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本を読み聞かせてもらっているうちに、いつの間にか微睡んでしまっていたらしかった……。
目蓋を開くと、膝の上で私の腰を抱いたまま、彼が肩に顔をもたせかけるようにして眠っていた。
そっと抱える手をほどいて、膝から降りると、消えかかっていた暖炉に新たに薪をくべて、火かき棒で燃え殼を掻き出した。
ソファーに戻り、彼に自分のカーディガンを着せ掛けて、滑らかな髪を撫でた。
「……素敵な人」
こんなにも美形な男の人は見たことがないと思う──睫毛の長い切れ長の瞳に、薄く引き結ばれた唇が、シャープな顔の輪郭に映えて、たとえようもなく美しかった。
「ん…」
薄紅い唇から微かに喘ぐ声がこぼれて、
「……一臣さん」
さっき自分の名前を呼ばれたこともあって、ふと名前で呼んで唇を寄せると、彼がパッと目を見開いた。
「うん…?」
と、訝しそうに私の顔を見つめた彼が、
「……今、名前で呼びませんでしたか?」
そう問いかけてきた。
聞こえていたのかと思うと急に恥ずかしくなって、口をつぐむと、
「……もう一度、呼んでくれませんか? 智香…」
低く囁きかけられ、伸ばした腕で胸に抱き込まれた。
「……。……一臣さん」
照れてしまいそうで小さな声で呼ぶと、
「……女性から、名前で呼ばれるのは初めてですね…」
彼がふっと微笑んで口にした。
「初めて…なんですか?」
お付き合いは多かったようなのに、名前で呼ばれたことはなかったんだろうかと感じる。
「ええ、”先生“としか呼ばれたことがなくて」
「そうだったんですね…」頷いて、確かに名前で呼ぶよりも、先生の方が呼びやすいのかもと納得をしかけた。
「きっと、今まで付き合った女性たちにとっては、私は先生でしかなかったんでしょうね…」
だけどそんな風に物憂げに話す彼に、
「私も、すぐには名前で呼べないかもしれないけれど、だんだんに慣れていくようにしますから……一臣さんって、呼ぶのに……」
これからはもっと心を許せる間柄になっていけるよう、名前の方で呼んでいくこともできたらと思った。
「ありがとう。名前で呼ばれることが、こんなにも嬉しいなんて……思いもしませんでした」
彼は優しげに目を細めると、さらにぎゅっと胸に私を抱き寄せた。