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ガルドとキルゲ・シュタインビルドは、契約を交わした。
現在のバラスト王国を破壊し、新しいガルドの望むバラスト王国に創り変えると。その助力をキルゲ・シュタインビルド並びに光の帝国は行う代わりに、この世界の神秘と法則を抉り出す調査に協力する。
ガルドの望む新生バラスト王国は、個人が扱う魔法がなく、魔法科学によってインフラや闘争を行う国家だ。
既存の精霊信仰を排除し、確立され体系化された技術を持って魔法を扱う。
そして現状の貴族と平民の意識が隔たり、爆発寸前の国民の不満、貴族の暴走する信仰と既得権益と国家転覆を狙う存在。それを従える圧倒的な力。
その力は、洗脳だ。
ヴァンパイアの魅力と呼ばれる洗脳技術を、カード・ルシエを元手に強化し、ガルドのみが使える道具として運用する。
そのために光の帝国から与えられたのは、相手の力を奪い、制御し、運用できるメダリオンと呼ばれるアイテムだった。
「誰もが私に膝を屈し、言うことを聞く国家か。そしてそれに誰も気付かない。個人の才能によって使える魔法がきえる事に驚きはあるだろうが、誰もそれを行ったのが私だとは気付かない」
「はい、その通りです。そこで貴方は命じれば良いと思います。精霊信仰を捨て、魔学を発展させろ、と。そうすれば貴族と平民の差は埋まり、個人に頼らない大多数の人間による共同体となる。素晴らしいと思いますよ」
「貴方には感謝している。私にこのメダリオンを託してくれたことを、俺を王とすることに決めてくれたことに感謝している」
「ええ、調査に協力してくれるのならば援助は惜しみません。貴方の想像する最高の国家を作ってください」
「ああ、そうさせてもらう。手伝ってくれるか?」
「はい。手伝いますよ」
ガルドは歩み始めた。
向かった先は、ルシエ男爵令嬢の元だった。キルゲ・シュタインビルドという光の帝国の殲滅師特有の白い軍服とガルド王子が共にいる事に貴族や使用人達はどよめくが、そんなことはどうでも良かった。
カード・ルシエ男爵令嬢の家へ赴く。そしてガルドとキルゲ・シュタインビルドはドアを破壊して屋敷の中へ入る。
使用人や警備兵達を、キルゲ・シュタインビルドが射殺して屋敷の中を回って、ルシエを見つける。
「が、ガルド、様?」
血に染まったガルドを見て、怯えた目でルシエは見る。アルガルドは容赦なくメダリオンを翳す。
「アウフリーデ メーア・エ・ヴォルゲン ヴォルゲン・エ・レーゲン レーゲン・エ・ネーベル ジヒトバーレ・エ・ウンジヒトバーレン ヴィーア・グート・フロイデ・ダーナ・ヴラント・ディル・ベッヒャー ロス」
メダリオンを起動させる聖言を完成させると、十字に開いた光の奔流がルシエを捕らえて、その力を簒奪する。魅了という名の力、ヴァンパイアと呼ばれる洗脳の魔法、胸の部分にある魔石から発せられるエネルギーを奪い取り格納する。
「これで終わりか」
「ハァイ、力は奪えたようですね。これで彼女は無力な一般人です」
「そうか、魔石は破壊しなくても良いのか? それが魅了やヴァンパイアの超速再生のエネルギー源だろう?」
「メダリオンでメダライズした力は、その概念を奪い取ります。彼女は力を返還しない限り、その力を振るうことができません。そもそも無意識下で魅了を発動させること自体が想定外の事象ですから、完全に力を奪うことで彼女は人になったといえます」
「そうか」
震えて怯えて蹲るルシエに、ガルドは言う。
「お前は新しい国の礎となった。永遠の感謝をしよう。計画が終われば、お前には相応の暮らしができるように手配する。お前の今の恐怖を、忘れられるような日常がおくれる国にすると約束する。さらばだ、ルシエ」
一方的に言葉をぶつけると、ガルドは王宮へ足を向けた。キルゲ・オシュタインビルドに抱えられて、王宮の建物の一番高い場所へ立つ。
そして、魅了を格納したメダリオンとは別のメダリオンを取り出し、空へ突き出す。
「溶けよ 海よ雲へ 雲よ雨へ 雨よ霧へ 姿成すものよ見えざるものへ 我等歓喜の末に杯を地に伏せる さあ」
十字型の黒の板が出現し、そこから青白い光が放たれ、精霊に見初められた全ての人間に向けて青い光が降り注ぎ、そしてその魔法の力を回収していく。
それはまるで美しい光景だった。
ものの数秒で、この国からは精霊を用いた魔法が消え失せた。貴族の持つ精霊で発動する魔法を全て奪い取ったのだ。
「これで、全ての人間は、平民か」
貴族という特権階級を支えていた魔法は失われ、インフラと戦力も失われた。しかしそこは光の帝国が援助してくれるので問題はない。
あとは、最後の仕上げをするだけだ。
魅了のメダリオンをガルドが、精霊による魔法を封じたメダリオンをキルゲ・シュタインビルドが同時に使用する。
一人の人間が同時にメダリオンを使用する事はお互いに干渉してしまうのでできないのだ。
「バラスト王国の王位継承権第一位を有する王太子、ガルド・ヴ・バラストが命じる。我に従え!!」
その瞬間、魅了と洗脳の魔法が、莫大な魔力を受けてバラスト王国全土へ広かった。その命令は単純明快、バラスト王国の王位継承権第一位を有する王太子、ガルド・ヴ・バラストに従うこと。
『オールハイル・ガルド!!』
『オールハイル・ガルド!!』
『オールハイル・ガルド!!』
平民が、貴族が、子供が、青年が、老人が、全ての人間がアルガルドを讃え始める。
それは、親であり国王であるアルフォンス・ヴ・バラストも例外ではない。
「これで、全て駒になった。ああ、姉上。見ているか。聞いているか。これが化物と呼ばれる貴方の見ていた景色だろうか? 素晴らしいものだ。あとはゆっくり、私がこの国に繁栄をもたらそう。人が自分の足で立っていける、そんな国を作ろう」
ガルドは洗脳する。
「バラスト王国の国民よ、魔法を忘れよ、精霊信仰を捨てよ、階級差による差別をするな、姉上を害するな、すべての国民はすべからく私のために尽くせ」
パリパリ、と。
洗脳の魔力が目に見えるほど色濃く広がっていく。
「インフラ整備や戦力の拡充は速やかに行った方が良いですよ。光の帝国が援助しますが、貴方の国です。自立するのは早いほうが良いでしょう?」
「ああ、そのとおりだ。ありがとう、キルゲ・シュタインビルド外交官。調査は好きにすると良い。この国への無制限の立ち入りと活動を許可する」
「ありがとうございます」
そうして、キルゲ・シュタインビルドとガルドは別れた。ガルドはメダリオンによって強化された魔法の力を使って、王宮の自室へ戻ると目を閉じた。
翌日、ガルドはバラスト国立貴族学院へ向かった。他国からの留学生も招き、小さな社会を形成した社交界の縮図とも言える場所だ。
勿論、学び舎としての意義もある。そこに身分は問わずとお題目は掲げているが、その差を気にせずにはいられない。
身分ではなく実力での評価を。そうする事で研鑽を促すという目的があっても、身分はやはり強い影響力を持っている。
身分が高い者には人が集まり、身分が低い者はそんな身分が高い者に取り入らなければならない。取り入るのに失敗し、学院内での居場所を失うなどよくあることだ。
かといって親が子供の争いに介入すれば新たな諍いに発展する恐れもあり、学院は閉鎖的になっているのは誰もが知っていることだった。
そして、その『魔法』が消えた。
それがどのような混乱をもたらすか、確認するために、まずは学院に向かった。
そこでは一言でいえば『異常』な光景があった。魔法についての授業はやる。にも関わらず誰も魔法が使えなくなっている事に気付いていない。
昨日のガルドの行動によって、階級社会だけが残った結果だった。『魔法』という存在が、最初から存在していない認識にすり替わっていた。
貴族は優れている。平民は愚か。嘲笑うし、見下すが、実際は何が貴族を優れている存在にしているか『考えることをしない』ようになっていた。
ライフラインや戦力について部下に情報収集を任せているが大きな被害が出ているだろう。何せ魔法という武器が無くなり、昨日までどうやって生活し、魔物や人間と戦ってきたのかわからないのだ。
事故も起きる。事件も起きる。被害も大きくなる。しかし差別は無くならなず、勢力争いは残っている。
(何だ、これは。どうすれば良い。確かに階級社会と精霊信仰が絡み合った複雑な構造は失われたはずだ。しかしその立場を失ったわけではない。無自覚に、忘れている。命令し直すか? しかし重ね掛けする洗脳は精神を破壊する可能性がある……権威を失墜させても、結局はより優れた存在になるために争うのは変わらない……それは魔法や宗教の関係ない人が持つより良くなる学習と進化だ。それを消すのは国家にとって致命的だ)
ガルドは『王』として、学院を見回りながらこの社会構造をどうするのか考え始めた。しかし答えは出ず、夕刻となる。
(そういえばユーフェミアとの茶会があったな。計画のために後回しにしていたが……様子を見てみるか)
政略結婚のための儀式や形式のための茶会。それにガルドは『政略結婚の破壊』の為に露悪的に振る舞い、強い当たら方をしていた。しかしそんなことをする必要もない。
少し早くついているようで、いつもの茶会の場にはユーフェミアはまだ来ていなかった。そこでふと、思う。
ユーフェミアは、毎回悪態をつかれるのを知りながら、いつまでも来ない自分を待ち続けていたのだと。
それは、とても、辛いことのように思えた。
(謝るべき、なんだろうな。俺は。こうして力を手に入れて初めて見える景色もあるとはな)
そうして待っていると、とても気品に溢れた美しい少女がやってくる。
長く伸ばした白銀色の髪を揺らし、ピンク色の瞳は強い意志を秘めている。その意志の強そうな瞳は時として鋭さを感じる事があるが、それが欠点へと繋がるかと言われればそうでもない。むしろ、その鋭利さこそが彼女の魅力と言えた。
ユーフェミア・ヴァレンタインは先にガルドが来ていることを確認すると、スカートの裾を引っ張り、丁寧なお辞儀をして謝罪した。
「遅くなり、申し訳ありません」
「いや、私が早く来ただけだ。謝る必要はない。いつも待たせていたのは私の方だ。こちらこそ、いつも茶会に遅く来てはお前に嫌味を言っていた事を謝ろう」
そう言うと、ユーフェミアは驚いたような顔をした。
「ガルド様……? そんな、ことは」
「私は力を得て王となった。もうあのような振る舞いをする必要もなくなったからな。政略結婚にも関わらず、それを使命として誠実に全うしていたお前には……正直、悪いことをしたと思う。だがこちらも爆発寸前の国と謀殺されかねない姉上をどう守るかで必死だったのだ。それが全て解決した。やらなければならない事は多々あるが、まずはユーフェミア、お前にこの国の王として命じよう」
「あのっ……?」
「好きに生きろ。好きなところに行き、好きな趣味を見つけ、好きな職につき、好きな人と結婚しろ。お前はこれから自分の為に生きて良い。王たる俺が許す」
ガルドは、人形姫という言葉の中に込められた駒という意味も含めて人形と揶揄されるユーフェミアを解放したかった。しかし返ってきた反応はガルドの予想を大きく裏切るものだった。
「殿下。王城でそのような振る舞いはお控えください。いえ王城に限らず学院でもですが」
「な、に?」
「ルシエ男爵令嬢にはお伝えしましたが。殿下にも重々ご留意いただきたく。私とガルド様は婚約の身です。いらぬ風聞を立てられぬよう懇意にされる方は選ぶべきかと」
「馬鹿な、何の話をしている……?」
「次代の国を担う私達には貴族のしての在り方の話を……」
「そうではない! 何故だ!? 昨日、私は王になった筈だ! そう洗脳したはずだ! 他の人間はそう認識していた! 魅了と洗脳は間違いなく作用している! なのに何故、お前はまだ俺が、次代の王だと認識している!? 王は昨日、変わった筈だ!」
「ガルド殿下……?」
ユーフェミアの『変わらない姿』にガルドは困惑し、焦る。魅了と洗脳が不完全だった? それともユーフェミアは例外? では例外が一人とは限らない。
ガルドの頭を不安と焦燥と混乱が騒ぎ出す。
「ユーフェミア……お前は魔法を覚えているのか? 使えるか?」
「え……はい、覚えてますし、使えます」
戸惑いがちなユーフェミアはの言葉に、ガルドは自身の国家洗脳が不完全なものだと理解して拳を握りしめた。