部屋の外で待っていたラズールと共に、リアムに案内されて違う部屋に来た。先ほどの部屋からは、そんなに離れていない。
ちなみに先ほどの部屋は、ラシェットさんの執務室で、その隣にラシェットさんの寝室があるらしい。
案内されたここは、王城にいた時と同じくらいの広さがある。部屋の真ん中に大きなソファーと机、壁には大きな棚が二つ。そして窓辺にとても大きなベッドが置かれている。
僕が部屋の中央に立って、ぐるりと首をめぐらせていると、「倒れるぞ」と笑ってリアムが僕の肩を抱き寄せた。
「素敵な部屋だね。ここはリアムの部屋?」
「そう。何も手を入れてないから、フィーが好きなように変えたらいい。でもベッドだけ、数ヶ月前に入れ替えてもらった」
「いいの?ありがとう。ベッド…とても大きいね」
「フィーと一緒に寝るためだからな。伯父上にフィーのことを話した時から、この部屋は二人で使うと決めていたんだ」
「そうなんだ、嬉しい…」
「ん。ラズール、おまえはしばらく客間で過ごせ。後で案内する」
「…恐れ入ります」
扉の前に立つラズールが、無表情で小さく頭を下げ、僕に顔を向ける。
「フィル様、少しお傍を離れても大丈夫でしょうか?」
「うん、大丈夫だよ。どうしたの?」
「ラシェット様に、礼拝堂に来るよう言われましたので。準備を手伝ってほしいと頼まれました」
「そっか。行ってくれるの?」
「はい」
「よろしく頼むね」
「かしこまりました」
ラズールが心配そうに僕を見た。
痣に痛みが出てきてないか、気にしてくれてるのだ。
僕は大丈夫だと目で合図をする。
それでもまだ不安げな様子のまま、ラズールが部屋を後にした。
「フィー、こっちにおいで」
「うん…」
扉が閉まると、リアムが僕の肩を抱いたまま、ベッドに向かう。
リアムにベッドの端に座るように言われて座ると、ブーツを脱がされた。
リアムもブーツを脱ぎ、僕の肩を押して共に寝転がる。
「わあっ」
「フィー、夕餉までこうして休んでいよう。話をして、眠くなったら寝ようか」
「ん…。でも、ラシェットさんやラズールが僕達のために準備してくれてるのに、悪くないかな…」
「悪くない。伯父上は楽しそうだったしな。ラズールは知らんが」
「ラズールは、僕のためなら何でも進んでしてくれるから」
「では任せておこう。俺達が手伝いに行く訳にもいかないだろ?明日を最高の日にするために、疲れを取った方がいい」
「うん…」
「ところでフィー。身体の痣のことで、俺に隠してることがあるんじゃないのか?」
「…え?なんの…こと」
「正直にすべて話してほしい。俺に心配かけさせたくないとかは無しだぞ」
リアムが僕の額に額をつけて、見つめてくる。
僕はしばらく黙って紫の瞳を見ていたけど、小さく息を吐き出すと、口を開いた。
「あの…赤い痣が背中にも広がったら死ぬかもしれないって…話はしたよね?」
「ああ、聞いた」
「実は…赤い痣が出てき始めた頃から、身体が痛い」
「…どんなふうに?」
「黒い蔦から無数のトゲが生えて、それで全身を刺されるような痛み…」
「ずっとか?」
「ううん、波がある。でも痛みの間隔が、だんだんと狭くなってきてる」
「どれくらいの間隔だ?」
「一刻はもたないかも…。今はラズールがね、頻繁に痛みを和らげる治癒魔法をかけてくれているの」
「ああそれで。おまえ達二人が、何かコソコソ話してるなぁと思っていたんだ」
「気づいてたの?黙っててごめんね…」
「いいさ。俺に心配かけさせまいと思ったんだろ?」
「うん…」
リアムが大きな手で僕の背中を何度もさする。そして僕の頬にキスをして、「フィー」と優しく呼んだ。
「なに?」
「次からは俺も治癒魔法をかけよう。ラズール一人では負担が大きいだろう」
「いいの?ありがとう。僕が自分でかけられればいいのだけど、治癒魔法…苦手なんだ」
「自分の身体を治癒するのに自分でかけていたら、とんでもなく体力を消耗するじゃないか。おまえはもう、無理はしないでくれ。俺が守るから…甘えて頼ってくれ」
「リアム…。じゃあ後で治癒魔法をかけてくれる?ラシェットさんに会う前にラズールがかけてくれたんだけど…夕餉まではもたない」
「その痛みを完治させることはできないのか?」
「痣が消えない限りは無理だと思う。だからね、僕にはもう…時間がないんだよ」
リアムが、今にも泣き出しそうな顔になる。息が苦しくなるくらい、僕を強く抱きしめて、掠れた声で何かを言ってる。
聞き取りづらい言葉の意味を理解して、僕は胸が潰れそうになった。
「いやだ…そんなこと言うな…俺を置いて行くなよ…おまえがいないと、俺は生きていけない」
そう何度も繰り返している。まるで呪文のように。
僕は逆の立場を考えた。リアムがこの世からいなくなる想像をした。それはとても耐えがたいことだ。きっとすぐにリアムの後を追い、僕は自ら命を絶つ。リアムがいない世界で、僕も生きていけない。
だけどねリアム、僕はあなたには生きていてほしい。僕がリアムの立場だったらできないことを、リアムにしてほしいと望むなんてひどいと思うけど、生き続けてほしいんだ。
ラズールだってそうだ。生まれた時から傍にいる僕がいなくなることは耐えられないに違いない。だけど国のために生きて働いてほしい。
僕ってひどい人間だなぁ…なんて思ったら、ふいに笑いが込み上げてきた。
だけど僕の肩に顔を埋めて嗚咽を漏らすリアムに、笑ってるなんてバレたら軽蔑されてしまうかも。
だから僕は、リアムの金髪を抱きしめて、形の良い耳に唇を寄せると「大丈夫だよ」と囁いた。
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