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バタン
扉が閉まり、ついに僕は一人になった。
静寂。耳鳴りがするほど深い、死のような静けさだ。
表示パネルが点滅する。
【 残り 1人 】
「……はは、一人か」
乾いた笑いが漏れた。
足元に転がっているのは、鈴木の靴と
高橋の社員証のストラップ。
そして、つい先ほどまでそこにいた伊藤の激しい呼吸の残滓だけだ。
みんな、消えた。
あんな凄惨な告白を残して。
『……佐藤、健。』
スピーカーが、僕の名前を呼んだ。
今までの機械的な声とは違う。
どこか、知っている誰かの声が混ざっているような、湿り気を帯びた呼び声。
「……僕には、ない。あんな風に誰かを傷つけたことなんて、一度もないんだ!」
僕は叫んだ。
壁を叩き、天井を仰ぐ。
「高橋さんみたいに金も盗んでないし、鈴木さんみたいに毒も盛ってない! 伊藤さんみたいに人を陥れてもいない! 僕は、ただ真面目に働いてきただけだ!」
扉が、音もなく開く。
目の前に広がっていたのは、廃病院の廊下ではなかった。
そこは、「僕たちのオフィス」だった。
ただし、床には血がこびりつき、デスクの上には腐り果てた書類が山積みになっている。
そして、すべてのパソコンの画面には、同じ一文が羅列されていた。
『お前は、知っていたはずだ。』
「何を……? 何をだよ!」
僕は半狂乱で外へ飛び出した。
エレベーターの中よりも、この歪んだオフィスの方がマシだと思ったからだ。
だが、僕が踏み出した瞬間
背後で扉が閉まる音がしなかった。
振り返ると、エレベーターの箱そのものが、ドロドロと溶け始めていた。
鉄の壁が液体のように崩れ、中から無数の「手」が伸びてくる。
『──お前は、見ていただけ。』
『──お前は、笑っていただけ。』
『──お前は、助けなかっただけ。』
声が重なり合う。
その中の一つに、聞き覚えのある「若い男の声」が混ざっていた。
3年前、過労で自ら命を絶った、僕の部下の声だ。
「……あ」
心臓が、嫌な音を立てて跳ねた。
忘れていたんじゃない。
脳の奥底に、鉄の蓋をして閉じ込めていた記憶。
その蓋が、今、ゆっくりと持ち上がっていく。
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