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ワープ篇
「え、あれ?ここ何処?」
「て、隼斗ん家だろ」
「いや、部屋間違えた?」
「でもこの鍵で確かに開いたけど。それに誰も居なさそうだ俺たち以外」
「ああ、でもここは僕の部屋じゃない」僕の眼鏡が曇っていたとしてもここはどう視ても見知らぬ部屋だ。
僕は確かめるように直ぐ玄関から外へ飛び出した。
「え、なんだこれ。ここ何処?」先刻まで僕たちは確かにいつもの見慣れた街に存在し自分の足で歩いてこの部屋にたどり着いた筈なのに其所はまるっきり風景の変わった別世界になっていた。
「雪降ってんだけど、赤猫の代わり?」
ここ沖縄だよな。やはり先刻、侑哉が謝罪した所為で超常現象が起きてしまったのかと頭の中は様々な理由を導き出そうとしていた。
「ここ何処だ。那覇じゃないよな。隼斗いつ引っ越したんだ」
「おい、先刻一緒に歩いて来たのは何処だって言うんだよ」
「それにしても見たことない建物だな。ここ何処?」
「僕が聞きたいよ、侑哉一体何したんだよ」
「え、それ俺に聞く?」
「取り敢えず部屋の中に戻ろう。その後考える」
「ああ、冷静になろうぜ。お互いに」
再び見知らぬ部屋の中に戻って僕らは暫く無言のまま辺りを見渡していた。
僕は自分の部屋の間取りを脳裏に浮かべて、この異質な部屋の空間と家具の配置を照らし合わせては何かしらの共通点を見つけ出そうとしていた。
初めは幻覚だと思い天井の高さや壁の位置を手探りで確かめては見えない現実の僕の部屋の壁に突き当たるのではないかと考えていた。
しかし、その期待は外れて小さな僕の靴箱みたいな部屋からは想像も出来ない程この部屋は途方もなく広かった。
現実に其処に在るならとっくに顔面をぶつけている筈の廊下の壁を突き抜けて僕は部屋の一番奥まで歩き進んでいる。
これが幻覚ならこんな先に歩ける場合などなかったし僕の部屋なら玄関から5歩そして右に折れて突き当たりの窓の辺りまで真っ直ぐ大股で歩いても10歩で足りる。
だが僕は既に窓の外も通り越したかの様な25歩は先を来た。
これが僕の部屋なら僕はとっくに部屋の外で地上まで5mの落下をこの身に感じてもいい筈だ。窓の外は小高い崖でその下には河川が流れている筈、だが何も起こらない。映画の銀幕の中にしか見たことない古美術品の様な家具と色も差がない濃い褐色の壁はやたらセンスが良くて僕には不慣れな所為か余計に居心地悪くなる。
書斎なのか壁一面に外国語の書物ばかりぎっしりと整列している。床にとても重そうな机上には四つん這いになった悪魔の彫刻がこっちを向いていた。
「ここはいったい何処なんだ」僕はもう一度自分に問うてみた。
心を鎮めてよく考えた。しかし瞳に映る風景が現実なのか今迄一度も疑った事がなかったが混乱は増す一方だ。
僕たちは何が現実か把握する術は何も持っていない。
いや有る「鍵だ」侑哉が僕の思考を追随するように応えた。
鍵は確かに僕の所有物で僕はそれを侑哉に渡し彼がそれを確かに鍵穴に差し込んでロックは外れ、いまこの幻視の様な部屋にいる。
だから唯一現実回帰の望みがあるなら鍵と鍵穴だ。僕はもう一度それを確かめる為に侑哉から鍵を奪い取って再び外へ出た。
「もう一度鍵を開けたら元の部屋に戻る」独り言で呟いたのに
「ああ、そうだな。やってみよう」いつの間にか侑哉は僕の後ろに立っていた。
僕たちは初めて見る風景を楽しむ余裕などなかった。これが旅行なら思いも違っただろうが、その時の僕らの心境は一刻も速く其処から逃れたい一心だった。
見たこともないその部屋の古風で重厚な雰囲気とそこら中に漂う不安感の様な空気圧に押しつ潰されそうになっていたからだ。
僕たちはまたドアの外に立ち、そして今度は僕が鍵穴に鍵を差し込んで鍵をかけ再度施錠を解除しドアを開け侑哉に急かされ覗き見る暇もなく中へ一歩踏み入る。
「あ、戻った」僕の安っぽい部屋だ。先刻の部屋を見た後の感想だが。
「本当だ。時化た隼斗ん家の中だ」一言多い。侑哉に言われるとやけに腹立たしい。
「さっきのは一体何だったんだろう。僕の幻覚か?」
「ふたりして同じ夢でも見たって言うのかよ」そういう現象もあるのかと真に受けネットで検索しようと思った。
バトラーを操作しようとして、顔に手を持って行くが「えっと、あ、え?」顔にあるはずの眼鏡がない。
ふと後ろの侑哉の顔を見て驚いた。
「あ、僕の眼鏡なんで侑哉がしてんの、え、ええっ?」
「えっ?」同時に隼斗も振り向いた僕の顔を見て驚いた声を漏らした・・・て、いや違う隼斗は僕だ。
何で僕が僕の目の前にいるのだ。一瞬鏡に映っているのかと錯覚したが違う。
「おまえ誰」
「おまえこそ誰」
「もしかして侑哉?」
「もしかして隼斗か?」彼が見たのは自分自身の顔だった。僕も同じく自分の顔を目の前に立ち尽くしていた。
これが幻覚でなかったら、僕は侑哉の身体にいて侑哉が僕の身体の中にいて僕たちは中身が入れ替わったと言うことか・・・。
「なんで俺がおまえなんだよ」
「それはこっちが訊きたい」
先刻の部屋といい、いまの非現実的な出来事といい、僕たちは同時に同じ幻覚を見ているのだ。いや、これは現実なんかじゃない。僕は何度も事実確認をしようとした。玄関横の壁に貼りついた大きな鏡の向こうの侑哉を視て長い肢体を上に下に動かしては隣に木偶の坊のように突っ立っている隼斗を視て何度も交互に確かめた。
僕、隣の隼斗、動かない、鏡、侑哉はこっち、動く、手を動かしている、脚を動かしている、それは、
「やっぱり僕か?」まだ納得がいかない。
侑哉は直ぐに怒った様な口調で「それはおまえじゃない僕の身体だっ」声が上擦っていた。
「あ、うん。僕じゃないけど動いてるのは僕って意味で、その・・・」
もう自分で説明つかない事態に突入しているのだ。僕たちの非現実な出来事は時間の経過と共に刻々と現実味を増して実感に変わった。
「これはどういうことだ」
「考えろ」
「言われなくとも」因果関係を整理する外ない。なにをどうしてこうなったのか。
入れ替わる相手が女性の身体なら少しは面白かったかもしれないが入れ替わった相手は同性の侑哉だ。何の得もなく思えて僕はどうやって元に戻れるか必死に思案を繰り返した。それは侑哉も同じだった。
「なあ、先刻は最初に俺が鍵を開けて違う部屋に行って、隼斗が鍵を開けたらここに戻って入れ替わったんだから、また外へ出て隼斗の身体になった俺が鍵を開けたら、なにもかも元に戻るんじゃないのか?」
「うん、まあ良く解らないが兎に角思いついたことは全部やってみよう。なにもかも元に戻るまで」追い詰められると僕は冷静に物事を考えない、手っ取り早い方法に直ぐに飛びつく。
「よし、じゃあもう一度外へ出て最初からやり直しだ」
今度は僕の身体をした侑哉が鍵を開けて部屋の中へ入った。僕たちは直ぐに互いの顔を視て確認した。
「何だよ、元に戻ってないじゃないか」
「いや、侑哉、ここよく見ろ」
「あ、先刻の部屋だ。え、でも何で?」
「やはり侑哉が鍵を開けたからじゃないのかな。だってほら最初に鍵を開けた時も君でこの部屋に来た。だからこうなった」
「じゃあ、また外へ出て今度は隼斗が鍵を開けたら俺たちはまた入れ替わって元通りになるんだな」
「う、ん。多分」確証はないが他に術はない。
「よし、やって」
「ああ、じゃあ鍵をよこせ」
侑哉の手から鍵を受け取ろうとした瞬間だった。
突然勢いよくドアが開き大きな薄茶色の紙袋を両手で抱えた女が飛び込んで来て正面衝突して僕らの手から鍵を振り落としてしまった。
その勢いで鍵は家具の下に投げ飛ばされ丁度床板と壁が接する隙間に落ちてしまった。
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