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ねぇ、不死鳥。



ひとつだけ──


あなたに感謝していることがあるんですよ。



信じられませんか?


僕も、信じたくはないんです。



でも⋯⋯


それでも、たったひとつだけ


確かに〝ありがとう〟と

心から思えることがある。



それはですね──


あなたが、あのとき

潔く〝正しい神〟を演じなかったこと。



転生者たちに討たれ、儀式を受け入れ

五百年ごとの輪廻の中に身を委ねていれば

きっと世界は救われたでしょう。


魔女狩りなんて起きず

血も涙も流されず

誰も──絶望する必要はなかった。



アリアさんも⋯⋯


傷つくことなく

きっと、あの頃定められていた誰かと

形式だけの番を結び

不死鳥の力を継ぐために子を成して

淡く、静かに、人として老いていく──


そんな道を辿ったことでしょう。



幸福とは言えない。


けれど、平穏な未来。


愛も知らず、哀しみも知らず。



ただ〝神の器〟として

〝正しく〟生きて、死ぬ。



⋯⋯でも


それじゃあ、僕は彼女に出会えなかった。



妹を失って

自分の世界を捨てて

青龍とともに命を削って世界を越えた

あの僕は──


どんな形であれ

必ずこの世界に辿り着いていた。



けれど、もしも

〝正しい世界〟が実現していたのなら⋯⋯


その時、アリアさんはもう

この世界にはいないんですよ。



それを想像するだけで⋯⋯胸が抉られる。


僕の中の全てが凍って、壊れていく。



彼女が、僕のいない世界で

〝幸せ〟だったかもしれない──



その可能性が、何よりも恐ろしい。


そう──〝死〟より恐ろしい。



〝彼女が生きる世界に、僕がいない〟


という悪夢。



それを想う度に、僕の中に⋯⋯

燃えるような痛みが広がるんです。



呼吸さえできなくなる。


吐き気がして、立っていられない。


まるで、存在そのものを否定されるように。



だからね、不死鳥。


皮肉な話ですよ。



あなたが〝絶望〟を世界に撒き散らし

すべてを壊してくれたおかげで


アリアさんは

〝神〟という名の檻から堕ちてきた。



彼女は


絶望を知り

孤独を知り

傷を抱え


祈るように、ただ在り続けるしかなかった。



けれど、その惨劇の中で──


その崩れ落ちる世界の中で

僕は、彼女に出会えたんです。



あの、凍った瞳。


壊れかけた魂。


無数の死を越えてなお、生き残ってしまった

残酷なほどに美しいその人に。



それは、あなたの罪が与えた奇跡だ。



だから、不死鳥。


あなたの役目は、もう終わった。



世界を壊し

希望を焼き

命を呪い

絶望の海に全てを沈めた。



──それで、十分じゃないですか。



あなたのおかげで

彼女はようやく〝愛されるべき女〟になった


〝崇められる神〟ではなく


〝ただ一人の女性〟として



だから。



ここから先は、舞台から降りてください。


もう、彼女を苦しめる必要なんてない。


痛みに縋らせる必要もない。


悲しみに縛る理由も、もうどこにもない。



これからの彼女は

望んだものだけに囲まれて生きていけばいい



それ以外は、全部──僕が受け取る。



彼女の怒りも、哀しみも

苦しみも、孤独も、絶望も


すべて、僕が抱えて、生きていく。



いいでしょう?



この世界に〝絶望〟が必要だったのは──


ただ、彼女と僕が巡り逢うためだけだった。



だから、もういいんです。


終わりにしましょう。



彼女を縛るのは、ここまでだ。



僕は、二度と──


あなたの絶望に

彼女を差し出してやるつもりはありません。



彼女が涙を流すなら

幸福の中だけでいい。


その叫びが響くなら

愛の中だけでいい。



次に彼女を泣かせるのが──


あなたであろうと

世界であろうと

神であろうと。



⋯⋯その時は



〝僕〟という絶望が──


あなたを、呑み込む番ですから。

紅蓮の嚮後 〜桜の鎮魂歌〜

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