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𝓗𝓪𝓶𝓾
809
#アイドル
ゲスト
26
「これから、どこに行くんですか?」
「決めてない」
即答されて、思わず目が点になる。
「えっ、決めてないんですか!?」
「どこに行くのか決める必要もないだろ?」
「行く先も決めないでデートだなんて……」
「行き先がないといけないのか?」
何だろう……どうも会話が噛み合ってない気がする。
「俺なんてストレス発散するのに、よく首都高を目的もなく走ってるしな」
「それとこれとは……っていうか、もしかして今日も、そのつもりでとか……?」
少なくともデートでそれはないんじゃないかと、ちょっとだけむぅーっとして返す。
「おまえが嫌ならしないが」
そうあっさりと返されたことで、嫌じゃなければするつもりだったんだと、なんだかおかしくなってきてしまった。
この人と一緒にいると、いつの間にか勢いに呑まれて、今まで感じたこともなかったようなワクワクした気分にもなってくる。
ムッとしていたのも忘れて、口に手を当てて笑いをこらえていると、
「どこか行きたいところがあるならおまえに合わせるが、どうなんだよ?」
と、尋ねられた。
「……だったら、どこか食べにでも。お腹すきましたし」
「ああ、それも、そうだな」
どうやら行き先が決まったらしく、車がややスピードを上げて走り出した──。
「うまい店があるから、連れて行ってやるよ」
そう言われて連れてこられたのは、郊外にあるログハウス風のステーキ店だった。
「……肉が嫌いとか、言わないよな?」
駐車スペースに車を入れながら訊かれて、
「はい…」と答えながら、実は少しもたれるんじゃないかとも感じていた。
席に着いて、促されるままに200gのサーロインステーキをオーダーして、一口を切り分けて食べてみる。
「……すごい、おいしい!」
絶妙な焦げ目と柔らかさに焼き上げられたステーキ肉に、思わず感嘆の声が漏れた。
「だろう? ここのは、本気でうまいんだよ」
「うん。ステーキだなんて、もたれそうにも思ってたんだけど……」
途中まで言いかけて、「あっ…」と、口を閉じると、
「……おまえって、ほんと面白いよ。そうやってなんでも俺にぶちまけて」
彼に、くくっと笑われてしまった。
「面白くなんか……ないし」
笑われたことに、下唇を噛んでちょっとだけむくれる。
「いつも会う度、俺に遠慮なしにつっかかってきて。それでおまえにどうにも興味を惹かれて、俺も忘れられなくなったんだからな」
そこへ変わらないストレートなセリフを吐かれて、何も言えなくなって黙ってカットしたステーキを口に運んだ。
「忘れられずに、またおまえに会いたくなるみたいでな……」
そこまで話して彼が顔を上げて私を見た。目が合うと、『会いたくなる』だなんて言われたことが、どうにも恥ずかしくてたまらなくなって、
「……もう」とだけ口にして、彼から目線を逸らした……。
「おまえといると気をつかわなくて、単純に楽しいんだよ」
口の片端を引き上げて笑みを浮かべる彼に、それは私も同じかも……と、感じる。この人とは気兼ねなく何でも話せた。
「社長なのに、どうして……」
なんだか不思議な気もしてふと呟くと、
「その社長とか言うのいい加減やめろよ」
彼にじっと見つめ返された。
「おまえにとっては、俺は社長でもなんでもないんだから」
そう続けられて、「それは、そうだけど……」と、言いよどむ。
「だけど、それ以外になんて呼んだら……」
あの有名な鷹騰社長が自分の目の前にいるということが、急にまた信じられなくなってくる。
「名前で呼べよ、颯って」
水をごくっと飲み下して、彼が言う。
「……颯……さん」
戸惑いつつもそう呼びかけてみる。
「いらないって、さん付けなんて。おまえだって、そんな柄でもないだろ?」
「そんな柄って、なんですか? それに私のこともさっきからおまえって呼んでるけど、ちゃんと名前で呼んでください」
つい言い返して、「あーえっと、ごめんなさ……」謝ろうとしかけたのを、
「謝らなくていいよ、舞」
不意に優しげなトーンで名前を呼ばれて、
顔が一気に火照りそうにもなって、グラスから水をひと息に喉に流し込んだ──。
コメント
1件
いやもう、冒頭の「行き先決めてない」からして彼らしいなって思いましたけど、名前呼びの流れが最高でしたね。「舞」って呼ばれた瞬間の、主人公の照れとか動揺がすごく伝わってきて、こっちまでドキドキしました。ステーキ店のシーンも、会話のテンポが心地よくて、二人の距離が確かに縮まってる感じがしました。次が気になります!