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魔族領――。
これは元々、新しい神々の造った人間が暮らしていた。
けれど、扱いきれない力で人が住めない地へと変貌させ、放棄した土地。
それを見かねた原初の女神が、眷属に命じて浄化させている。
その眷属というのが、人々に魔族と呼ばれている種族。
瘴気満ちる大地に街を築き、国を造った。
それらはすべて、人の数倍はあろう巨人が造ったかのような、大きな建造物ばかりが並ぶ。
城壁もまさしく、強大で強固な厚みを持ち、その中に築いた城もまた、巨大で頑強。
街の外縁の、転移用に開いた大広場から、城壁と城まで一直線に伸びる街道も広い。
ただし、一応は城に近付くほど狭くなっており、攻め込まれた時に詰まるように出来ている。
――魔族に勝てる人間が、居るならば。
という前提を覆せる者達がいないため、ただ圧巻の展望というだけではあるけれど。
……その街並みを、改めて自分の足で歩いて、ゆっくりと眺めながら、大広場からお城へと進む。
建物たちは、白を基調にしているけれど、光の加減で虹色に映る。
まるで、街全体に虹が溶け込んだみたいに綺麗で、ずっと眺めていられる。
大通りを境に、二つの虹が伸びる景観は、大広場からずっと続く。
それが夕方になると、ほとんどが赤色になる中でうっすらと他の七色が合わさってまた、胸をくすぐるのだ。
この一日が熱を帯びた情景で映え渡って、そしてまた明日に、七色で迎えてくれるのだと期待が膨らむから。
そんな夕焼け空と赤虹の広がる街を、シェナと二人分のお小遣いをポケットに、二人して町娘の格好で色々なお店を見て回っている。
夕食の買い出しをする人たち、仕事上がりの人たちで賑やかな、とても温かい街並みの中を。
――騎士団長と勇者たちに挑まれてから、数日が過ぎていた。
ようやく、もやもやとした気持ちも治まって、彼らの話も聞いて、つくづく人間と関わるのは最小限にしようと、そう思った。
「ねぇ、シェナ。私の治癒の力は、何のためにあるんだと思う?」
魔族には、再生という能力があるのでケガとは無縁だから。
腕を落とされようと、瞬く間に再生する。
魔力の少ない人なんて、魔族には居ないから。
そもそも、魔族というのは人間が付けた呼び名であって、原初の神々の眷属だから、神族とかそういう呼び名の方が正しいはずだし。
「神々の御威光を、愚かな人間どもに示すためではないですか?」
シェナは平気で、愚かな人間ども、と言う。
元人間の私としては、少しばかり心苦しいのだけど。
「御威光……示したあとは、どうしたらいいのかな」
導く、なんてまっぴらごめんだ。
王政でさえ、権謀渦巻く気持ちの悪い世界なのに。
民主主義も、王政も、優れた人格者かつ有能な為政者が揃っていないと、滅茶苦茶になる。
それは前世のニュースで見てきたから。
正直に言えば、ほんとはよく分かっていないのだけど……あまり幸せなニュースを見たことがない。
でも、この魔族領は違う。
皆たくましくて、皆が大人だ。
人が嫌がることをしない。
妬みもなければ、誤解もないようにきちんと話をする。
魔王さまがどんな政治をしているのかは知らないけど……きっと、一人負担のかかるようなものではないのだと思う。
実際、三十年の間を封印されて行方不明でも、この国はしっかりと安定していたみたいだし、魔王さまが復活したことを心から祝っていた。
「はぁ……まるで天国みたい」
「天国、ですか?」
シェナは周りの大きな建物を見上げて、そしてまた私を見た。
住まう人々は普通のサイズだから、違和感をそうだと言ったように聞いたのだろうか。
「そう。だって、皆いい人だし。ここなら悩みごとも……なくはないけど、前向きに考えられる雰囲気だもの」
「フフッ。そうですね。お姉様のおっしゃる通りです」
私の言っていることは、本当に通じたのかな?
もしかしたら……この可愛い妹は、恨みを晴らす相手がいなくて、むしろ辛いだろうか。
「ね。正直に答えて? シェナは、人間を懲らしめる方が楽しい?」
もしもそうだと言ったら、やっぱり少しは、人間の国に顔を出そう。
私の都合で黄泉の国から召喚したのだから、シェナの気持ちにも応えたい。
「そうですね……。最初は、それが一番楽しいのだと思いました。けど……」
「けど?」
もしかして、もっと戦いたいとか?
大山脈の主、白天の王でもあるものね。
「今は、こうしてお姉様と、穏やかに過ごすのも好きです。醜い人間を見ていると、潰してやりたくなりますが……たしかにこの国は、ずっと心が穏やかでいられますね」
「そうなんだ! そっか。そっかぁ……」
よかった。
シェナにとっても、ここは幸せを感じられる場所なんだ。
そう思うと、もっと幸せな気持ちになった。
この平穏に、私だけが舞い上がっているわけじゃなかったから。
途中で串肉を買ってベンチで食べたり、肉包みのもちもちパンを二人で分けたりしながら、お腹いっぱいになってお城に帰った。
日が落ちてしまったので、星々のきらめきを眺めながら。