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身震いする私の前で、茶番はまだまだ続く。
「そもそも貴様は、どうして愛しいローザの隣におるのじゃ?」
「はぁ? どーいうことなの、ハー様。浮気? 浮気なの? 愛しいローザって、元婚約者のことでしょう? 私以外を愛称で呼ぶとか許さないから!」
「貴様の許しなど必要ないわ! そもそも貴様が抗いようもない魅了スキルで我の人生を狂わせたのだという自覚はあるのか?」
「ルーテが可愛いから、ハー様がめろめろになっただけでしょ? ルーテが悪いみたいに言わないで!」
「悪いのは貴様だ! 魅了スキルさえなかったら、我が貴様のような愚物に囚われるものか!」
「ルーテに囚われたのは、ハー様。私は悪くないの!」
堂々巡りを何時まで続けるのだろう。
ゲルトルーテに罪を自覚させるのは無理なのかしら?
宝珠が必死に赤く輝き続けている意味ぐらいは理解してほしい。
自分が嘘を言い続けている事実は最低限認めようよ、いい加減。
「うるさい! うるさい! 貴様は嘘ばかりだ。我を愛しているというのも嘘だろう?」
「私はハー様を愛しているわ! 私の愛を疑うなんて、酷い! ひどいよ、ハー様っ!」
「ほら見るがいい! 貴様の曇りきった目でもわかるだろう? 真実の宝珠が貴様の嘘を見抜いておる。貴様は、我を、愛してはいないのだ!」
「……え?」
断言されてゲルトルーテは宝珠を凝視する。
宝珠は赤く、紅く、朱く、赫く、輝いた。
「私は、ハー様を、愛しているよ?」
宝珠が赤く輝く。
「私は、ハー様を愛しているんだってば!」
宝珠が紅く輝く。
「私は……ハー様を、愛していない?」
宝珠が美しく輝く。
「ハー様以外を、愛してる?」
宝珠が美しく輝く。
「私は、誰を愛しているの?」
宝珠は答えない。
答えようもない。
ただ本人以外は皆理解している。
ゲルトルーテが愛しているのは自分自身、ただ一人なのだと。
「いいか? 貴様は我らを無意識の魅了スキルで、魅了した。それだけでなく、ローザを筆頭に邪魔だと思う者たちを冤罪で貶めたのじゃ!」
「冤罪って、私は、何もしてないんだからっ!」
「貴様自身が直接手を下してはおらぬ。だが、魅了スキルを使って虜にした輩に指示したであろう?」
「指示なんてしてないもん!」
「貴様は魅了スキルに囚われた経験がないから妄言を吐けるのじゃ! 我はこの身をもって悍ましさを理解しておる。貴様の嘆きは全て、命令同様なのじゃ」
へぇ。
そんな自覚症状があるんだ。
面白い。
ん?
魅了から解放されてどうにかこうにか、その結論に達したのかな?
だとしたら、偉大なる王の思い込みかもしれない。
気になったのでヴァレンティーンの様子を窺ってみる。
難しい顔をしていた。
ヴァレンティーンでも判断しかねるのかもしれない。
「嘆きが命令とか嘘でしょう? ハー様、ルーテのことが好き過ぎるからって暴走しすぎ」
宝珠が紅く輝く。
どうやら、嘆きはそのまま命令にもなり得るらしい。
本当に怖いなぁ、魅了スキル。
ハー様が私に意地悪するの。
そういった類いの言葉を囁いたら最後。
魅了された者たちがハーゲンを殺しにかかりかねないのだ。
ローザリンデが死なずにすんだのは、かなり運が良かったのかもしれない。
もしかすると魅了スキルにも効き具合なるものが存在して、より深く魅入られた者が過激な行動を取る……とも考えられそうだ。
奥が深いなぁ、魅了スキル。
こうなったら是非研究していただきたい。
今後のためにも。
「え! 嘘! 本当なの? ルーテの願いがぜーんぶ叶っちゃうのは、魅了スキルのお蔭だったってこと?」
何を思ったのか、今更の質問をするゲルトルーテ。
宝珠は美しく輝いた。
「素敵! やっはりルーテは特別なんだわ! ハー様。早く私を寵妃に戻してください! ルーテのお願いは全部叶うんでしょう?」
「本当に馬鹿だな、貴様は。貴様の魅了スキルは封印されておる。魅了が使えない貴様は特別じゃないし、寵妃に戻れるはずもないし、今後の願いは何一つ叶わない!」
「えぇーひどぉい! じゃ、じゃあ、封印を解いたらいいじゃない! 永久封印とか難しいって、聞いてるもん」
そういう知識はあるらしい。
視界の隅でヴァレンティーンが首を振っているから、彼が教えたのだろう。
きっとゲルトルーテが受け取ったのとは真逆の意味で教えたのだ。
魅了スキルに囚われながらも、彼女の我儘を諫めていた様子が容易く目に浮かぶ。
「本来は難しいものじゃな。じゃが。封印を施した者が天才であれば、別じゃ。貴様に封印を施したのは時空制御師の最愛じゃからなぁ。永久封印など朝飯前のはず」
私が反応するより早く、周囲が反応した。
ブーイングだ。
「この場で最愛様を持ち出すとかあり得ませんわ。そもそもどうして敬称をおつけしませんの?」
「不敬極まりありませんな! 神を貶めるのと同じ所業……よく王を名乗っておられますなぁ」
フラウエンロープ夫妻の声がよく響いた。
ありがとうございます。
私自身は敬称をつけられる存在でもないし、神と比べられる存在でもありませんけどね。
いいえ、違いますよ。
私同様に扱われるべきです。
特に、この世界では。
ああ、そうか。
夫の名前を貶めているのと同義になるのか……それでは、抗議しないと駄目かもしれない。
けれど私は一切反応しない。
どこに視線を定めるでもなく、微笑を浮かべているだけだ。
つまりは、無視。
これが一番有効なのだから。
「時空制御師? 本当にいるの? え、最愛? ルーテじゃなくて?」
宝珠がひときわ激しく赫色を放つ。
「きゃああ、いたぁい!」
しかも痛みまで与えてくれたらしい。
ゲルトルーテのようなお花畑の住人には、肉の痛みの方が案外有効な気もする。
「貴様が、最愛であるはずがなかろう! 不敬も大概にせよ!」
「偉大なる王よ、最愛様に謝罪と贖いを。王たる者、発言には重々注意されませぃ!」
エリスの口から最愛様と呼ばれると照れる。
照れている私を見て、強い怒りを孕んでいたエリスから、すっと力が抜けた。
「う、うむ。最愛様には大変失礼いたしました。深くお詫び申し上げる。贖いは……王都での生活資金を全て王家負担するということで、如何であろうか」
話してはいけないとわかっていても突っ込みたくなった。
酷い。
本当に、酷い。
王たる者、軽々しく頭を下げてはいけないというのは理解している。
だが、この場では私の方が立場が上。
口だけの謝罪はあり得ない。
きちんと頭を下げなければならない。
できれば深く。
続いて、贖い。
これが酷い。
まず、王都限定。
これは王都から出ること許さじ! とも取れる。
王家が最愛の自由を侵すのは禁忌レベルに、駄目なことだと聞いていた。
生活資金全て。
曖昧すぎる。
夫なら、程度と期間を必ず提示するだろう。
民と同程度、王族と同程度では差がありすぎるのだ。
下手したら三桁違ってくる。
期間だって重要だ。
私がこの世界にいる間だけ、王族程度にとなったら、私専用の予算組みが必要になってくるだなんて、私でも考えつくのに。
「偉大なる王は、最愛様への謝罪の仕方を学んでいらっしゃらない? 王への教育はどうなっておるのじゃ? ローザリンデ様はどうお考えであろうか」
「最愛様に関する教育は、身分など関係なく行われるものでございます。私も幼き頃、偉大なる王とともに受けておりますわ」
「ふむ。ローザリンデ様は最愛様と親しくしていらっしゃる。つまりは、最愛様はローザリンデ様の対応を好ましく思っている。教育は、きちんとなされているはず……で、あれば。偉大なる王よ。貴殿のみ、教育を理解できなかったということで、よろしいか?」
「よ!」
よろしいわけがない! と言いたかった口をきつく噤んだのは、王としての矜持。
いっそ踏み出してしまえば、ゲルトルーテと同じ位置まで転がり落ちただろうに。
「……最愛様には不敬を深くお詫び申し上げる。贖いはこの場でなく、後ほど、最愛様の御意見を伺った上でいたしたく思うのだが、受け入れていただけるであろうか?」
偉大なる王は深々と頭を下げてみせた。
贖いに関しても不敬を理解して、改善を申し出てくる。
最初からこの発言なら、少しは見直せたのだけれど、エリスに指摘され、威圧されての返答だ。
私は微笑を深くするだけに止める。
ハーゲンがあからさまに安堵した様子を見たゲルトルーテが、見てはいけない状況を見た目で、ハーゲンを凝視したのに気がついてしまった。
茶番の続投を覚えて憂いを感じてしまった私を、どうか責めないでほしい。
唇を戦慄かせていたゲルトルーテが憎悪の眼差しを私に向ける。
何かを叫んだが、言葉にはならなかった。
宝珠が許さなかったのだろう。
ただ、夫が丁寧に教えてくれた読心術のお蔭で、ゲルトルーテの言葉がわかってしまう。
泥棒猫!
ゲルトルーテは私に向かって、そう言ったのだ。
ゲルトルーテ終了のお知らせです、ありがとうございます。
私は深く溜め息を吐いた。
向こうの世界で同じ言葉を吐いた人間の末路を見ている。
ゲルトルーテの未来は確定した。
くぉん!
よく音速を超えた表現として使われる擬音が、耳に届く。
緊張が緩んだのに気がついたのは、背後にある愛しい温もりが頬を優しく撫でたから。
「たか……!」
ひとさんと続くはずだった言葉は、何時間見ていても飽きない美しい指に触れられて消える。
私を除く周囲の人間全てが跪く、もしくは額ずく様子が視界に映り込んだ。
ちなみにゲルトルーテは宝珠によって額ずかされていた。
彼女の頭の上に宝珠が乗っていたのだ。
手は宝珠に乗せた状態なので、かなりの苦痛を伴う体勢だろう。
床に顔がめり込んでいるかのように強く押しつけられているのだから。
『ローザリンデ・フラウエンロープ』
名を呼ばれたローザリンデは立ち上がりざまに美しいカーテシーをして、この世界へ顕現した夫への敬意を見せた。
実に堂々とした美しい所作だ。
「はい。時空制御師様。私に如何な言葉をお授けくださいましょうか」
『罪人の断罪権限を宝珠とそなたに与える。我が最愛を貶めた者に、相応しい贖いを速やかに与えよ』
「はい。お言葉のままに、罪人に相応しい贖いを手配いたします」
「時空制御師よ! 何故に、ローザに権限をお与えになるのでございましょう! どうして、我にっ!」
ハーゲンががばっと頭を上げて、許可もなく妄言を撒き散らす。
主張をする時間は与えられなかったが、夫に対する敬意の薄さに苛つかされた。
『愚かな王よ。その座に相応しくなき者よ。時空制御師は愚かな者を好まぬと、その足りぬ頭で覚えておくがよい』
どちらが王ですか?
我が最愛の夫が王です!
と躊躇いもなく言ってしまいそうなやり取りだった。
私の夫は何時だって最高で最強です!
王は頭を上げて妄言を垂れ流した格好のまま硬直している。
夫に何を言われたのか、きちんと理解できたのだろうか。
『我が最愛は何物にも囚われぬ。自由を侵すことこそ最大の不敬と知れ』
ははーっと、全方位から一部の乱れもなく揃った声がする。
初めて見た。
そして聞いた。
自分と夫以外の全てが平伏している様子を。
私たちを絶対者として崇める声を。
……そうは言っても茶番は続きそうですが。
どうですか?
リアル断罪は。
私にしか聞こえぬ声で、夫が囁く。
想定していたよりも苛々させられるかな?
別世界にもかかわらず存在している夫の手首を、しっかりと握り締めながら微笑する。
ふふふ。
メインの断罪に備えて、耐久値を上げてくださいね?
メインはきっと今よりもっと苛々させられるでしょうから。
メインの断罪は恐らく、私の両親や兄弟を指すのだろう。
以前に話をしたように、両親や兄弟は既にこの世界へと堕とされたのだ。
そのときも今のように、そばにいてくれる?
今回の断罪は関係者ではないので、安心して見ていられる。
だが相手が両親や兄弟ともなれば話は別だ。
自分が絶対的に優位な立場だったとしても、対峙している間中ずっと、足元を掬われるような不安に晒され続けるだろう。
それは当然ですよ。
愛しい麻莉彩。
指先に施される慈愛に満ちた口づけに、心から満たされて。
長くはこの世界にいられない夫へ背中を預ける。
優しく抱擁され、耳たぶを甘く噛まれたあとで。
では私はこれで。
別れの言葉を残した夫の気配がこの世界から消え失せる。
払拭しきれない寂しさは夢で夫に訴えればいい。
私は断罪を任された片割れである宝珠を見つめる。
宝珠は心得たとばかりに点滅して、ゲルトルーテの手を乗せたまま、元の位置に戻った。
必然的にゲルトルーテの体も起こされて、先ほどと同じ体勢を取らされる。
額と鼻先が真っ赤になっているが、出血は見受けられなかった。
ただ、見るからに痛そうではある。