テラーノベル
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雨が止んだのは、夜明け前だった。
ぽたり、と屋根から落ちる雫の音で、緋八マナは目を覚ます。
火はほとんど消えかけていた。
隣を見ると、 小柳ロウ が壁にもたれたまま眠っている。
刀だけは、すぐ手の届く場所に置かれていた。
「……警戒心強」
小さく呟く。
でも、そのおかげで安心して眠れたのも事実だった。
マナはそっと立ち上がり、社の外へ出る。
雨上がりの空気は冷たい。
山の木々から霧が立ち上っていた。
「……ライ」
無意識に名前が零れる。
会いたい。
その気持ちは時間が経つほど強くなるばかりだった。
「朝から辛気臭ぇ顔」
後ろから声が飛ぶ。
振り返ると、ロウが眠そうに欠伸をしていた。
「誰のせいやと思っとんねん」
「俺?」
「いや違うけど」
ロウが笑う。
「少しは寝れたか?」
「まぁまぁ」
本当は夢を見た。
ライの夢。
川辺で笑う顔。
名前を呼ぶ声。
目が覚めた瞬間、隣にいない現実が苦しくて仕方なかった。
二人は簡単に身支度を整え、再び街道へ出た。
雨の後の道はぬかるんで歩きづらい。
「滑るなよ」
「分かっと――わっ!?」
言った瞬間、足を取られる。
転びそうになったマナの腕を、ロウが咄嗟に掴んだ。
「危なっかしすぎだろ」
「……今のは道が悪い!」
「はいはい」
呆れたように笑われる。
なんだか兄みたいだと思った。
昼頃。
街道沿いの茶屋で休憩を取ることになった。
旅人や商人たちで賑わっている。
マナは久々の人の多さに少し緊張した。
すると、隣の席から会話が聞こえてくる。
「聞いたか? 伊波家の若君」
その名前に、マナの肩が揺れた。
ロウも気づいたのか、さりげなく視線を向ける。
「縁談が進んでるらしいな」
「相手は名家の姫君だとか」
胸が冷える。
マナは思わず俯いた。
分かっていた。
ライは貴族だ。
いずれ誰かと結婚する。
頭では理解していたのに。
実際に聞くと、息が苦しくなる。
「……マナ」
ロウが小さく名前を呼ぶ。
マナは無理やり笑った。
「平気」
でも全然平気じゃなかった。
胸の奥がずっと痛い。
ライが知らない誰かの隣に座っている姿なんて、想像したくもなかった。
その頃。
屋敷では、 伊波ライ が庭を見つめていた。
縁談は順調に進んでいる。
周囲は皆、安心したような顔をしていた。
若君がようやく“正しい道”へ戻った、と。
けれどライ自身は、まるで生きている心地がしなかった。
「若君」
従者が声をかける。
「本日の文です」
差し出された巻物を受け取る。
だが、内容は頭に入らない。
視界の端に映る紫陽花だけが、妙に鮮やかだった。
マナなら綺麗だと言うだろうか。
そんなことばかり考えてしまう。
「……どこにいる」
ぽつりと零れる。
会いたい。
今すぐ。
触れたい。
名前を呼びたい。
その衝動が日に日に強くなっていた。
一方。
茶屋を出た後も、マナはどこか上の空だった。
ロウは少し歩いたところで立ち止まる。
「無理すんな」
「……してへん」
「嘘つけ」
即答だった。
マナは苦笑する。
「顔に出とる?」
「めちゃくちゃ」
またそれだ。
ライにも同じことを言われた。
思い出した瞬間、胸が痛む。
するとロウは少し真面目な顔になった。
「なぁ」
「ん?」
「お前、まだ戻りたいと思ってるだろ」
マナは答えられなかった。
戻れば危険だ。
ライにも迷惑がかかる。
でも。
「……会いたい」
気づけば呟いていた。
ロウは静かに目を細める。
「なら、そのうち絶対戻る顔してる」
「……そんな顔なん?」
「してる」
ロウは小さく笑った。
「多分お前、好きな奴のためなら無茶するタイプだろ」
マナは否定できなかった。
だって。
ライが苦しんでいるなら、放っておけないから。
コメント
1件
うわ、もう完全にマナの気持ちに引きずられたわ……。 ロウに「戻りたいと思ってるだろ」って言われたところ、胸にグッときた。顔に出てるって言われて「めちゃくちゃ」って返すロウの距離感も絶妙で、兄みたいって思うマナの気持ち分かる。 ライのほうも「どこにいる」って紫陽花見ながら呟くシーンが切なくて、お互い会いたいのにすれ違ってる感じがもどかしい……。 この不器用な二人がどうなるか、続き早く読みたい🔥