのように。
「この首飾りか……ずっと探していたが、こんなやつが持っていたとはな」
魔王さまはおもむろにそれを手にすると、ぐしゃりと握りつぶした。
その物自体にも、相当な魔力――いや、女神の力だから神力だろうか――が込められていたのに。
「今なら、女神さえ殺せるだろう。現出してこないのが残念だが」
そのお顔は本当に残念そうで、口惜しそうだった。
きっと、封じられていた三十年の恨みを晴らしたかったに違いない。
それはそうと、私は気がかりな急ぎの要件があるのを思い出した。
「魔王さま……。あの、もし……で、いいのですが」
「なんだ? 言ってみろ」
問いながらも、魔王さまはほぼ察していたように見えた。
「あの人間たちを、治してあげたいのです。悪行を重ねてきた者たちでは、ないようなので」
「ハァ……。本当にお前は……とんだお人好しだな」
でも、と言いかけたけれど、すでに黒い人の火傷や落とした足を、魔王さまはきれいさっぱりと癒してくれていた。
「魔王さま? 治癒が使えるのですか?」
「お前ほどではない。それに、洗脳は面倒だから解かずに、書き換えておいた」
「書き換……え?」
そして歩くのが面倒なのか、勇者のところには転移なさった。
「こいつは誰がやったんだ? お前か? サラ」
「と、途中までは……」
抱えられたままに見下ろすと、ほぼ全身が炭化して、体を強張らせた嫌な形で硬直している。
「転生者はこういう時に辛かろうな。まだ生きているぞ」
そして勇者の体もまた、みるみるうちに元の状態へと癒えていった。
「あ、ありがとうございます」
洗脳を書き換えた、というのが気になるけれど。
「残るはアレか」
数歩先まで進まれると、騎士団長は目を覚ましていた。
「……聖女サラ。きさま……やはり魔族と……」
敵意はあるけれど、すでに敗北は受け入れているらしい。
その証か、肩や腕のごつごつとした兵装を解除して、地面に放り投げていく。
そのそれぞれは、相当な重さのようだけど、割と平然と。
「ちっ。何を見ている。これは強化パワードスーツを着ているからだ。生身でこんなものを装備出来るものか」
「……へぇぇ」
私は素直に、驚いたことに感嘆の声を漏らした。
魔王さまに抱きかかえられ――それも、お姫様だっこだから――気の抜けた、安心しきった状態で。
「聖女。毒気が抜かれるから、戦場で気の抜けた声を出すな」
さっきも、聖女って呼んでた気がするけど。
「……私、ヨモツヒルイだってば」
一応、そのための衣装を着ているのだし。
名前も一生懸命考えたのだし。
「はぁ。もういい、どちらでもな。それで? 貴様らは王国に仇成すつもりか、それとも……同盟でも考えているのか?」
……そんなことを聞かれても、私は何も考えていない。
「人間。事の発端はお前のようだな。生きて帰れるとでも思ったか?」
「ま、魔王さま?」
「俺の妻をいじめた罪は重い。死んで償え」
――その言葉は、素直に嬉しい。
けど、命を奪うということが、私には荷が重い。
でも……魔王さまがすることなら、何でも受け入れよう。
それが、彼を殺すのだとしても。
そして、人を殲滅するようなことでも。
だって、本当に油断ならないと……思い知ったから。
「魔族の男。私はな、王国の騎士だ。王国ために生きて、死ぬつもりだ。死ぬことに何の躊躇もない。だから……王国に仇成すというのであれば、この命に代えても貴様らを討つ」
腰と、腿に帯剣しているそれを抜き、よろよろと立ち上がる騎士団長。
両の手に構えた剣は、どちらも振動剣らしかった。
「もうやめなさいよ! 戦う気なんてないって、何度も言ってるじゃない!」
面倒臭い男。
殺すのは簡単だけど……こちらに何のメリットもなければ、嫌な気持ちになるばかりなのに。
この男にかける言葉を、私はもう探せない。
「弱い者ほど、勝手に怯えて戦だの殺せだのと声高に叫ぶ。貴様も同類か? それとも、騎士たる強者か?」
魔王さまは、次にこの男が動けば殺すつもりだ。
そういう目で、彼を見ている。
私は、きっと彼はむやみに動いて殺されるのだろうと思って、目を閉じた。
魔王さまにすがりつき、ぎゅっと抱きしめて顔を背けた。
「……本当に、貴様らは……上から物を言う」
からん、という乾いた音がして、剣を取りこぼしたらしいことを知って、また振り向いた。
「私は……強い騎士たらんと……。ちっ、焼きが回った。……貴様らと、対話をしよう。何を求め王国に来た?」
口惜しそうに睨みつける、いやな目。
……特に何もないと言ってるのに。
「何も? ただの気まぐれだ。こいつにとっては治癒魔法を学びたかっただけだ。そう言っていたはずだが?」
「そ、そんなわけがあるか!」
「言っておくが、貴様らの国を取ることも、貴様ら人間を殲滅することも、我らには何のメリットもない。欲しいものなど、貴様らからは何も無いんだ。理解しろ」
「そ、そうよそうよ。人間なんていがみ合ったり、権力と欲望にまみれて酷いことを平気でしたり、いいところなんて一つもないじゃない!」
――はぁ、ちょっとだけスッキリした。
「……ほん、とうに? 我らは……それじゃあ、一体何のために、魔族と戦ってきたんだ」
混乱しているのか、気持ち悪いくらい頭を掻きむしっている。
頭の装備の隙間から、それが気に入らないのか、それを外して無造作に落とし、さらに髪の毛をクシャクシャにしながら掻いている。
「行くか。話にならん」
「はい。――シェナ!」
「ここに」
シェナはすぐ後ろで、気配を消していたらしい。
「ケガはない?」
「ええ、全く」
その声は、どこか自慢げだった。
「なら、シェナも俺につかまれ。転移する」
そして、魔王城に戻った。
荒野の空を照らしていた光の玉は、転移と共に消える。
ここと同じように、本来の闇夜に戻ったことだろう。
もうすっかり、夜中を過ぎて深夜だ。
シャワーを浴びて、お水を少し飲んで。
魔王さまと共に入るベッドでは、期待はしたのだけど……。
その日は疲れてしまったのか、すぐに眠りに落ちてしまった。
しばらくは、人間の国にはいかない。
あんなところにいたら、人間のようになってしまいそうだから。
ここで心を休めたら、困っている人々を癒すくらいは構わないけど。
王宮の生活も向いていないから、本来住むはずだった街の家に、こっそりと出入りしよう。
そういえば、死ぬ前は多人数が同時に遊ぶネットゲームで、辻斬りならぬ、辻ヒールというのが流行っていた。
私もしてもらったことがあるけれど、モンスターにやられそうな時に嬉しかったのを覚えている。
こんどは、そういうのでいいかもしれない。
聖女なんて、なるものじゃない。
面倒なことばっかりだもの。
するならもっと、気楽な……。