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一緒に暮らそう
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ある日、1人の女の人が僕たちを訪ねてきた。白樺の木の精のように美しいその人は、“鬼殺隊”の当主の方のお内儀で、“始まりの呼吸”の剣士の末裔である僕たちに、どうか力を貸してほしいと頭を下げてこられた。
兄は話の最中ずっと悪態をつき、わざわざこんな山奥まで来てくださったあまね様に暴言を吐いて追い出してしまった。
「ねえ、剣士になろうよ!剣士になって、鬼に苦しめられてる人たちを助けてあげようよ!」
先程聞いた話に胸を踊らせて提案する僕に、兄は大きく腕を振りかざし、握った包丁を力いっぱいまな板に叩きつけて、夕飯のおかずに使う大根を乱暴にぶつ切りにした。
「お前に何ができるって言うんだよ!!」
青筋立てて怒鳴る有一郎。
米も1人で炊けないような奴が人を助けるだなんて馬鹿も休み休み言え、人を助けるなんてことは選ばれた人間にしかできないんだ、自分たちにできることは無駄死にと犬死にだ、…そう早口で捲し立て、一方的に話を終わらせた。
悔しくて、悲しくて。僕は何も言い返せないまま、滲んでくる涙を手で拭い、夕飯の仕度に戻った。
父さんと母さんが死んでから、兄さんは僕にきつく当たるようになった。何でもそつなくこなす兄さんに対し、僕は不器用で何をさせても上手にできなくて。兄さんは苛々を隠そうともせず僕を怒った。
両親が生きていた頃はあんなに優しかったのに。兄さんはもう僕のこと嫌いになったのかな。
父さん、母さん、会いたいよ……!
両親が恋しくて、今の生活がつらくて。 度々泣いてしまう僕に、兄さんは更に苛々をぶつけてくる。
泣いたって何も変わらない。大好きな2人が生き返るわけでもない。そんなこと僕だって分かっている。でも悲しいし寂しいし。
役割を分担して1人で山を下りることが増えた。正直言って、いつも怒ってばかりの兄と四六時中一緒なのは息が詰まるので少しだけほっとしていた。
切った木を売って、生活に必要なものを買って。そして最後に茉鈴の店に行く。
いつも笑顔で出迎えてくれる茉鈴。優しい彼女のことが大好きだった。
両親が死んでから、店に立ち寄った僕をぎゅっと抱き締めてくれるようになった茉鈴。嬉しくてあったかくて、とても心が安らいだ。
『鬼殺隊? 』
「うん。僕たちは“始まりの呼吸”っていうのを使ってた剣士の子孫なんだって」
『そうなの。すごいじゃない!』
僕の話に目を輝かせて聞いてくれる茉鈴。
「…でも剣士になろうよって言った僕のこと、兄さんはちっとも相手にしてくれなくて」
あれから何度も足を運んでくださるあまね様に、あろうことか兄さんが水をぶっかけようとしたことも話した。それで大喧嘩して、僕たちは口も利かなくなったことも。
『…そっか。……でも有一郎くんはさ、無一郎くんのことを守ろうと必死なんじゃないかな』
「僕を?」
『うん。たった2人の家族でしょ。剣士なんて、そうでない人よりも危険に晒されることが多い立場だと思うの。そんな危ないところに無一郎くんを行かせたくないんじゃないかな。もうこれ以上大事な家族を失いたくないのよ。きつい態度を取るのだって、無一郎くんを守らなきゃと思ってるのの表れだと私は思うんだけど』
「…そうなのかな……」
あまり納得できなくて口を尖らせる僕を見て、茉鈴が困ったように笑って僕の頭を優しく撫でた。2つしか歳が変わらないのに、茉鈴が時々すごく大人に感じる。女の子のほうが男より精神年齢が高いって、いつか父さんが言っていたっけ。
兄さんの考えていることは分からない。茉鈴みたいに優しく、僕にも理解できるように言ってくれればいいのに。
別れ際にもう一度、茉鈴が僕を抱き締めてくれる。兄さんにも同じようにしてあげているのかな。そういえば、兄さんが1人で麓まで行って帰ってきた時は、普段よりもほんのちょっとだけ、柔らかい顔つきになっていたような気がする。
「茉鈴、今日もありがとう。また来るね」
『うん。気をつけて帰ってね』
その日は久し振りに、兄さんと2人で山を下りた。
必要最低限の会話しかしない僕たち。
用事を済ませてどちらが提案するということもなく、2人して茉鈴の店に向かった。
『いらっしゃいませ!…あっ、有一郎くん、無一郎くん!』
僕たちに気付いた茉鈴がぱっと明るい笑顔を向けてくれた。
『2人一緒に来てくれるの久し振りね!嬉しい 』
「うん」
「まあね」
『今お茶を淹れるから、中に入って』
「ありがとう」
「お邪魔します」
手伝いの途中なのにも関わらず、茉鈴はいつも僕たちの相手をしてくれる。お店の番を彼女のお父さんやお母さんに任せて。
『はい、どうぞ』
「ありがとう」
「いただきます」
淹れてくれたお茶を口に含む。いい香り。
お茶と一緒に持ってきてくれたカステラもふわふわで美味しい。
『…ねえ、2人とも』
おもむろに口を開いた茉鈴。
『あなたたちさえよければ、ここで一緒に暮らさない?』
「「えっ!?」」
突然の提案に驚いて声をあげてしまった僕たち。
『…無一郎くんから鬼殺隊のこと聞いたの。その…産屋敷様はもちろん2人を鬼殺隊に誘いたいって考えてらっしゃるんだろうけど、単に子ども2人だけで暮らしてる有一郎くんと無一郎くんに、安全な場所を提供したいんじゃないかなと私思うんだよね』
丁寧に言葉を選びながら話す茉鈴。
『私だって心配だもん。2人とも1年以上子どもだけでの生活が送れているとはいえ、住んでるのは山奥でしょ。周りに人もいないんでしょ?何かあった時すぐに助けを呼べないし、麓に住んでる私たちだってそれに気付くのが遅れるかもしれないし』
確かにちょっと不安はある。
『だから、ね、一緒に暮らそう?ごはんも作るし、着物が傷んだら繕ってあげられるし、もちろん2人だけのお部屋もお布団も用意する。私は有一郎くんと無一郎くんが家族になってくれたらとっても嬉しいな』
「茉鈴……」
じわりと涙が滲む。素直に嬉しかった。赤の他人の僕たちを想ってここまで言ってくれるなんて。この子ほんとに優しい。
ちらりと横目で隣を見ると、兄さんもほんの少しだけ目を潤ませていた。
「茉鈴、ありがとう。気持ちはすごく嬉しいけど、やっぱり山を離れることはできない。……父さんと母さんを置いていけないし……」
僕に対してのそれとは全く違う、静かで穏やかな口調で応える有一郎。
「今の時点でも困ってることはそんなにないし、多分これからもどうにか暮らしていけると思う」
そうかな。僕には兄さんがまだ強がっているように見えるけれど。
『……そっか…。それなら無理には言えないよね……。でも、私はいつでも、どんな時も2人の味方だってこと忘れないで。あなたたちのことが大好きで大切なの』
これ以上は食い下がれないと思ったのだろう。茉鈴が笑った。切なそうな寂しそうな笑顔だった。
『困った時とかしんどい時は力になるから。抱え込まないで頼ってね。それだけは約束して』
「うん。ありがとう、茉鈴」
「ありがとう。僕も茉鈴大好き」
ちょっと残念そうに笑う茉鈴と順番に抱擁して、僕たちは麓を後にして山奥の自宅へと戻った。
続く