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「え? どの一部始終ですか?」と真衣香も八木に続いて席に着いて聞いてみる。
「俺がお前を担いで運んだ、その後坪井が血相変えて飛んできた、応接室でのやり取りを見てた奴がいた。 ネタの宝庫だろ、どれ見てそうなったかは知らんが」
「そ、それは……」
(そりゃ、あれだけ派手に倒れて八木さんに迷惑掛けて……あげく坪井くんまで登場してたら)
もともと坪井とのことは噂になっていたのだ。 それが、どう変化していくかなんてよく考えれば想像もできただろうに。
「や、八木さん……、すみません。 月曜日にあんな迷惑をかけた上に……こんな」
「いや、お前の話だと俺や坪井は無傷だろ」
そう言うと、少し考え込むように黙り込んで、ゆっくりと再び口を開く。
「悪かったな、あん時は俺もムキになってたとこあるわ。 余計嫌な思いさせたか」
まるで自分に非があるかのように八木が言うから、真衣香は大きな声で反論した。
「そ、そんなことあるわけないです! 八木さんのおかげで、やっと……失恋したんだって受け止められてきたのに」
そんな真衣香を見て、八木はホッとしたように笑みを作った。
その笑顔は熱にうなされる夢の中で見た、優しい笑顔と重なった。
「まあ、それならいいんだけどな」
八木が真衣香の頭をわしゃわしゃと撫でて「……に、しても色々ややこしいもんだなぁ」と、天を仰いだ。
それから、じっとこちらを見つめて真衣香に問いかける。
「どうすんのが、お前は一番気が楽だ?」
「どうするって……」
答えに詰まると、唐突に八木が真衣香の手を取った。
思わず、誰かに見られていたらどうしよう、と。ハラハラと周辺を見渡したのだが。
「人事部か? もう誰も残ってなかったぞ」
焦る真衣香の気持ちなど、お見通しだと言わんばかりに八木は言う。
「は、はい。 あの、この、手は、一体」
泳いでいる真衣香の視線を、八木がつぶさに追って来るので、よくわからないが恥ずかしくなって目を瞑った。
しかし。
「つきあっとくか、俺と」
「…………はい?」
あまりにも唐突な提案に、すぐに目を開ける羽目になってしまった。
「な、なに、何言ってるんですか!?」
今度は真衣香が、パチパチと何度も瞬きを繰り返しながら大きな声を張り上げた。
「あ、待て待て。 からかってんじゃねーぞ、当面俺の女だってことにしとけば、坪井との方が間違いだったってなるだろ」
「な、なりますか?」
「単純だからな、噂なんて」
やけに軽く言うので、真衣香は気になって仕方のないことを聞いてみた。
「八木さん。 助けてもらっておいて意見するのはよくないと思うんですが……」
「なんだよ?」と聞き返すけれど、八木は、まだ真衣香の手首を掴んだまま離そうとはしない。
「私を抱きかかえて助けてくれたり、つ、つきあってるフリをするだとか……八木さん確か恋人いらっしゃいましたよね」
人伝に、それこそ噂程度に耳にしただけの情報だけれど。
真衣香が総務に配属されてから、何度か八木の恋人の存在については耳にしてきた。
一応は『八木』の名を持ってYフーズセレクトに在籍しているのだから、彼とつきあえれば社内での生活や待遇は安泰するだろう、なんて。
そんなふうに話す声を、更衣室やトイレで何度も聞いた。