悪い夢を見たもんだと思いながら目を覚ますと、悪夢には違いないが残念ながら夢ではなかった。
「一度落とされただけで終わりだと思うなよ。うちの映山紅を傷つけた報いはたっぷりと受けてもらうぞ」
落とすって失神させるという意味だっけ? そうか、短い時間のようだけど僕は気絶していたんだなと状況がだんだん把握できてきた。
「だからそれに関しては夏梅は悪くない!」
「そいつが悪くないなら、誰が悪いんだよ?」
「それは……」
意識が戻ったばかりで体に力の入らない僕の耳に、彼女が父親や弟と言い争っている声が飛び込んできた。どうやら父親と菊多は彼女の処女を奪った男が僕だと決めつけているようだ。僕じゃないと彼女が一言そう言ってくれれば解決する話なのに、リクの名を出したくない彼女はそう言ってくれないから、いつまで経っても誤解が晴れない。
「目を覚ましたか? そのまま目を覚まさない方が幸せだったかもしれないけどな」
菊多が恐ろしいセリフを口走る。彼女の処女を奪いセフレ扱いしたのはリクという男で僕じゃない。制裁を加えるならリクに思う存分やってほしい。これはあまりにも理不尽だ!
「さあゲームの始まりです」
それって殺人事件の犯人による犯行声明の言葉なんですけど! 震え上がった僕はまた後ろから父親に首を絞められた。
「父さん、やめなよ!」
鋭い声で父親を制止したのは彼女でなく、なんと菊多。でもホッとしたのは間違いだった。逆に期待した分だけ絶望も大きかった。
「父さんは手加減するのが苦手だから殺してしまうかもしれない。次はおれがやるよ」
「菊多!」
父親が叱咤したが、どうせ――
「やりすぎるなよ」
やっぱりね。なんなの、このサイコパス一家……
体に力が入らず仰向けに寝ているだけの僕に絞め技をかけるのは、赤子の手をひねるより簡単だっただろう。
僕の記憶はすぐにまた途切れた――
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