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#食
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――――豊は手早く焼きそばを作った。ソースの少し焦げるような良い香りがキッチンで漂う。
出来上がった。さすがに焼きそばの出来立ては暑いからお箸を使うかなと、豊は添えて出した。
すると蓮美が「豊、使い捨て手袋ない?」と言う。
「ああ、あるよ」
「それを嵌めて戴くわ!」
蓮美はどうしても手掴みで食べたいらしい。
豊はニトリル手袋を取り出しアルコール消毒した。
「少し待つんだよ。アルコールを乾かす必要がある」
その間、皿の上の焼きそばにくぎ付けになっている蓮美の目は爛々と輝き、口からは大量の涎が垂れていた。
「もう乾いただろう。どうぞ、蓮美」
食べ物にありついて良しとの号令と共に蓮美は、怒涛の勢いで早食い競争でもするかのような勢いの食べっぷりだ。
鼻の頭までソースで黒く染めている。
豊は悲しくなり俯いた。
(好き好んでこうなっている訳ではないはずだ。だから蓮美はオレとの食事を猛烈に拒絶していたではないか)
モグモグと口にそばを入れたまま、蓮美が叫び始めた。
「それはあたしのミカンよ! 返して! 返せっ、この野郎!」
「いい加減にしろよ、てめぇら! 今度おまえらのメシに、あたしの×ソを入れてやる」
「返してよ! 返してよ! あたしの物よ! おなかが好き過ぎて死んじゃうッ」
耳を塞ぎたいような乱暴でいて悲痛な蓮美の叫びだ。
豊は涙を零した。
なぜ、普段素晴らしく愛らしく優しい蓮美が、ここまで追い詰められなくちゃならないんだ、と。いっそのこと代わってやりたいとすら感じた。
そして、黙らせたりせず存分に叫ばせてやろうと考えた。豊は蓮美の孤独を垣間見ている。
自分は味方であり続けると心に決めた。
叫び疲れたのか、食べ疲れたのか、蓮美は焼きそばを6人前は優に食べた後ぐったりとした。
「蓮美、大丈夫? ベッドで休もう」
虚ろな目のまま頷きもしない蓮美を抱きかかえ豊は横にならせてやった。
「愛してるよぉ、豊」
力が尽きた人形のような蓮美が豊に囁く。
「オレも好きだ、蓮美」
豊は蓮美にプロポーズをしたいと思った。
*
しかし、その日を境に蓮美からの連絡は途絶えた。
豊が電話をしてもROULを送っても応答しない。
いったいどうしたというのか。あんなに熱烈に愛し合っていたのに。
豊はプロポーズがまだ出来ていない。
(このまま蓮美と離れてしまうなんて嫌だ!)
*
虚しいが、応答しない電話やROULを繰り返し、豊は蓮美を1カ月間待った。
そして思い立った。
蓮美は嫌がっていたが、話をするには蓮美の家を訪ねるより手立てがない。
――――会社が休みの土曜日、緊張の面持ちで蓮美が教えてくれた住所を車のナビにセットする。蓮美は両親と住んでいると言っていた。尚更緊張する豊。
*
ナビに従い運転して行くと、とても立派な門構えの洋風の建物に辿り着いた。
『中田』と表札にある。蓮美の苗字だ。
車を門から少し離した場所へ停め、降りた。門の前へ行き豊は1度深呼吸をした。 そして呼び鈴を押した。
その『ピンポーン』と言う音色は深みがあり、普段豊が耳にする軽い音とは異なった。
「はい」
初老の女性だろうか、返事をして来た。蓮美の母親かもしれない。
豊は一礼し、呼吸を整え「私、城木と申します。蓮美さんの知人であります」
「少々お待ち下さいませ」
しばらくすると、灰桜で単衣の御召を纏った60代と思わしき女性が鉄の門までやって来て、門を開けた。
「突然お訪ねし申し訳ございません」
「いいえ、よろしくってよ。お上がりになられて下さいな」
手入れの行き届いた庭園の長い小径、品のある女性の後ろをついて行く豊。
やっと豪奢な玄関に辿り着くと、重たそうな木製のドアが開けられた。
「どうぞ」
「はい。失礼いたします」