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「で、ギルド長―――
これどっちなんですかね?」
「『グラトニー』だな。
当たりかハズレかどっちかというなら、
ハズレだが」
町に戻り、狩ってきた魔物をジャンさんに
見てもらうと―――
魔物の正確な名前の他、なぜかよくわからない
表現まで付いてきた。
「あのー、『ハズレ』っていうのは?」
妻とギルド長の話の中に割って入ると、
「あー、
『ヒュージ・ウィーズル』か『グラトニー』
っていう、姿かたちの似ている魔物がいるのよ。
で、そのどっちかだと思ったんだけど……」
「『ヒュージ・ウィーズル』だったら毛皮が
高く売れるんだ。
だが、こいつは『グラトニー』だ。
それでハズレと言ったんだが……」
??
ジャンさんにしては歯切れが悪いような。
メルも同じように感じたのか、また質問する。
「え? だからハズレじゃないの?」
「そもそも『グラトニー』ってのは、
死ぬ瞬間、最後の最後まで暴れるんで
有名なんだ。
結果として体中を傷付けて、素材としては
全く売れなくなっちまう。
そういう意味でハズレっつったんだけどよ」
目の前に横たわる巨体は……
メルが首にとどめの一撃を入れた以外は、
それはとてもとても美しく豪快な毛並みを
しておられて―――
「ね、ね。
もしかして『ヒュージ・ウィーズル』より
高く売れるって事!?」
そこへ、死体を検分していた解体職人たちが
やってきて、
「前のワイバーンもそうでしたけど、
そもそも『グラトニー』の毛皮が無傷で
手に入るなんて、あり得ませんからね」
50才ぐらいと思われる職人も獲物を見ながら、
「俺も解体やって長く―――
これまで『グラトニー』は5・6回ほど
見てきやしたけど……
こんなキレイな状態で仕留めるなんて、
見た事も聞いた事もありやせん。
さすがシンさんでさあ」
褒められ続けて、少し気恥ずかしい気持ちに
なっているところで、夫婦そろってギルド長に
ポンポン、と肩を叩かれ、
「ま、後は―――
いつも通り王都に持っていってもらって、
査定を待とうぜ。
それと事務処理が待っている。
さっさとギルドへ行くとしよう」
こうして私とメルとジャンさんは、まずはいったん
冒険者ギルドまで向かう事にした。
「あ、シンさん!
書類、一通り出来てますよ」
「しっかしまあ―――
今度は『グラトニー』ッスか」
支部長室で、いつも通りのメンバーである
ミリアさんとレイド君の出迎えを受ける。
「やっぱり珍しいんですか?
あの魔物は」
私が質問すると、まず隣りのメルが、
「出るところには出るって感じかな?」
次いでミリアさんとギルド長が続く。
「ジャイアント・ボーアと同じく、
1、2年に1回くらいは出現する魔物ですね」
「シンに出くわしたのが運の尽きだ。
そういう意味じゃ『グラトニー』も、
運がいいんだか悪いんだか」
全員がジャンさんの言葉に苦笑すると、
レイド君が話題の方向性を変える。
「そういえば、例のラミア族―――
今はシンさんの屋敷に滞在しているんスよね。
問題は無いッスか?」
「あー……
あるといえばありますね」
数日に分けてドラゴンのアルテリーゼ・
シャンタルさんに、子供たちを移送してもらう
予定だったのだが―――
食料運搬用に頑丈なカゴを用意してもらい、
背中に乗せるより、それに入ってもらって
町まで空輸するようにした結果……
初日の3往復で15名の子供たちと、付き添いの
母親3名、そしてエイミさんの合計19名の移動が
完了したのである。
そこでひとまず、部屋がいっぱい余っている自分の
屋敷へと招待したのだが―――
まず一番最初に問題になったのが……
「ト、トイレッスか……」
「小さい子供たちならともかく―――
人間に長い尾っぽが付いているような
サイズですからね。
人間用だと、大人が特に不便だったようで」
私の説明に、全員が微妙な顔付きになる。
「ま、まあ―――
水洗トイレ自体はすごく喜んでいたし?
今、部屋を一つ潰してラミア族用のトイレに
してもらっているところだから」
すでに職人さんに頼んで改造……
ただトイレとしては部屋を縦長に広くして
もらっているだけなので、2・3日で済むとの事。
「亜人族だが、ンな事考えもしなかったなあ」
がしがしと頭をかくギルド長に、ふとミリアさんが
首を傾げ、
「……アレ?
トイレ自体は普通にあったんでしょうか」
「エイミさんのお母さんが人間でしたし、
人間方式の生活は結構取り入れられて
いるようです。
お風呂もすぐ馴染みましたしね」
ふむふむ、とみんなで相づちを打つ。
「でもまあ、もっと問題なのはアレだよね。
男女差っていうか比率?」
「そうですね。アタシも町に来て頂いた以上、
記憶しましたけど―――
ちょっと極端といいますか」
妻とギルドの女性職員が顔を見合わせて
言葉を交わす。
「ラミア族のチビたちの事ッスか?」
「何がどう問題なんだ?」
レイド君とジャンさんが、父と息子のように同時に
疑問を口に出す。
「ん~……
ラミア族の子供は全部で15人
いるんですけど。
男の子は2人だけで、後は全員女の子」
「「 う わ 」」
私の答えに、残りの男性陣が同時に驚いた
声を出す。
確かに、地球での想像上のラミア族は
女性しかいない種族だったけど……
そういうところだけ近くなくても。
「男が生まれにくい種族なのか?」
「エイミさんの話だとそうっぽいです。
なので、ラミア族の男の子は基本、
住処から絶対出さないのだとか」
ギルド長の問いに私は答え―――
つまりは、今のように男児まで預ける事は
かなり切羽詰まった状況だった事を改めて
みんなで認識する。
「そんなに男女差があるのなら―――
人間の男と結婚とかしないんスかね?
エイミさんのお母さんの方は人間だったんス
から、別に人間と結婚するのは禁止って
ワケじゃないッスよね?」
レイド君のもっともな疑問に妻が振り向き、
「それも、それとなく聞いてみたんだけど、
元より種族としての数が少ないので、
ラミア族の住処に来てもらえるのであれば……
って言ってた」
「そういう条件か。
確かに厳しいわな、そりゃあ。
下にいる連中の何人か、片付けられると
思ったんだがよ」
意地悪っぽく笑うギルド長につられて
全員が笑い―――
「じゃあそろそろ夕方になるんで……
『クラン』へ、夕食の手配をしに行きます」
「明日は東側の新規開拓地区の南北を
見て回るから、ブロンズクラスの募集、
よろしくお願いしまーす!」
夫婦で頭を下げて挨拶し、支部長室を
後にした。
「あ、パックさん」
「おいっすー」
私とメルの呼びかけに彼は振り向き、
「こんにちは。
お二人も夕食を頼みに?」
基本、私は屋敷で自炊・料理もするが、
孤児院の子供たちや今回のように大勢で誰かが
屋敷に泊まりに来る時は―――
料理の出前を頼んだりしていた。
「そういえばシンさん!
また新たな研究材料をありがとうございます!
王都に送る前に『グラトニー』の素材、
いろいろ頂きましたようへへへへ♪」
ちなみにパック夫妻の場合は、研究に没頭し過ぎて
食事すら食べに来る時間が惜しい時に、こうして
配達をお願いしに来ている。
「研究もほどほどにしておいてください。
パックさんにもしもの事があれば、ここ一帯の
医療崩壊を引き起こしますから」
「はは……
なるべく自重しますよ。
せっかくシャンタルと一緒に飛び回れるように
なりましたし―――
その分回診出来る範囲も増えたんですから」
と、そこでいったんパックさんが視線を落とし、
「?? どしたの?」
「いえ、あのラミア族の湖の近くの村……
一応耳に入れておいた方がいいかと
思いまして」
パックさんが妻の問いに視線を上げる。
「何か問題でもありましたか?」
初日で子供たちの移送はほぼ終わったが、
ラミア族への食料支援の他、村に対しても
いろいろと便宜を図ったはず。
「どうも、魔物や亜人族をよく思わない
宗教の一派に、目をつけられている
ようなのです。
今まではあの村も限定的な付き合いしか
してきませんでしたから、影響は無かった
みたいなのですが」
宗教かー。
厄介なところが絡んできたなあ……
と思っているとメルが再び質問に移り、
「ラミア族はともかくとして、魔物との付き合いも
あるの? あそこ」
「いえ、私も回診ついでに米や水路、
『プルラン』の飼育も推奨してましたから……
あれも魔物といえば魔物かと」
そうでしたね。
確か私がパックさんに、村や集落を回るならと
お願いした事でしたねそれは。
私の後ろめたい表情を感じ取ったのか、
2人が視線を同時にこちらへ向け、
「い、いえ!
別にシンさんのせいではありませんよ?
栄養や衛生概念の向上は私も望んでいた
事でありますし」
「そ、そうだよ!
巡り巡ってシンが原因かも知れないけど、
そこまで責任感じる事じゃないよ!」
パックさんはともかくとして―――
メルのサクッと良心をえぐるような言い方は、
天然なのか狙っているのか。
「とにかくいったん戻って―――
エイミさんにも事情を聞いてみましょう」
こうして人数分の料理の注文を終えると、
私とメルは屋敷へ戻る事にした。
「おう、シン。お帰り」
「ピュ!」
屋敷へ戻ると、まずアルテリーゼとラッチが
出迎えてくれた。
「お帰りなさい、シンさん」
エイミさんも彼女たちの後ろから姿を現す。
「子供たちは落ち着いていますか?」
「はい!
お風呂も広くて、大変喜んでいました。
ドラゴン様の庇護の元、みんな安心して
おります」
ヒュドラをドラゴン様(とその仲間の人間)が
倒した、という事はラミア族の中で精神的な
支えとまでなっているようで、
そういった事情からアルテリーゼ(とラッチ)は、
なるべく屋敷にいる事にしていた。
「夕食は間もなく届くと思うから、
他の人たちにも伝えてあげてー」
「わかりました。それでは」
ペコリと頭を下げると、尾っぽをくねらせながら
彼女は奥へと消えていった。
「……どうしたのじゃ、シン。
また何か考え事か?」
アルテリーゼが何か察したのか、自分の顔を
ジロジロ見ながら聞いてくる。
「ああ、実は……」
そこで、パックさんから伝え聞いた事を
彼女にも説明した。
「我が行った時は別に、そのような輩は
おらなんだが」
「エイミさんがお母さんと一緒にその村へ
行ってたみたいだから、彼女から詳細を
聞きたいんだけどね。
ただ、子供の前でするような話じゃ
ないしなあ」
するとメルがポン、と肩を叩き、
「んじゃまあ、私たちに任せてよ。
話す機会を設けるからさ」
「そうじゃ。
女同士であるし、まずは我らに頼るがよい」
妻たちの提案に私はうなずき―――
夜、子供たちが寝静まった後に、話を聞く
事にした。
「夜遅くにすいません」
屋敷の接客用の部屋で、私は2人のラミア族に
頭を下げた。
直接聞くよりも、話の流れで出した方が
いいだろう、と妻たちに言われ―――
保護者として来ている他のラミア族の人にも
混ざってもらって、会談が行われる運びになった。
「まーまー、緊張しないで」
「子供たちの様子はどうかや?
具合は大丈夫かのう?」
メルとアルテリーゼがリラックスさせるためか、
軽口で話し掛ける。
(ラッチはすでに寝入り、アルテリーゼが
抱いたまま話し合いに臨んでいる)
エイミさんの他に一人、保護者代表として
出席した一人が、深々と頭を下げる。
名前は確か『タースィー』さん。
エイミさんのブラウンよりはやや明るめの長髪、
顔立ちはシュッと細く、ヘビというよりは
キツネのようなイメージを抱かせる。
「いえ、衣食と住まいが保証されるだけでも
望外の事です。
むしろ、ここの生活に慣れたら子供たちが
帰りたがらないのではと思うほどで……」
「それは否定出来ないなー」
「我も今さら、元の巣に戻ろうとは
思えんしのう」
妻たちも同調して和やかに会話がスタートする。
「職人さんに聞いたら、専用のトイレは
明日中には使えるようになるそうです」
「何から何まですいません」
エイミさんとタースィーさんが揃ってペコリと
頭を下げる。
「そういえば、子供たちは今来ている子たちで
全員でしょうか」
「はい。男子だけは反対されましたが―――
母親が付き添いに来てもいいとの事でしたので」
という事は……
3人中2人が男児の母親というわけか。
「エイミさんのお母さんは人間って言ってたけど、
どうやって出会ったの?」
メルが話を振ると、彼女は飲み物から口を離し、
「祖父が狩りの途中、魔物に襲われていた馬車を
見つけたんだそうです。
何とか魔物を追い払ったそうですが、
生き残りがまだ幼かったお母さんだけで……
それで住処に連れ帰って保護したと聞いてます」
う……
結構重い話だな。
「……ん? 祖父?」
「はい。その時祖父には息子がいて―――
今の長、ニーフォウル……
アタシのお父さんです」
「その後、きょうだい同然に育った2人は、
そのまま結婚したという流れで」
ラミア族の2人の説明に、妻2人も興味津々で、
「でも男の数が少ないんでしょ?
よく結婚が認められたね」
するとエイミさんは顔を赤らめ、
「祖父は当初、お母さんを人間が住む場所へ
戻そうと考えていたそうです。
ですがそれを知ったお母さんが泣いて嫌がって、
お父さんから離れなくなり―――
それで根負けしたとか」
どこの世界、種族でも……
男が娘や妹に弱いのは世の常か。
「今、成人しているラミア族は50人ほどですが、
男性は8人ほどですので……
その時の騒動というか騒ぎは、私も母から
よく聞かされたものです」
彼女たちも、私の言う『ラミア族』が定着し、
それで話してくれるようになっていた。
「エイミ殿の母上は剛の者よのう。
だがそれくらいでなければ、惚れた男は
手に入らぬか」
うんうん、と女性陣がうなずき合い―――
そこで私は、ふと思った疑問を口にする。
「ラミア族って、妻は一人しか娶っては
いけないんですか?」
するとすごい勢いでエイミさんとタースィーさんが
こちらへ視線を向け、
「そんな事はありません!」
「男が少ないので、そんな事してたら
種族が滅んでしまいます!
ですのでオスはみんなで分け合うというか
共同で……ゲフンゲフン」
ラミア族2人が露骨に目をそらす。
まあ種の保存がかかっているからなあ。
そこは倫理観よりも優先なのだろう。
「あ、ただ―――
長となる男だけは例外なんです」
「長は一定の期間毎に、みんなで相談して
選ばれるのですが……
長に選ばれた男は、その役割に集中するため、
妻は一人だけしか持てないという決まりが
ありますね」
それを聞いていたメルとアルテリーゼは
顔を見合わせ、
「何ていうか、意外だねー」
「むしろ長こそが妻を大勢娶るものでは
ないのか?」
するとエイミさんとタースィーさんは、
今度は揃って顔を赤らめ、
「ええと、ラミア族の男性は基本、その……
拒否権がありませんので。
可能な限り意思を尊重しますけど」
「ただ長に限って、自分が望む妻を
指名出来るんです」
その答えに、妻2人が『おおー』と同時に
声を上げる。
という事は、頑張ったのはニーフォウルさんの
方も……という事か。
「そういえば、エイミさんのお母さんの
お名前は?」
「あー、名前は……」
しばらく情報収集を交えた雑談をしつつ、
場が和んできたところで―――
私は本題を切り出した。
「……というような事を、パックさんから
聞いたんですが」
タースィーさんは意味が飲み込めない、
という顔をしていたが、エイミさんは
眉間にシワを寄せて、
「アタシも一度しか会った事はありませんが、
いきなり『奴隷になれ』とか、『人間様以外の
生き物は、人間様に従うのが当然だ』とか―――
そう言ってくる人間が、近くの村に来た事は
ありました。
その時は一緒にいたお母さんが激怒して
追い返しましたけど、それ以来、お母さんが
村との交渉役を一手に引き受けるように
なったので」
むむぅ、と今度はこちらが考え込む。
「なかなか強烈な事を言うわね」
「全くじゃ。
我を前にしてもそういう事が言えるかどうか、
確かめてみたいくらいじゃ」
メルとアルテリーゼも呆れながらも、声には
明らかに怒りの感情が混じっており……
「もう知らない村というわけじゃないし、
今度、パックさんの回診の時に同行して
みようか」
こうして方針が決定した後は
また雑談に戻り―――
細かな希望や要望などを聞きながら、
夜は更けていった。
「『リープラス派』ですね、それは」
翌日、再び新規開拓地区の候補地選びを終えて
ギルド支部へ帰った後―――
ラミア族の話をいつものギルドメンバー3人に
話してみたところ、ミリアさんの口からすぐに
正体を聞かされた。
「宗教ではないんですか?」
私が聞き返すと、同行していたメルが隣りで
先に答える。
「この世界の宗教は、基本的に創世神がトップで
下に配下の神々がいるって感じかな」
「だから今ミリアさんが言ったのは、
『創世神正教・リープラス派』という事に
なるッス」
レイド君の補足に、私はふむふむとうなずき、
「それで―――
関わったらやっぱりマズいですか?」
「面倒な事になるかもしれん。
何せ、このウィンベル王国だけじゃなく、
他の国々も基本的には創世神正教が主な
宗教だからな。
特に派閥はどことどうつながっているのか、
見当もつかねぇし」
ジャンさんが、ガシガシと頭をかきながら話す。
「少なくとも、その国の法には従ってもらって
いますから―――
その、亜人とはいえいきなり奴隷になれ、
とかいうのは問題ではあります。
ただ宗教は同じ派閥でも解釈の違いとか
ありますから、ホント~……に面倒
なんですよねえ」
「あー……アレか。
思い出したッス」
疲れた表情になるミリアさん・レイド君が
気になり、
「ええと、何かあったんですか?」
「ドラゴンのアルテリーゼを冒険者登録した事が
あったろ。
それを知ったリープラス派やら何やらが
文句付けに来やがったんだよ」
『えっ』と夫婦そろって同じ反応を返す。
「ど、どうなったの?」
すると若い男女は苦笑して―――
「2時間ぐらい?
ギャーギャー言ってったッスけど……」
「アタシが耐えかねて―――
『じゃあ、交渉の場を設けますから、
ドラゴンに会って直接話してみれば?』
と提案したらいなくなりました」
ギルド長が、はぁ、と一息ついて、
「ホント、何しに来たんだか」
そういう事なら―――
アルテリーゼやシャンタルさんがいれば、
話が早いかも知れない。
どの道、あの村まで行くとすれば空を飛んで
いかなければならないし。
それから私とメルは、ラミア族から聞いた
情報を彼らと共有した後―――
支部長室を退室した。
―――3日後。
私とメルはアルテリーゼの背に―――
パックさんはエイミさんとシャンタルさんの
背に乗って、例のラミア族の湖……
その近くの村まで飛んでいた。
「申し訳ありません。
アタシまでドラゴン様に乗せて頂いて……」
エイミさんに来てもらったのは、ラミア族の
近況確認と、また町での状況を伝えるためでも
あった。
また、もちろん食料や医薬品といった物資も
頑丈なカゴに積んできており……
「そろそろ村に到着します」
と、パックさんが声を掛けてきたところ、
「む?」
「ん?」
私たちを乗せているドラゴン2頭が、奇妙な
声を出す。
「どうしたんだ、アルテリーゼ」
「いや―――
何やら村の方が……」
?? あの村で何かあったのだろうか?
私たちはすぐに着陸体勢に入り、村へと急ぐ
事にした。
「あれ? 別になんともありませんね」
「でもパック君、確かに騒いでいた人たちが
いました。
わたくしもそれは見ましたから」
そういえば私はここに来るのは初めてだが―――
村へ入ると、代表らしき人が対応してくれた。
若干どこか疲れたような顔をしているが……
「パック様!
ようこそいらっしゃいました」
「こんにちは、村長さん。
それであの―――
何かありましたか?」
代表としてパックさんがまず話を聞こうとすると、
近くの家の扉が開き、
「ド、ドラゴンはどうした!?
もうどこかへ行ったか!?」
と、何かの儀式に使うような衣装を身にまとった
男が顔を出した。
体の幅が縦より大きそうな、球体のような体形が、
どこぞの準男爵を思い出させる。
「あの人は?
村人ではないようですが」
すると村長は困った顔をして小さな声で、
「『リープラス派』の司祭です。
亜人どもを引き渡せと言って―――
こちらとしても迷惑しておったのですが」
すると、同行していたエイミさんが大声を上げ、
「あー!!
アンタはあの時の!」
「あ! やはりいるではないか!!
さあ、さっさとその半人半蛇の娘をこちらへ
引き渡せ!!」
その声に従うようにして、武装した兵らしき者も
何人か出て来た。
私とメル、パックさんが立ちふさがるようにして
彼らの前に位置取る。
「落ち着いてください。
いきなり、無体ではありませんか?」
「誰だ貴様は!」
その問いに、パックさんと私はペコリと
一礼し、
「パックと申します。
薬師を生業とし、この近辺の村や町を
回っております」
「冒険者ギルド所属―――
シルバークラス、シンです」
「同じく!
シルバークラス、メルでーす」
メルだけやたらテンションが高いが、
構わず話を続ける。
「それより、どうしてエイミさんを引き渡せと?
彼女が何かしたんですか?」
「たわけた事を!
亜人など、人間様に従って生きる以上の
幸せは無いのだぞ!
全ての生き物は、人間様に従ってこそ
生きる価値があるのだ!!」
彼の言葉に、後ろに控えていた2人が、
『元の姿』になる。
「ほう、それはそれは……」
「興味深いお話ですこと♪」
ドラゴンの姿になったアルテリーゼと
シャンタルを見上げ―――
武装兵を含めて、恐らく初見であろう
『リープラス派』の一団が青ざめる。
「まあまあ、みなさん。
一度落ち着いて話をしませんか?
アルテリーゼもその姿じゃ、ここでは
狭すぎる」
「シャンタルも人間の姿になってください」
夫2人の言葉に妻たちは黙って従い―――
彼らと『話し合い』をするべく、村長の
家で会合を持つ事になった。
「パック君の妻、ドラゴンのシャンタルです」
「シンの妻、アルテリーゼじゃ。
同じくドラゴンじゃが、よろしくのう」
その前でビクビクしながらも、司祭という男が
自己紹介する。
「わ、わしは―――
『創世神正教・リープラス派』司祭、
ズヌクという者だ」
まるで鏡モチが備えられているような感じで、
その隣りに従者らしき子供……少年だろうか。
それがちょこんと座っている。
だが司祭に比べ対照的に痩せ細っており、
それを見咎めたパックさんが口を開く。
「失礼ですが、そちらの子供は……
ちゃんと食べているのでしょうか」
「この者は修行中の身だ!
余計な口出しはせんでもらおう」
それまで静かにしていたエイミが、
ガマンならないというように司祭をにらむ。
「ヒュドラから隠れていた時―――
アタシたちは子供たちへ優先的に食料を
渡したものだけどね」
彼女も少し前まで食糧難の事態に陥ってたのだ。
目の前の少年を前にして、黙ってはいられないの
だろう。
「空腹に耐えるのも神の教えの一つだ。
それとも、創世神様を疑うのか?」
それを聞いて、周囲の人間は黙り込む。
まあ宗教の常とう手段だ。
しかし、あの『神様』を盾にされてもなあ。
直接会った事のある私は臆さず話を続ける。
「子供のお腹を空かせていいと、神様が
仰ったのですか?
それに、私の国にも宗教家はいましたけど、
ちょっと貴方とはイメージが」
「……何が言いたい?」
ギロリとズヌクさんがにらんでくるが、
私は続けて、
「いえ、私のいたところにも尊敬されていた
宗教家はおりましたけど―――
その人は修行に身を捧げ、ぜい肉など無く、
また衣服も質素なものでしたので」
顔を真っ赤にしてピクピクとこみかめを震わせる
彼とは逆に―――
こちら側の人たちはプルプルと笑いをこらえるかの
ように、肩を震わせる。
私は子供に視線を落とし、
「君はどこに住んでいるの?
やっぱり神殿とか?」
「…………」
答えないのは空腹だからか、それとも何も
しゃべるなと脅されているからか―――
「まあ、いくら何でも……
このような幼い子供を窮屈な部屋に閉じ込めて、
自分だけはご立派な部屋で、豪華な衣装を着て、
美味い物をバクバク食べているような―――
そんな事はないでしょうが」
護衛と思われる武装兵が視線をそらす。
恐らくは言った通りなのだろう。
「ましてや、
問答無用で他者を従えようなどと……」
「き、貴様らとて!
ドラゴンを従えているではないか!!」
それを聞くと、妻たちは『はー……』と大きく
ため息をつき、
「従うって何じゃ?
我は自分の意志でシンの妻になったのじゃぞ?
それにシンが我らに命令した事など
ただの一度も無いわ」
「いつも『頼む』とか『してくれ』だもんね。
むしろ一人で抱え込む事が多いから、
私たちの方からツッコまないといけない
くらいだし」
私の妻たちが反発し、もう一方の妻もそれに続く。
「確かにわたくしもパック君の言う事なら
聞きますが―――
それは夫婦として、わたくしとパック君が
愛と信頼関係で結ばれているゆえ。
なるほど、創世神様とやらの教えには
従うか従わせるかしかないのですね」
するとズヌクさんは顔を真っ赤にして、
わなわなと肩を震わせ、
「か、神に逆らうというのか!?」
まあ最後は……というかもうそれくらいしか
言えないのだろう。
しかしこの人をこのまま帰すのも、また
問題がありそうな気がする。
私はメルとアルテリーゼの方にいったん
振り向くとうなずき―――
彼女たちもそれで察したのか、コクコクと
うなずき返す。
「では、創世神様にお任せするというのは?」
「……何?」
私の提案を説明すると、ズヌクさんは
ニヤリと笑い―――
それを見ていたこちら側の一同もまた、
呆れるように苦笑した。
「もう一度聞くが後悔せんのだな?」
「そちらこそ、約束は守って頂きますよ」
外に出た私とズヌクさんは、3メートルほど
離れて対峙する。
私の提案とは―――
・どんな魔法でも攻撃でもしてきて欲しい。
・こちらは10数える間反撃しない。
・耐えきったらこちらの勝ち。
である。その上で、
・こちらが負けたらエイミさんは引き渡す。
・こちらが勝ったら言う事を聞いてもらう。
という事で……
『裁く』事になったのである。
「相手が悪かったな……!
このズヌク様は『風魔法』を使えるのだ!
シルバークラス程度など相手にならぬ!!」
という事はウィンドカッター等の使い手なのか。
確か攻撃系の風魔法を使う事が出来れば、
それだけでゴールドクラスになれる……
だったかな。
「降参するなら早くするがいい!
わしは慈悲深いのでなあ!!」
片手を高く掲げると、その先で風が渦巻く。
「もう数え始めてもいいですかね?」
その答えだというように、ウィンドカッターが
こちらへ向けられ―――
発射される時を待っていた。
風が『起こる』のは気圧の関係だ。
空気が気圧の高い方から低い方へ押し出されて
『流れる』からだ。
それを人工的に起こすのであれば、ウチワや
扇子のようなものであおぐ。
扇風機のようなファンを使えばより強力な風を
作れるだろう。
「(だが、それらの媒体も何も無しに
風を作るなど―――
・・・・・
あり得ない)」
と、かつてシーガル様と戦った時のように、
小声で魔法をオフにする。
「くらえぇええ!!
……え?」
叫ぶ彼の手元で風魔法は消滅し、構わず私は
カウントを続ける。
「1……2……3……4……」
「なな、何だ!?
レ、抵抗魔法!?」
ズヌクさんが護衛や取り巻きに視線を送るも、
彼らは首を左右に振り、
「い、いえ―――
魔力は一切感じませんでした」
「周囲の者も、魔法を使った気配は」
その間も私はカウントを続け―――
「6……7……8……」
「な、なぜだ!?
なぜ魔法がああぁあああ!!」
そして10数え終わると、彼の前まで歩み寄る。
ズヌクさんは腰を抜かしたように尻もちをついて、
私を見上げながら口をパクパクとさせていた。
「―――どうやら、創世神様が……
バカげた事に力を貸すのを拒んだ
ようですね。
では、こちらの言う事を聞いて頂きますよ」
私は彼を見下ろしながら―――
『要望』を伝えた。