リアムが鼻をすすりながら顔を上げる。
目と鼻が赤くなって、端正な顔が台無しだ。
僕は、リアムの濡れた頬を手のひらで拭う。
「泣きすぎだよ。明日、目を腫らして式に出ることになっちゃう」
「おまえだって…そうじゃないか」
「え?」
リアムに鼻声で指摘されて、ようやく気づく。
そういえば、どうして僕の声は震えてるの?笑うのをこらえていたから?
そう思ったけど違った。僕も泣いていた。
リアムが大きな手で僕の頬を包み、キスをする。開いた口から入ってきた舌が、少ししょっぱい。ジュっと僕の舌を吸って離れたリアムが、まだ鼻声のままで僕に言う。
「フィー、俺の前では我慢しなくていい。本心を言ってくれ。覚悟ができてるなんて、悲しいことは言わないでくれよ…」
リアムの手は、まだ僕の頬を包んだままだ。
僕はその手の上に手を重ねて、リアムを見つめる。
覚悟ができてるのは本当。幼い頃は、辛い気持ちをラズールに吐き出していた。あの頃のように、心の内をリアムに話してもいいの?
優しい言葉をかけられると、強くあらねばと思っていた気持ちが、緩んでしまう。僕は次から次へと涙を流しながら、声を絞り出して語った。
「こ…怖いよっ…。本当は、死ぬのは怖い…っ。身体もすごく痛いし…。痛くなるたびに気持ちが沈んで、死が近づいてるんだ…って怖くなる…。リアム…助けてよ…。僕を、助けてよっ…ふうっ」
「フィー!」
リアムが僕の全身を包むように抱きしめた。そして僕を仰向けにすると、シャツをはだけて、痣へと順番にキスをする。
僕はリアムの唇が触れるごとにピクピクと腰を跳ねさせ、知らずに甘い声を漏らしていた。
「あ…あっ」
リアムの唇が触れた箇所から、熱を帯びていく。その反面、こんな不吉な痣に触れて、リアムに害はないのだろうかと不安になる。
僕はリアムの頭を押しのけようとした。だけどビクとも動かない。それに耳を澄ませていると、なにかを呟いているようだ。
そうか…もしかして。
「リアム…魔法、かけてる?」
リアムの動きが一瞬止まり、そして再びキスをする。
ラズールのように痣全体を包むように魔法をかけるのではなく、リアムは痣の一つ一つに魔法をかけているんだ。それはとても大変なことだ。体力も魔力もかなり消耗する。その代わり、効果が長く続く。たぶん、まる一日は続くだろう。とてもありがたいし嬉しいけど、リアムの身体に負担がかかりすぎる。
僕は泣きながら「リアム…やめて」と懇願した。
身動きひとつしないで眠るリアムの金髪を撫でて、僕は体力回復の魔法をかけていた。
泣きながら止める僕を無視して、リアムは痣全てに治癒魔法をかけた。かけ終わると同時に眠ってしまい、呼びかけても身体を揺すってもピクリとも動かない。
もうすぐ夕餉に呼ばれるはずだ。この状態のリアムを問い詰められたら、なんと説明すればいいのだろう。魔法が使える者が見れば気づく。かなりの魔法を使ったということが。
「リアム…起きて」
もう何度目かわからない呼びかけをする。すると微かに、リアムが声を出した。
目を覚ますのかと急いで顔を近づける。まぶたが動いて長いまつ毛が震えるけど、口が小さく開くけど、まだ起きない。
「どうしよう…」
僕は困って、とりあえず水を飲ませようとベッドから降りたその時、ラズールが戻ってきた。
扉が叩かれ声が聞こえた瞬間、安堵して涙が出そうになった。
「ラズールっ、入ってきて!」
「失礼します」
少し焦った様子で入ってきたラズールに、僕は抱きついた。
「どうかされましたかっ?」
「助けてっ、リアムを助けて!」
「リアム様?」
ラズールが怖い顔で僕を覗き込む。
僕はラズールの服を掴んで叫ぶ。
僕の言葉を聞いたラズールが、ベッドに近づきリアムを注視した。
「ふむ…魔法の使いすぎですか。しかしそれほど疲れてはないように感じるのですが」
「…痣が痛むことを話してしまったんだ。そうしたら俺が治癒すると言って…痣一つ一つに治癒魔法をかけてた後に眠ってしまって。よほど疲れたのか起きない…」
ラズールがゆっくりと僕に顔を向ける。
「フィル様」と呼ばれて顔を上げると、また怖い顔になっている。
「なに…」
「まさか、リアム様に体力回復の魔法をかけてないですよね?」
「かけたよ。だってこのままリアムが目覚めなかったら嫌だもの」
「バカなことを!あなたは四ヶ月前の大怪我以来、かなりの体力も魔力も落ちてるのですよ?自分のために温存しなければならない魔力を人に使って、しかもかなりの量を使って、大バカだ!」
「バカバカ言わないでよ…僕はおまえの主だよ」
ラズールに掴まれた両肩が痛い。
このまま頭突きでもされるんじゃないかと思うくらいの剣幕でラズールが怒っている。
なんだよ、僕の魔力を僕がどう使おうと自由じゃないか。体力も魔力も減ってることはわかってるけど、何としても助けたい人がいたら使うに決まってるじゃないか。
不満を隠さず口を尖らせてラズールを睨んでいると、視界がグルリと反転した。
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