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温もり
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6歳の時に、茉鈴と出会った。山の麓の村にある、小さな商店のひとり娘。
俺たちより2つ歳上の彼女は、いつも明るくて、優しくて。定期的に会うのが俺にとっても弟にとっても楽しみだった。
ある年。俺たちの誕生日に、茉鈴は向日葵の花をプレゼントしてくれた。
とても嬉しくて、大事に抱えて家に持って帰ったのを覚えている。母さんも花が好きだったから、丁寧に水切りして花瓶に向日葵を生けてくれた。花が終わったら種を庭に撒き、育てた向日葵を数年後の茉鈴の誕生日に花束にして贈った。女の子に花を贈るなんて初めてだったから少し照れくさかったけれど、茉鈴がものすごく喜んでくれて。花が咲いたように笑う彼女に、こちらが嬉しくなった。
杣人の父を手伝い、木を切り、麓まで運ぶ。
村の子どもたちと遊んだり、茉鈴のいる店で他愛のないお喋りをしたり。
彼女が持たせてくれたお土産のお菓子を、帰宅してから家族4人でいただく。
何気ない日常。
父さんがいて、母さんがいて、無一郎がいる。そして時々茉鈴と会える。
幸せだった。これ以上を望んだことなんて、ただの一度もなかったのに。
神様も仏様も、こんなささやかな幸せさえ俺たちから奪ってしまった。
10歳のある日、母さんが風邪を拗らせ、肺炎を起こして倒れた。父さんは俺たちが必死に止めるのも聞かず、嵐の中薬草を取りに行って足を滑らせ、転落死した。そして後を追うように呆気なく、母さんも苦しみながら息を引き取った。
一度に両親を喪い、俺と無一郎の生活は一変した。
やっとの思いで2人を弔い、取り残された自分たちも生活があるので今までのように木を切り、麓に運ぶ。
子どもだけで山を下りてきた俺たちに、顔見知りの大人たちが心配して声を掛けてくれたけれど、簡単に事情を説明してその場を後にした。
茉鈴の店に行った。いつものように笑顔で出迎えてくれた彼女に、無一郎が堪らず泣き出し、俺も必死に涙を堪えながら両親が死んだことを話した。
茉鈴は目を潤ませながら無一郎の背中をさすり、涙を拭いてやっていた。そして俺の頭も優しく撫でてくれた。
これ以上親切にされたら自分も泣いてしまいそうだったので、その日は足速に山へと戻っていった。
子ども2人だけでの生活は想像以上に大変だった。杣人としての生活の術(すべ)は身に着けているものの、家事も少しはできていたものの、どんどん心に余裕がなくなっていく。
無一郎は事あるごとに両親の死を悼んで泣く。泣いたって父さんや母さんが返ってくるわけじゃないのに。
不器用で泣き虫な弟に俺も苛々が募り、度々喧嘩してしまう。
そんなだから麓へ行くのも2人一緒ではなくどちらか1人で、という日が増えていった。
今日は家のことを無一郎に任せて(水汲みと洗濯くらいしかできないだろうけれど)、俺が切った木を担いで1人で山を下りることにした。
薪を必要とする人に売り、支払われたお金で生活に必要なものを買う。
物資の調達がひと通り終わり、俺は無意識のうちに茉鈴の店に足を運んでいた。
『いらっしゃいませ!…あ、有一郎くん!』
「…茉鈴……」
初めて会った時より少しお姉さんになった茉鈴。背もまだ彼女のほうが俺たちより高かった。
『…お買い物終わり?』
「うん」
『そっか。……ねえ、有一郎くん、大丈夫?』
「…え」
心配そうに眉をハの字に下げて、茉鈴が俺の顔を見てくる。
そして店の裏の住居のほうに案内され、人気がないことを確認してから茉鈴が口を開いた。
『…大分無理してるんじゃない?』
「え……」
『もう、泣いてもいいんだよ?』
そう言って、そっと俺の頭を撫でてきた。
「…ふ…うぅっ……」
鼻の奥がツンと痛くなって、堪える間もなく涙が溢れて止まらなくなった。
必死に手の甲や着物の袖で涙を拭うけれど、ちっともおさまらない。
『……。嫌だったら押し退けてね』
茉鈴が俺を抱き締めた。ふわりと石鹸の香りが俺を包む。
あったかい。家族以外の誰かに抱き締められるなんて初めてだけれど、それがこんなに嬉しいなんて。安心するなんて。
「うぅっ…まりん……ぅっ…わああぁぁぁぁ…!」
小さな子どもみたいにみっともなく大声をあげて泣いてしまった。茉鈴の華奢な身体にぎゅっとしがみついて、彼女の着物を手で力いっぱい鷲掴みにして。
『…有一郎くん。お父さんとお母さんが亡くなってから、ちゃんと泣いてないでしょ。頑張り屋さんなのはとっても素敵な有一郎くんの長所だけど、無理し過ぎたら潰れちゃう。悲しい時は泣いていいんだよ』
茉鈴は俺を抱き締めたまま、諭すように優しく声を掛けてくれて。頭を撫でて、背中をさすってくれた。
しばらくして漸く涙が止まった。
差し出されたちり紙で鼻をかむ。
「…茉鈴、ごめん。こんな…女の子の前で大泣きするなんて…格好悪い」
『ううん、いいの。私のほうがお姉さんだからね。もっと頼ってくれていいんだよ』
また俺の頭を撫でながら優しく微笑んだ彼女は、とても綺麗だった。たった2つしか歳が変わらないのに、こんなにも大人びて見える。
「…そっか…。ありがと……」
『うん』
茉鈴が出してくれたお茶を飲んでひと息ついてから、帰る準備をする。
「茉鈴、ありがとう。泣いたらスッキリした。…それに、抱き締めてくれて嬉しかった」
『どういたしまして。私でよかったらいつでもぎゅってするからね』
「うん」
家で待っている無一郎と食べるようにと、今日も俺たちが好きなお菓子をお土産に持たせてくれた茉鈴。
「じゃあ、俺、帰るね」
『うん。気をつけて。………有一郎くん、待って』
「?」
別れ際、茉鈴がもう一度、俺を抱き締めてくれた。
小さく胸が高鳴る。
「ぁ…えっと…茉鈴?」
『有一郎くんのことが大好きだからこうするの』
「…!……俺も茉鈴大好き…」
そっと彼女の身体に腕を回す。
あったかい。背は俺より少し高いけれど、細くて柔らかい女の子の身体だ。
『また来てね』
「うん。茉鈴、ありがとう」
にっこり笑った茉鈴。それを見て胸の中がふわっと温かくなる。
ああ、俺は。俺たちは……。知らず知らずのうちに、茉鈴に支えてもらっていたんだな。本当に感謝しかない。
俺は何度も振り返りながら、茉鈴に手を振って家路についた。
続く