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夜桜スピカ
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某日、二宮隊は夜の防衛任務にあたっていた。今は廃線となった地下鉄跡地。警戒区域内なため、ここは廃線にせざるを得なくなってしまったというものだった。
ここ最近の三門市には未知のトリオン反応が多く検出されており、今回の地下鉄もその反応があっての緊急任務だった。過去に数回ほど別の隊が任務にあたっているが、これといった情報は耳にしない。新型トリオン兵の性能を試すために三門市に送り込んでいるのではないか、という噂はあるようだ。
今回のトリオン反応もまた未知なため、危険を考慮し、二宮隊が任務に抜擢された。太刀川隊という案も出たが、あいにく今日は非番であった。ちなみに、二宮のトリオン量は14とボーダー内でもかなり高い方であり、個人総合2位というかなりの腕前。また、辻󠄀・犬飼両隊員もマスタークラスというかなりの実力派集団である。
「二宮さん、今回のトリオン兵、どんなやつだと思います?」
「さあな、俺は来たやつを焼き払うだけだ。」
相変わらず返事が冷たい二宮と、新型のトリオン兵にわくわくして待ちきれない様子の犬飼。辻󠄀は密かに恐竜っぽい見た目のトリオン兵を想像していた。
しかし、想像とは裏腹に、出てきたのはラッドより大きめくらいの小型トリオン兵だった。こんなものに時間はかからないと思い、二宮は辻󠄀に本部と連絡を取るよう指示した。
「犬飼、こいつらはさっさと処理するぞ」
二宮が誘導弾を打とうとしたときだった。
「_忍田さん?忍田さん聞こえますか?」
辻󠄀が必死に本部長の名を呼んでいる。通信が途絶えているのだろうか。本部に何かあった可能性があると見て、オペレーターの氷見から情報を聞こうとするが、氷見も本部との連絡が取れないことが発覚した。
一見ただ小さいだけのトリオン兵だが、何か特殊な性能を持っている可能性が浮上した。何かあってからでは遅いので、直ちにトリオン兵を排除しようとする。
「二宮さん」
犬飼の声がいつもより少しトーンが低かった。
*****
「これで全部ですかね」
目の前にいた小型トリオン兵を全て倒し、もう一度本部との連絡を試みようとした。しかしやはり連絡は取れず、基地に戻って報告をするしかなかった。念の為氷見から通信できないかも確かめてみることにした。
若干の氷見の声とノイズ音が聞こえる。オペレーターとも連絡が取れないようになっているらしい。
これが本部に何かあったための影響であればのちに復旧するだろうが、トリオン兵の影響であれば全て倒さなければ復旧の見通しは立たない。 ならばトリオン兵を全て倒してしまおう。と二宮らしい発想の下、少しずつ数を減らしていく作戦に出た。
「二宮さん、ちょっと待ってください。本部に何かあった場合、緊急脱出できるんですかね」
辻󠄀は至って冷静だった。二宮隊では最年少の17歳でありながらも、持ち前の落ち着いた性格を活かして行動している。
辻󠄀の疑問は、二宮にとって少しの脅威にもならなかった。二宮はかなりの古株メンバーである。かつて緊急脱出ができなかった試しなどない。本当に緊急脱出ができない場合のことも考えてはいるが、実行することはまずないと思った。
「やってみろ」
静かに頷き、実行する。
何も反応がない。地下道の中に、辻󠄀の声だけが響き渡る。
この瞬間、空気が変わったように思えた。
「慌てるな。通信が切れただけだろう。
地上の出口へ向かう、立ち塞がるものは全て排除しろ。」
「了解」
地上に出るための地下道は無数のトリオン兵で埋め尽くされていた。二宮が敵の数に合わせて誘導弾を放つ。犬飼も同様に打ち始める。
「二宮さん!撃つのをやめてください!」
辻󠄀が必死に二宮を止める。犬飼が目を丸くしてトリオン兵の方に目をやった。
そこには二宮と犬飼のトリオンを吸収して2倍、3倍へと巨大化したトリオン兵の姿があった。
「うそでしょ、こいつトリオン吸ってるってこと?」
犬飼の笑顔が引きつっていくのがわかる。
二宮の強大なトリオンが、皮肉にもトリオン兵のブースターになっていた。撃てば撃つほど敵は大きく強くなる。だが、撃たなければ押しつぶされてしまう。
「くそっ……!」
辻󠄀が飛び出し、トリオン兵の足に弧月を振るった。しかし、斬りつけた弧月の先からトリオンがじわじわと吸い込まれていくのがわかる。シールドも徐々に削られていき、消耗戦に持ち込むにも、辻󠄀はそろそろ限界を迎える。
「二宮さん、犬飼先輩、下がって……!」
トリオンが尽きる寸前になり、警告音が鳴り響く。それでも辻󠄀は最後までシールドを張り続けた。
ガシャン、とガラスが割れたような音と共にシールドが割れ、目の前には換装が解けた”生身”の辻󠄀がいた。通常なら緊急脱出するはずだが、それがないために換装だけが解けてしまった。
「辻󠄀ちゃん」
犬飼が再び銃口を向ける。しかし、撃てばその分だけトリオン兵が大きくなる。二宮もまた、自身のトリオン量では確実に辻󠄀を巻き込み、トリオン兵を凶暴化させるだけだと理解していた。
震える手を押さえながら、トリオン兵の赤い目をじっと見つめる。もう選択肢は残されていない。ずっとここにいれば二宮さんは自分の体を庇おうとして死ぬ。
「二宮さん、あなたはボーダーに必要な人間です。せめてあなただけでも生きて戻ってください」
辻󠄀が立ち上がり、ゆっくりと2人の方を向いた。
「犬飼先輩」
「二宮さんをよろしくお願いします」
僅かに微笑んだ後に、基地とは真逆の方向に走っていく。トリオン兵を引きつけるのが狙いなのだろう。
「辻󠄀!!」
「辻󠄀ちゃん!戻れ!!」
どちらの制止も辻󠄀には効かなかった。ただまっすぐに、ひたすら走っていった。
やがて辻󠄀の姿が見えなくなった頃、微かな断末魔が聞こえた。
犬飼が膝から崩れ落ちた。
「立て、犬飼」
二宮は恐ろしいほど冷たかった。いや、冷たくするしかなかったのだろう。隊長という立場で、自分が取り乱しては犬飼に示しがつかない。
しかし、二宮の心はじわじわと絶望に蝕まれていった。自分のトリオンが辻󠄀を追い詰め、生身で囮にまでさせた。元々の強い責任感がより二宮を苦しめた。
辻󠄀がトリオン兵を引き付けたおかげだろうか、僅かに効果が薄れ、緊急脱出が少しの間可能になった。今のうちに緊急脱出して他の隊員を向かわせればせめて犬飼は助かる。
犬飼、そう言いかけたとき、犬飼が口を開いた。
「二宮さん」
ゆっくりと、静かに立ち上がった。その顔には、いつもの飄々とした笑顔が張り付いていた。だが、目の奥が笑っていない。完全に死んでいた。
「おれのトリオン、全部あげます。まだ半分くらい残ってるし。これでトリオン兵塵にして、二宮さんは基地に戻ってください」
いつもの淡々とした口調で話を進め、二宮の手に触れる。
“トリガー臨時接続”
二宮にトリオンを全て託す犬飼。死ぬ覚悟はもうできていた。
「犬飼、お前_」
「辻󠄀ちゃんを1人でいかせるのは寂しいじゃないですか」
やがてトリオンを全て二宮に託し、換装が解ける。犬飼はどこか満足気な顔をしていた。
「二宮さんをよろしくお願いします」_辻󠄀の最期の言葉が脳内をループしている。
二宮の背中をそっと突き飛ばした。
「じゃあね、隊長。またどこかで会いましょ」
この言葉の直後、トリオン兵の波が犬飼を襲った。
*****
「二宮さん!……ふたりは……?」
氷見の必死な問いに対して、二宮は何も答えることができなかった。
自分のトリオンがチームメイトを殺した。
その屈辱と後悔が、今後一生二宮を縛り付けることとなった。
*****
後に、二宮は二宮隊を解散した。
現在はソロでボーダーに所属しているらしい。
コメント
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読み終わりました……これは重い。第1話からここまで振り切るとは。トリオンを吸収する敵という設定が、二宮の強大なトリオンを逆に凶器に変えてしまう皮肉が効いてますね。辻󠄀の冷静な自己犠牲、犬飼の飄々とした覚悟、どちらも切なくて。最後の「じゃあね、隊長」が刺さりました。第1話でここまで持っていく構成力、さすがです。続きが気になります。