テラーノベル
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部屋の明かりは、天井の一灯だけ。照度を落とされたその光は、どこか病的なほどに静かだった。
遥は、ベッドの縁に座っていた。
風呂上がり、貸されたTシャツは少し大きめで、裾が膝にかかる。
肌がまだ火照っているのは、風呂のせいか、それとも。
「なあ、さっきの演技──俺のこと、好きって言いそうだったじゃん?」
蓮司の声は、いつも通り軽い。
だがその軽さが、遥の背中をじわじわと焦がしていく。
「……言ってねぇし」
「でも思ったろ。どうせやるなら本気っぽくやんなきゃって。
ああいう顔、日下部に見せたくて、仕方なかったんだろ?」
遥は答えない。
うつむいたまま、爪をいじっている手が震えているのを、蓮司は見逃さない。
「なのにさ──お前、俺のこと“彼氏”にしたくてたまらない顔してた」
くすり、と笑う。
そしてそのまま、遥の隣に腰を下ろした。
「……やめろよ」
「なにを?」
「そういう言い方」
蓮司は一拍置いて、わざとらしく眉を上げる。
「ごめん、“彼氏”って呼ばれたの、びっくりしたんだわ。
まさか、そこまで必死だとは思ってなくて」
遥の手が強く握りしめられる。
歯を食いしばって、唇が白くなるほど。
「──やめる?」
その問いに、遥はかすかに首を横に振る。
「そう。やめないんだ」
蓮司は小さく笑い、遥の膝に手を置いた。
指が、ゆっくりと太ももをなぞる。
「日下部に見せたいんだよな? “俺と恋人”って、ちゃんと」
「……そういうわけじゃ」
「じゃ、なんで?」
蓮司の声は低く、甘く、冷たい。
熱を帯びたその手が、シャツの裾をめくりあげていく。
「──ほんと、演技うまくなったよな。昼間のあれ、俺も信じかけた」
遥は、答えない。
ただ、呼吸が少しだけ乱れていた。
「じゃ、今も演技してみせろよ。日下部の前じゃないけど──
俺の“恋人”らしく、ちゃんとさ」
蓮司の手が、遥の腰をなぞり、背中へ滑っていく。
そのまま押し倒されかけた遥の目に、かすかな怯えが宿る。
「やめ……」
「違うだろ」
蓮司の指先が、遥の首元に触れた。
そこに、柔らかく、そして確実な“鎖”の感触が落ちる。
「“やめて”じゃなくて──“もっとして”だろ?」
遥の目がわずかに揺れた。
それは怒りではない。痛みでもない。
演技の仮面がはがれかけた“素”の、哀しい脆さ。
「演技ってのはさ──やめたくてもやめられないとこまでいって、
本物になるんだよ」
そのまま、蓮司の口が近づいた。
耳元で囁くように──けれど、遥の逃げ道を完全に塞ぐように。
「壊れるまで、ちゃんと続けろ。嘘なんだから、な?」
遥はただ、まぶたを閉じた。
声も、震えも、抵抗も、すべてを演技として呑み込んで。
──恋人ごっこ
──演技の代償
──逃げ場を剥がされる夜
それは確かに、“愛”ではない。
けれど、それでも──遥は“恋人”であることをやめなかった。
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