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『先生ッ!!』
僕はお店に入っていった先生を追いかけて、声を荒げた。店内に珍しくお客は誰もいなかった。だから余計に暴挙に出てしまった。
『あれ、睦月君どうしたの? そんな怖い顔をして』
『先生、僕と結婚して!!』
図工の時間に折り紙で作った花を差し出し、小学3年生だった僕は勢いで16歳になったばかりの佑里香先生にプロポーズをやらかした。
『ふふっ、突然なに?』
『いいからッ! 僕と結婚して!!』
引くに引けなくて、先生に折り紙の花を押し付けた。頭の中パニックで、もう無茶苦茶だ。
『これ、どうしたの?』
『学校で作ったんだ。先生にプレゼントしようと思って……』
『そうなんだ。ありがとう。大事にするね』
微笑んでくれたので、その後の返事を聞こうと思ったら、折り紙(おみせ)に電話がかかってきた。先生が電話に出て対応している。急な出前が入ってしまったようで、慌てて学校の荷物を置きに2階に行ってしまった。着替えてエプロンを着けて戻ってきたら、さっきの話はもう忘れ去られていた。
結局、そのままお店も忙しくなってしまって、プロポーズの返事はもらえなかった。
マセガキがなにか言ってるとしか思っていないのだろうか、そもそも相手にされていないのか……。
こうして僕が小学3年生の時に勢いでやらかしたプロポーズは、彼女の中で”なかったこと”になってしまったのだ。
現実問題、年の差を埋めることはできずに日々が過ぎていった。
佑里香先生は折り紙(おみせ)を手伝っていたものだから、同級生と付き合ったりスポーツや遊びに明け暮れることもなく、部活も入らず、彼女のお父さんとお店の切り盛りを頑張っていた。
僕はそんな彼女の傍に居座り続け、やがて小学6年生になっていた。
5年生の頃くらいから、僕は折り紙が忙しい時は皿洗いを手伝ったり、出前の食器を取りに行く程度の手伝いをしていた。このころには料理以外の家事もこなせるようになっていたし、お店が忙しい時は僕も手伝いを買って出たりして、できる限り彼ら親子に貢献できるように頑張った。
そんな風に店に出るようになったものだから、常連客とも仲良くなった。
今日は近くの建設現場に出前の食器を取りに行った。僕のプロポーズを邪魔した建設会社だ。まあそれは仕方ないし、彼らが悪いわけではない。勢いで言ってしまったタイミングを計れなかったこっちが悪いと反省している。
作業員の2人がちょうど休憩中だった。プレハブの事務所でスマートフォンを睨みつけて浮かない顔をしている茶髪のおじさんと、対照的な顔をした頭の禿げあがったなじみの客が喋っているのを耳にした。
『クソっ、めちゃくちゃ下がった!』こっちは茶髪のおじさんだ。
『やりぃ~たった1日で20万儲けだ!』そしてこっちは頭が禿げているおじさんの方。
20万円!?
そんなに儲かることがあるの!?
『おたくはいいよな。俺なんかマイナス10万だぜ』
『賭けた銘柄が悪い』
『そんなわけないんだけどな』
彼らはそれからも、スマートフォンを見ながらああでもない、こうでもない、とどこかの会社についての持論を展開していた。
『おじさん、なんの話してるの? 儲かったってホント?』
今思えばこの時、彼らが株のことを教えてくれたから、僕はトレーダーになれたのだ。
『坊主も興味あるか?』
ヤニ臭い作業着を着た建設会社のおじさんの一人が、持っていたスマートフォンの画面を僕の方に向けてきた。『これはな、株ってやつだ。会社の株を買って儲ける。そういうやつ。俺はタヨタの株を買っているから大儲けしたんだ。20万儲かった』
『へえ……そんなに!』
20万円なんて大金、株で稼げるものなんだ……!
『でもコイツは、カンダの株を持っているもんだから、暴落して大損だ』
親指で対面に座っていた茶髪の彼を指し、禿げのおじさんは黄色い歯を見せてせせら笑った。『センスないからな~』
『うるせえ。おたくだってこの前まで負けっぱなしだっただろ! たまたまいいエンジンの搭載した車を売り出すって発表があったから、急騰しただけだ! カンダだっていい株なんだから、持ってりゃ上がるっての』
株か……。そんなに儲かるものなんだ。
でも、損をしてしまうこともあるんだな。よく覚えておこう。
株のことをもっと知りたくて、先生の家に向かった。
僕の家にパソコンなんて気の利いたものはないので、先生の家の2階にお邪魔して、パソコンを借りた。佑里香先生の2階は居住スペースになっていて、親子2人で暮らしている。父子家庭だからやや手狭ではあるが、十分暮らしていけるものだ。僕はぼろいアパートに実質一人暮らしだし、電気も点けられないしお風呂も入れないから、先生の家にお邪魔しながら、行ったり来たりして生活していた。
早速『株』について調べてみた。
しっかりこれで儲けることができれば、お金持ちになれる。僕は貧乏だから、求婚しても見向きされないだろう。でも、頑張って稼げば先生にプロポーズしても断られないかもしれない!
お金があれば折り紙で作った偽物の花じゃなくて、生花(ほんもの)の花束を好きなだけ買えるんだ。
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