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愛用のナマケモノマグに注がれた、ミルクたっぷりの熱々カフェオレがその横に添えられる。
 宗親さんは先にご飯を済まされたのか、いつか私も使ったことのある、例のスタイリッシュな透明コーヒーカップにブラックコーヒーを注いで、キッチン越しに私を真っ直ぐ見つめてきて。
 
 「春凪の大好きなチーズも入れましたし、きっと美味しく食べられると思いますよ」
 言われて、私は宗親さんが敢えてチーズを使った朝食で、私を甘やかして下さったんだと悟った。
 「あ、有難うございます」
 何だかすごく大切にされているみたいで、照れ臭さに宗親さんの顔が見られなくなった私は、プレートの上にばかり目線を彷徨わせてしまう。
 ソワソワしながら「いただきます」をして、マフィンの端っこをチミッと齧る。
 途端チーズの風味が鼻の奥に抜けて、思わず笑みがこぼれた。
 「美味しいです」
 言いながらマグカップを手にとって、中身をひとくち口に含んだ。
 とろりと甘くて、ほんちょっとだけコーヒーフレーバーのする温かな液体が、ふわりと鼻腔をくすぐって喉を滑り落ちていく。
 「あ、これ……」
 「気づきましたか? 生クリーム入りです」
 私の反応に満足そうに微笑むと、宗親さんが「春凪の好きなRed Roofのカフェラテに少し寄せてみました」とおっしゃって。
 
 宗親さんが淹れて下さった特性のカフェオレは、砂糖こそ入っていないけれど、濃厚な生クリーム仕立てだからか、ほんのり甘いの。
 ホワホワとしたお味が、のほほんとしたナマケモノマグカップに入れるのに、ぴったりな飲み物に思えた。
 
 対する宗親さんは、スタイリッシュな透明カップにブラックコーヒー。
 ゴツゴツと骨張っていて男らしい印象なのに、同時に繊細にも見える宗親さんの美しくて長い手指が、持ち手まで透明なカップに伸びる様はどこか凛としていてとても様になっていて。
 「宗親さんにはやっぱりそのカップとブラックコーヒーが似合いますね」
 思ったままをほぅっと吐息混じりに言ったら、「ですが僕は春凪とお揃いのカップを使いたいなと思っています」とかどういう意味ですか?
 
 ***
 
 「えっ、ちょっと宗親さん、それ、本気でおっしゃられてます?」
 宗親さんには、今使っていらっしゃるカップの方が絶対に似合っていると思うのに。
 私が使っているのとお揃いのナマケモノマグが欲しいと言い出した宗親さんに、私は最初揶揄われているに違いないと警戒したの。
 だけど、宗親さんは至極真面目な顔をして、「その方が全く別々のものを使っているより夫婦らしく見えていいかなって思ったんです。春凪もそう思いませんか?」と聞いていらして。
 「夫婦茶碗みたいなものです」と言われてしまったら、〝偽装結婚だからこそ〟の、宗親さんお得意の「形から入る」を体現するために必要のかな?と思い直した。
 
 そういうことなら、と宗親さんを送り出した後、少し身体を休めてからスマートフォン片手に色々探してみたのだけれど。
 
 「う〜。さすがに同じものはないですよぉー、宗親さぁ〜ん」
 長年愛用しているだけあって、もうどこを探しても私のと同じものは見つけられなかった。
 それでも宗親さんの求めに応じてインターネット上、「ナマケモノ」「マグカップ」の検索ワードを入れてヒットしたいくつかの中から「これなら」と思えたものを数種類、ピックアップしてお気に入り商品に登録しておいた。
 (宗親さんが帰ってきたら選んでもらおう)
 そう思って。
 
 ***
 
 夕方。
 「ただいま」
 そんな、よく通る低音イケボとともに宗親さんが戻っていらした。
 それを察知した途端、私は無意識で子犬みたいに玄関先までスリッパの音をパタパタと響かせながら彼を迎えに走り出てしまって、内心(しまった! やっちゃった!)って思ったの。
 だってそれ、〝本当の〟新婚さんみたいで痛いなってずっと我慢していたことだったんだもん。
 今日一日宗親さんと離れて、ひとりだけで有給を堪能させてもらった弊害が、こんなところで発露してしまった。
 私の馬鹿っ!
 
 心の中で冷や汗ダラダラの私を、宗親さんは一瞬物凄く驚いた顔で見つめていらした。
 そりゃそうですよね。こんなのされたら引きますよね、ごめんなさい。
 そう思ったと同時――。
 ギュッと宗親さんの腕の中に抱きしめられて、私は何が起こったのか分からなくて目を白黒させてしまう。
 「あ、あ、あのっ、宗親……さんっ?」
 訳が分からないままに宗親さんの名前を呼んだら「ただいま、春凪。いい子にしていましたか?」ってすっごくすっごく甘い声。
 でも内容はまるで〝お父さん〟みたいだなって思って。
 きっと宗親さんのなかで私のこの奇怪な行動は〝可愛いペット〟のじゃれ付きだと処理されてしまったに違いないと確信した。
 何となく悲しいけど、引かれるよりはマシだよね?
 
 宗親さんが腕を少し緩めてくれたから、ちょっとだけ距離をあけて。
 間近で宗親さんのお顔を見上げたら、私の顔を覗き込むみたいにして、ニコッと極上の笑顔を向けられた。
 ほぼ徹夜状態で一日お仕事をなさっていらしたと言うのに、全然疲れた様子を感じさせないの。
 しかも――。
 (こっ、この笑顔は腹黒くないやつっ)
 そのパンチ力に心臓が高鳴って、それを後押しするように宗親さんの身にまとう香りがふわりと鼻腔をくすぐったから堪らない。
 私の中で、ドキドキが加速して大パニックを起こしています!
 朝と違ってマリン系のコロンよりもご本人の匂い――もしやフェロモンですかっ?――が色濃く感じられた気がして、私、ソワソワと落ち着かないの。
 身体全体がカーッと熱くなるのを感じながら何とか言葉をつむぐ。
 「あ、あのっ、朝頼まれた件、私なりに頑張ってみたんですけど……チェックして頂けますか?」
 ちょっと春凪!
会社じゃないんだからもう少し可愛く言えないの!
 そんなことを思いつつ――。