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放課後の昇降口、足音のない空気の中、俺はあいつを見つけた。
壁にもたれて、目元を赤くしたまま、遥は俯いていた。
額に貼りついた髪、指先の震え、押し殺したような呼吸。
声をかけようとして、躊躇した。
(……あいつ、本当に泣いてたんだな)
蓮司といたのは知ってる。
誰が見ても、何があったか分かる。
でもそれを、俺の口から言うのは違うと思った。
「遥」
俺の声に、かすかに肩が揺れた。
けれど、遥は顔を上げなかった。
まるで、俺を見るのが怖いみたいに。
「なあ……何があった?」
ゆっくり一歩近づく。
逃げるように、遥の足が半歩引いた。
(違う──俺が近づいたからだ)
「別に、言わなくていい。言いたくないなら、……それでもいい。
でも……俺、知りたい。おまえのこと」
遥の目がかすかに揺れる。
けれど、それはすぐにふさがれた。
「……やめろよ」
かすれた声。
聞きたくなかった一言。
「俺なんかに、関わるな」
それでも俺は、足を止めなかった。
遥の前に立ち、同じ目線にまで腰を落とす。
「関わりたいって思った。だから、もう手遅れだよ」
遥が、初めて目を見た。
涙の痕が残るその目は、何かを訴えていたけれど──言葉にならない。
「日下部……俺、おまえのこと……壊したくない」
その声は、懇願のようで、拒絶のようで。
俺の胸の奥が、軋んだ。
「壊してなんか、ねえよ」
「おまえが泣いてても、怒ってても、逃げても──俺の中では、全部“おまえ”なんだ」
「──っ、違う……っ」
遥が顔を背けた。
それ以上、俺は踏み込めなかった。
近づけば壊す、ってあいつは思ってる。
でも、本当に壊してるのは──
(逃げたまま、触れようとしないことじゃないか)
俺の手は、宙で止まったままだった。