テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
羽海汐遠
16,645
#獣人
シュメール
339
#片想い
天楽°
75
藤田「ひっ……、いや, 来ないでくれ!」
深夜の学校、その裏手に広がる深い森の中。
一人の男子生徒が、息を乱しながら必死に茂みをかき分けて走っていた。懐中電灯の光が、恐怖に震える手の中で激しく上下に揺れている。
背後から迫るのは、人間のそれとは明らかに違う、重く鋭い足音。
そして、暗闇の奥から聞こえる「グルルル……」という地を這うような低い唸り声。
藤田「だれか、誰か助け――」
少年が振り返り、絶叫をあげた瞬間。
宙を割いた巨大な『影』が、彼の身体を完全に飲み込んだ。
地面に落ちた懐中電灯が、ただ誰もいない暗闇を虚しく照らし続けていた。
★
男子生徒A「おい力斗、聞いたかよ? 隣のクラスの藤田、昨日から連絡がつかないらしいぜ」
翌朝。爽やかな朝の光が差し込む教室で、宮根力斗(みやね りきと)は登校するなり、友人からそう声をかけられた。
カバンを机の横にかけながら、力斗は首を傾げる。
宮根 力斗「藤田が? ただのサボりじゃないの? あいつ、よくゲームの発売日に学校休むし」
男子生徒A「いや、それが違うんだって! あいつの親、警察に捜索願まで出したらしい。……で、ここからが本題なんだけどさ。最近、ウチの学校の裏の森に『怪物』が出るって噂、あるだろ?」
宮根 力斗「あー……。夜になると目が赤く光る大きな化け物が徘徊してるとかってやつ?」
オカルト好きの生徒たちが騒いでいる他愛のない怪談。力斗は鼻で笑おうとしたが、友人の目は真剣そのものだった。
男子生徒A「そう、それ! 藤田、昨日の夜『怪物の正体を暴いて動画に撮る』って言って、一人で裏の森に行ったらしいんだよ。それきり行方不明。……これ、マジでヤバくないか?」
宮根 力斗「え……」
さすがに警察が動いているとなると、ただの噂話とは思えなくなってくる。
少しの沈黙の後、友人がニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
男子生徒A「なあ力斗。……今日の夜、ちょっと確かめに行ってみないか?」
宮根 力斗「は!? 馬鹿言うなよ、藤田が行方不明になってるんだぞ?」
男子生徒A「だからこそだよ! 俺たちで手がかりを見つければヒーローじゃん。それに、一人じゃ怖いけど、人数多いなら行けるだろ? な?」
宮根 力斗「う、うーん……」
押しに弱い力斗は、友人の熱意に押されて思わず言葉を詰まらせる。結局、断りきれないまま「じゃあ、放課後の夜、校門前でな」と約束を交わしてしまった。
キーンコーンカーンコーン――。
タイミングよく予鈴が鳴り響き、ガラガラと前方の扉が開いた。
入ってきた担任の教師が、教卓をパンパンと叩いて生徒たちを席につかせる。
担任「よし、全員席につけー。朝のホームルームを始めるぞ。……あー、その前に。今日からこのクラスに編入することになった転校生を紹介する。入ってこい」
教師の呼びかけに応じて、静かにドアが開いた。
その瞬間、教室中の視線が一斉に一点へと集中し、どよめきが沸き起こる。
宮根 力斗「……え?」
力斗も思わず目を見張った。
教壇に立った少女は、端正な顔立ちをした美少女だった――が、それ以上に、その服装が異質すぎた。
指定の制服の上から、もこもとした茶色いパーカーを羽織っている。
しかも、そのフードの頭頂部には、あからさまに丸っこい『クマの耳』がついていた。
少女は黒板に『宮本 沙桜』と自分の名前を綺麗に書くと、チョークを置いて、クラス一同に向かってペコリと深くお辞儀をした。
……が、そこから一言も喋らない。じっと前を見つめたまま、微動だにしない。
生徒「おい先生、彼女喋らないけど……もしかして声が出ない系の人?」
担任「あ、いや、えーっとだな……」
男子生徒の質問に、担任の先生もなぜかタジタジになって額の汗をぬぐっている。
教室中が「あ、触れちゃいけないやつだったのかな……」と妙な同情の空気で包まれかけた、その時だった。
最前列に座る、腕に『風紀委員』の腕章を巻いた真面目そうな女子生徒が、勢いよく立ち上がった。
風紀委員「ちょっと、先生! 宮本さん、その格好は何ですか!? 制服の上にそんな派手なフードパーカーを着るなんて、完全に校則違反です!」
ビシッと沙桜を指差し、語気を強めて問い詰める風紀委員。
しかし、沙桜は「……」と口を真一文字に結んだまま、ただじっと風紀委員を見つめるだけだ。
風紀委員「な、何とか言いなさいよ……!」
なおも詰め寄る風紀委員。
すると、沙桜はパーカーのクマ耳をきゅっと両手で掴み、ほんの少し肩を震わせながら、消え入りそうな声でようやく口を開いた。
宮本 沙桜「……小さい頃、トラウマがあって」
(((((喋れるんかいッッ!!!!)))))
力斗を含めたクラス全員の心が、綺麗に力強いツッコミで一つになった。
だが、そんな周囲の驚きを知ってか知らずか、沙桜は潤んだ瞳で風紀委員を見つめ続ける。
宮本 沙桜「この耳がないと……私、不安で不安で…夜も眠れなくて。……ダメ、ですか……?」
風紀委員「え、あ、ええっ!? ご、ごめん!! そうだったんだ……。そんな深い事情があるなんて知らなくて……ほんとにごめんね〜……!」
沙桜の告白に、風紀委員の女子は一瞬で罪悪感に押しつぶされ、顔を真っ赤にして平謝りを始めた。
教壇の先生も「あ、うん、そういう事情だから許してやってくれ」と話を濁している。
窓際の席からその光景を眺めていた力斗は、呆れ半分、驚き半分で沙桜を見つめていた。
喋れないと思わせてからの、あのトラウマ発言。とんでもない転校生が来たものだ。
しかし、クラス中がドタバタと騒がしくなる中で、力斗はふと気がついた。
風紀委員に謝られている沙桜が、ほんの一瞬だけ、窓際に座る自分の方へ視線を向けた気がしたのだ。
その瞳は先ほどまでの弱々しさが嘘のように冷ややかで、ほんの少しだけ、何かを見透かすような鋭さを含んでいるように見えた。
担任「よし、じゃあ宮本は……あそこの窓際、宮根の隣の席に座れ」
沙桜は「……」と黙ったまま先生に顔を向け、頷く。
担任に促され、沙桜が力斗の隣の席へと歩いてくる。
すれ違いざま、彼女からほんのりと、どこか懐かしい桜の木のような、柔らかな花びらの香りが漂った。力斗はなんだか気恥ずかしくなって、わざとらしく窓の外へ視線を逸らした。
結局、その日の授業中、沙桜は一度もクマ耳フードを脱がなかった。
時折、先生から黒板の問題を解くように当てられても、彼女は「……」と無言のまま完璧に正解を書き殴り、何事もなかったかのように席に戻る。
(やっぱり喋らないんだな……)と、力斗は隣の席で気が気ではなかった。
そうして、あっという間に放課後のチャイムが鳴り響く。
男子生徒A「よっしゃ、放課後だ!」
朝、力斗に声をかけてきた友人が、待ちきれないとばかりに教卓の前に立ち、教室中に響き渡る大声を張り上げた。
男子生徒A「おーいみんな! 今日、学校の裏の森のトコ行くけど、誰か一緒に来る奴いるか〜?」
その呼びかけに、教室の一部がガタガタと色めき立つ。
「おいマジかよ、藤田の件があるのに」「いや、だからこそだろ?」「俺行くわ、肝試しだろ!」「私も行くー!」と、好奇心旺盛な男子生徒二人と、ノリのいい女子生徒一人が手を挙げた。
宮根 力斗「お、おう、結構集まったな……」
声をかけた友人自身も少し驚いたようだが、すぐにニカッと笑った。
男子生徒A「よし、じゃあこのメンバーで決定な! 一回帰って準備して、夜の八時に校門前集合で!」
盛り上がる一同の声を、教室前の廊下で静かに聞いている者がいた。
カバンを肩にかけ、下校しようとしていた沙桜。
沙桜は、楽しそうに夜の約束を交わす力斗たちの姿を、廊下の窓ガラス越しにじっと見つめていた。
その表情には、朝見せたような弱々しさは微塵もない。彼女は「……」とただ静かに口を結んだまま、誰に気づかれることもなく、一人でぽつりと学校を去っていった。
★
夜、八時。
昼間の賑やかさが嘘のように静まり返った校門前に、昼間約束したメンバーが集まっていた。
男子生徒A「全員揃ったな?」
言い出しっぺの友人が、手元のアウトドア用懐中電灯をカチリと点灯させる。
力斗を含めた数人のメンバーは、お互いに顔を見合わせた。昼間の教室では「肝試し」だと笑っていた他の一年生たちも、夜の学校の不気味さを前にして、さすがに少し緊張しているようだ。
男子生徒A「じゃあ……行こうぜ」
誰からともなく歩き出し、一行は学校の敷地を回り込んで、裏手に広がる鬱蒼とした森の入り口へと向かう。
背後にある街灯の光が、届かなくなる。
一歩、また一歩と進むにつれて、冷たい夜の空気が力斗たちの肌を刺した。
ここから先は、昨日、藤田が行方不明になった場所。
力斗はゴクリと唾を飲み込みながら、懐中電灯の細い光だけを頼りに、暗闇が支配する森の中へと足を踏み入れた――。
コメント
1件
沙桜さん、第1話読ませていただきました! 冒頭の暗い森のシーンから一転、教室の賑やかな空気にほっとしたのも束の間……転校生の沙桜さんの登場にはやられました(笑)「喋れるんかい!」のツッコミ、思わず声が出ましたよ。クマ耳パーカーで「トラウマ」と潤む演技、なのに力斗くんに向けた一瞬の冷たい眼差し……あれ、絶対ただ者じゃないですよね。柔らかな桜の香りという一文も、すごく印象に残っています。 夜の森へ向かうラスト、続きが気になって仕方ないです!