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◆ 引っ越し初日
「……狭。」
そうつぶやいたのは、新しい部屋に入った瞬間だった。
1Kの賃貸、築15年。
古いエアコンと、ちょっと軋む床。
でも、りうらはソファにドカッと座って、嬉しそうに言った。
「でも、ほら。ないくんと住めるって思ったら、十分。」
「……急にそーいうこと言うの、やめて。」
照れくさそうに顔をそらしながら、床に段ボールを置いた。
「まず片づけよ。ソファとか座ってる場合じゃないし。」
「えー、同棲っぽくていいじゃん、こういうの。」
「そっちがなにもしなきゃ、ただの荷ほどき係だよ。」
そんな口喧嘩も、ふたりにとっては「らしい日常」の始まりだった。
◆ ルール1:冷蔵庫の中身に文句は言わない
りうらは冷凍餃子とジャンクフードが好き。
ないこは無調整豆乳とサラダチキン。
「なんでないくんの物で色々埋まってんの?」
「健康って知ってる? あと賞味期限の概念持って?」
「俺のアイス、勝手に捨てたよね?」
「それ5ヶ月前のやつじゃん!」
ケンカ未満のやりとりを重ねながら、
冷蔵庫の中は少しずつ“ふたりのバランス”になっていく。
◆ ルール2:寝る前は、喧嘩のまま寝ない
ある日、りうらが帰宅して玄関で言った。
「今日さ、部長にキレてさ。」
「え? また?」
「“それ俺の仕事じゃないですよね?”って。」
「……お前ほんと、口悪いよな。」
「ないくんが言う?」
ちょっとしたことで、険悪になる空気。
でも、寝る前に、ないくんが言う。
「……言いすぎてごめん。疲れてたんだろ。」
「いや、俺も言い方悪かった。」
「じゃ、今日は許してあげる。」
「えらそ。」
「感謝して。」
そして、互いの背中を向けたまま、でも少しだけ布団を寄せ合って眠る夜。
◆ ある夜の会話
「俺さ、まだ“いつまでいる”とか決めてないけど。」
ないくんがふと言うと、りうらはスマホを見ながら答える。
「うん、わかってる。」
「いつか、戻るかもしれない。」
「それでも、今そばにいてくれるなら、それでいいよ。」
「ずっと、とは言えないかも。」
「じゃあ“今だけ”を大事にしよ。」
黙って、りうらの隣に座る。
ふたりで見る、深夜のバラエティ番組。
いつもの夜。何気ない夜。
それが、かけがえのない時間だった。
エピローグ
週末、ふたりで選んだ観葉植物が、リビングに置かれている。
枯らさないように水をやるのは、だいたいないこ。
そんなくだらないことも、ふたりにとっては特別な記憶になっていく。
“いつまで”なんてわからないけど、
**“今ここで、一緒にいること”**を、ふたりは選んだ。