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「では、彼をよろしくお願いします」
「まあ、エイミさんに懐いてますし、
大丈夫でしょう」
リープラス派司祭・ズヌクさんとのトラブルから
一週間後―――
私とパックさんの視線の先には、エイミさんに
抱きかかえられた10才くらいの子供がいた。
彼の名前はアーロン。
ズヌク司祭の従者をしていた少年だが―――
パックさんが栄養状態が極度に悪いと診断し、
町へ緊急入院させる事になった。
現状、パックさんの屋敷は自宅兼研究施設兼
病院でもあり、特に重病・重症患者は彼の元へ
搬送させる運びになっている。
基本的には、パックさんがその浄化魔法で
すぐに治してしまうのだが……
空腹と体力の低下はケガや病気と違って
『治療』の範囲では無いため、
休養と十分な食事が必要であり―――
またエイミさんの付きっきりの介護もあって、
ようやく退院する事になった。
町での生活に慣れたら、孤児院で面倒を
見てもらう予定である。
「じゃあエイミさん、部屋へ案内……」
と、私の言葉が終わらない内に、
「行きましょうアーロン~♪」
と、一瞬で彼を抱いたまま、屋敷の奥へ
走り去ってしまった。
ラミア族なので、正確には走ってはいないのだが。
後に残された私とパックさんは夫同士、
顔を見合わせて苦笑し、
「大丈夫ですかね?
エイミさん、アーロン君を手放さないんじゃ」
「あの村からずっと、献身的に看病して
いましたからね」
あのズヌク司祭との対決の後、
私は彼への要求を飲ませたのだが―――
ラミア族の引き渡し拒否は元より、
従者であったアーロン君を要求したのは
他ならぬエイミさんの要望でもあった。
パックさんも医者としての立場から見逃す事は
無かったと思うけど……
彼女の目には、ヒュドラで監禁状態になっていた
子供たちと重なったのだろう。
「そういえばメルさんは?
アルテリーゼさんは、シャンタルと一緒に
また石材を探しているとの事でしたが」
新規開拓地区のため、再度石橋が必要となり、
ドラゴン組はその材料となる石材探しのため
飛び回っていた。
ラミア族も町の生活に段々慣れてきており、
『ドラゴン様』が少しの間不在でも、不安は
感じなくなってきたようだ。
「メルなら、ラミア族に町周辺を案内している
そうです。
彼女たちが生活で使っていた木の実や
草などがこちらでも採れないか―――
調査しているとの事で」
ラミア族も集落を作って生活している。
当然、自分たちなりの便利な物や道具を使って
暮らしているだろうし、生活の知恵もある。
そのあたりは女性同士、メルやアルテリーゼが
話しているので、妻経由で聞こえてくるが、
中にはとても役立ちそうな物や、興味深い物も
あった。
「なるほど。
こちらに来た時は、栄養状態はともかく
体の汚れもほとんど見られませんでしたし。
衛生的な生活を送ってきたのは確かでしょう」
「何かあればパックさんにも情報を共有
しますので―――
その時はお願いします」
私はパックさんにあいさつし、彼が帰った後、
自分の仕事のために冒険者ギルドへ向かった。
「あ、シンさん!」
「こんにちはー!」
支部長室に入ると、いつものメンバーである
レイド君・ミリアさんよりさらに年下の
カップルが出迎えた。
「こんにちは。
ギル君、ルーチェさん」
彼らがここに呼ばれているのは、何か用が
あるからだろうか?
と、部屋の主であるジャンさんに視線を向けると、
机で何やら書類仕事をしたまま頭を上げて、
「おう、シン。
ちょっと待っててくれ。
ギル、ルーチェ。
これをドーン伯爵と、王都のギルド本部まで
届けて欲しい」
そして2人がギルド長から手紙らしき物を
受け取ると同時に、扉が勢いよく開かれた。
「あ、オッサン!
出来たッスね!?」
そして間髪入れずに打撃音が室内に響く。
「いい加減ノックくらい覚えなさい!
後ギルド長でしょ!」
レイド君とミリアさんのやり取りを、年下の
カップル組は温かい目で見つめ―――
「兄貴は相変わらずだねー」
「うん。
ミリ姉もレイド兄ちゃんも、いつも通り」
弟妹のような彼らの言葉に、若干の不安と
慣れを覚えつつ、ジャンさんへと顔を向ける。
「えーと……
出来たとはその手紙の事ですか?」
「おう。
例の『創世神正教・リープラス派』に対する、
まあ質問状だな」
アーロン君を保護した時、事情をギルド長始め
いつものギルドメンバーに説明したのだが……
彼の口は当初重く―――
それでもアーロン君をはじめ、何名か孤児が
自分のいた施設に『保護』されている事、
修行内容については、神への誓いで誰にも
しゃべってはいけないと、口止めされている
事が判明。
ろくでもない事なのは確かだろう。
それを聞いた孤児院出身組と関わっている方々が
ブチ切れ、リープラス派は敵と認識された。
そこで一応領主であるドーン伯爵様へ、
ジャンさんが自ら相談に出向いたところ、
ちょうどそこにいた第一夫人であるレイラさんと、
第二夫人であるフィレーシアさんもおり、
事情を説明したところ子供の扱いに2人とも激怒、
全面的な協力を得るに至ったのである。
「とはいえ相手は国教だ。
直接的な非難は却って危険だろう」
なので、『質問状』という形を取り―――
やんわりと別角度から攻める事にしたのだ。
内容は、リープラス派は……
・子供の断食を神の教えとしているのか。
・それとも修行の一環としているのか。
・全てのリープラス派の支部でそれは行われて
いるのか。
等々―――
「後はなるべく上の連中を巻き込む。
王都の本部長・ライオットに伝えれば
後は『いい方向』で動いてくれるはずだ」
『上の連中』どころか、トップオブ上級国民まで
話を持っていくところに、ジャンさんの本気の
怒りが伺える。
この場では私とギルド長しか知らないが、
本部長の正体は前国王の弟だからなー……
いかに国教とはいえ、王族が絡めば無視は
出来まい。
「あ、そういえばアーロン君ですが、
今日無事に退院しました。
しばらくはエイミさんが付き添って―――
私の屋敷で様子を見る事になるかと」
それを聞いた女性2名は顔を見合わせて、
「彼女ですか。
わたしもお見舞いに行きましたけど、
ずっと一緒でしたもんね」
「ベタベタに甘やかしていたもんねえ。
ありゃアーロン君、離れないようになるよー」
そしてそれぞれのカップル相手が、
気恥ずかしそうに視線を下げる。
「ではそれで―――
リープラス派についてはお任せします」
「おう。
じゃあギル、ルーチェ。
行ってこい」
「「はーいっ!」」
ジャンさんの命令で、まずは一番若いカップルが
部屋を出て行く。
「シンさんはこれからどうするッスか?」
レイド君の問いに、私は床にいったん視線を向けて
「ああ、いつものお仕事です。
下の階のブロンズクラスの皆さんと、
魚や鳥を捕まえに」
「あ、じゃあ連絡してきますねー」
ミリアさんが部屋の扉の前に立ち、一度
振り返ると、レイド君に向けて『お前も来い』
という眼光を発し、飛び上がるようにして
彼も出て行った。
「相変わらず尻に敷かれてんなあ……」
「まあ、仲が悪いよりは」
2人きりになった後、私はふー、と一息ついて
「……しかし、いくら宗教とはいえ、
奴隷同然の扱いをしてもいいんですかね?
成人したら真っ先に復讐されるんじゃ」
以前、奴隷とはいえ―――
高価な魔導具で拘束でもしない限り、
大人になった時に報復されるリスクを
聞いたのだが。
するとギルド長がイスに座り直す音を立て、
「最初から法を守る気が無い連中にゃ、
そんなの関係ねぇだろ。
成人する前に死んでもらうとか、
一人で生きていけないように手足を切るとか。
方法はいくらでもあるんだぜ」
彼の言葉に、まだまだこの世界の認識が
甘かった事を思い知らされる。
ポップ君やニコちゃんも誘拐されかけたし、
その売り先が合法的な組織だったとは―――
とても考えられない。
「だから今回の件は一気に王族まで
持っていってんだ。
手遅れになる前にな」
王都本部長まで連絡したのは、単に怒りに任せて
ではなく、そういう側面もあったのか……
つまり緊急性が高いと判断したからこそ、だ。
私は改めてこの世界の厳しさを認識すると、
レイド君とミリアさんの到着を待って、
仕事に出かける準備を整えた。
「……という事になってさ。
王都まで話はいってるから、悪いようには
ならないと思う」
夕食時、自分の屋敷の食堂で―――
家族・ラミア族と一緒に食事をしながら、
伝えられる範囲で現在の情報を共有する。
「ふーん、そうなんだ」
「まあ難しい話はシンにお任せしておるし、
それで解決出来なかった事などない。
お前たちも安心するがいい」
「ピュピュ~」
妻たちの反応に、ラミア族の面々、そして
アーロン君も安堵の表情を見せる。
「そういえば、メル。
ラミア族のみなさんと探索に出たらしいけど、
何か見つかった?」
「あ、そーだ!
それがね……んぐっ」
喉に詰まらせたらしく、ドンドンと胸を叩く妻を
周囲が落ち着かせる。
「た、食べた後でいいから……」
「……ふー。
はぁ~い」
そして夕食後に改めて、報告を聞く事になった。
「……で、森の中で―――
私たちが普段体や衣類を洗っている実を付けた
木を発見しました」
基本的にはこういう場合、代表としてエイミさんと
タースィーさんが残るのだが……
エイミさんはアーロン君に付きっきりなので、
彼女一人が今回の探索結果の報告を行っていた。
「あー、『アオパラの実』ね!
アレは本当にスゴイよ、シン!
すっごくツルツルするの!」
話を聞くに、恐らくムクロジの実かあるいは、
それに近いものだろう。
アウトドアが趣味の私は、一度旅先でそれを
使っていたお婆さんに会った事があるのだが、
確か外殻の部分だけを使い、それを布に入れて
ゴシゴシと小物を洗っていた。
私も貸してもらったが、思った以上に泡立つので
驚いた記憶がある。要はセッケンがわりだ。
「えーと、シンさん。
もしかして知っていましたか?」
しばらく無言になったからか、タースィーさんが
恐る恐る聞いてくる。
もし既知のものであれば、たいして役に立たない
かも……と心配しているのかも知れない。
私は軽く首を左右に振り、
「知識として、そういう実があると
知っていただけです。
さすがに現物までは見た事がありません」
少なくとも『この世界では』なら、ウソじゃ
ないしな……
私の答えに、彼女はホッとしたような表情になる。
「もし町でもそれが使えるようになれば、
大変ありがたいです」
「そだねー。
シンもいろいろと作ってくれていたけど、
アレは段違い!」
「でもシンに任せれば―――
より改良してくれるかも知れぬぞ?」
実際、この世界に来た頃は……
町では木灰を混ぜた水の上澄みを使っていた。
文字通り、木や草を燃やして出来た灰を水に
溶け込ませた物で、原始的ではあるが洗浄液の
代用品となる。
日本も戦後まで、各家庭にそれ専用の桶が
あったくらいだ。
ただ何でもそれで洗っていたので、洗髪ともなると
出来上がりは地球のシャンプーを使ったものとは、
比較にもならず―――
洗髪の仕上げとして、酢を薄めた水で洗うよう提案。
さらに干し柿の要領で乾燥させた果物の皮や
花びら―――
それを細かく砕いてチップにした物を用意し、
香り付けとして混ぜたところ、女性陣に
好評であった。
米が手に入るようになってからは、そのとぎ汁を
利用した洗顔や、入浴剤としても使用している。
「お風呂はこれからですよね?
そろそろ業者さんも来ると思いますし―――
その実で髪を洗った後、ウチの町でやっている
洗髪の仕上げをやってみたらどうでしょうか?」
「アレですか。
確かに、髪がスッキリした感じに仕上がったん
ですよね。
ツヤも全然違いましたし……
わかりました!
やってみます!」
「私もやるー!」
「我もじゃ。
楽しみじゃのう♪」
こうして私は、妻たちとラミア族のお風呂上りを
待つ事になった。
そして1時間後……
「う~ん……」
彼女たちを前に、私はうなっていた。
「うっわー……
髪ってこんなにサラサラになるんだ」
「木灰の水より、あの実を使った方が
仕上げもしっくりくる感じがするのう」
メルとアルテリーゼの髪は、まだ生乾きながらも
今まで見た事も無いほどキレイに波立っている。
「お酢を入れた水で最後に洗うと、こんなに
ツヤが出るなんて」
「これは完璧な組み合わせです……!」
ようやくシャンプーとリンスが揃ったような
ものだからなあ。
コンディショナーとまでなると、男の自分には
わからない世界だが……
「よーしアルちゃん!
さっそく『アオパラの木』を取りに行くわよ!」
「そうじゃな!
明日にでも……」
と、やる気満々の妻たちを手の平を前にして制し、
「今、農地は食料優先だから。
メープルシロップの木や干し柿用の木、
その他の果樹もいっぱいいっぱいだし」
それを聞いてガックリする2人を前に、
エイミさんがおずおずと手を上げ、
「あ、あのう。
持ってくる事が出来るのでしたら、この屋敷の
お庭に、というのは?
近くにあれば、アタシたちも加工しやすい
ですし……」
そういえばここ、庭もかなり広いんだよな。
彼女の指摘にメルとアルテリーゼは表情を輝かせ、
「よくぞ言った! エイミちゃん!!」
「木はどのくらいの大きさじゃ!?
10本でも20本でも持ってくるぞー!!」
食べ物とはまた違うこだわりがあるんだろうなあ。
特に女性は……
「新規開拓地区の方も頼むよ。
そこさえ完成すれば、しばらくはそういう事で
悩まなくても済むようになるから」
かくして、セッケンの代用品が手に入る事となり、
また町の生活レベルが上がるのに、貢献する形と
なった。
「狩り、ですか?」
「は、はい!
アタシたちも一応、狩りはしていましたので」
「子供たちの体力も回復しましたし、
私どもで何かお手伝い出来る事があればと」
数日後、私がセッケンの代用品である
『アオパラの実』と、ウドンの作り方を
ドーン伯爵様の館まで伝えに行った日の事―――
ラミア族の代表として、エイミさんと
タースィーさんから、狩りや護衛の
申し出を受けたのだった。
きっかけは、『アオパラの実』を発見した時の
探索で、その時はメルと魔狼ライダー他、
ブロンズクラス数名が彼女たちの護衛に
付いたのだが、
いつまでもお世話になっているだけでは
いられない、という感情と―――
恩返しとして何かさせて欲しい、という
気持ちもあるのだろう。
要は彼女たちに、この近辺で狩りをしてきて
もらえばいいのだろうが、それには少し問題が
あった。
実はその手の仕事はすでに『埋まっている』のだ。
この町の冒険者ギルド支部の登録者が、100人を
超えたと言われたのは、もう半年以上前で―――
東の村に作った詰め所にも派遣したり、
町内パトロールなりで何とか雇用を増やしては
いるが、野外の狩りとなると資源保護の問題と
バッティングしてしまうため、そうおいそれとは
増やせない。
私がつい無言になってしまったからか、
妻がフォローに入るように口を開く。
「そういえばラミア族って、普段何を
狩ってるのー?」
「住処は湖じゃし、やはり魚とかかのう?」
すると2人は妻の方へ視線を移し、
「もちろん、魚もですが……
陸上でも狩りはします。
私たちは水魔法と土魔法に優れた者が
多いので、それと武器を使っての狩りに
なりますね」
「獲物としましては―――
ボーア系やバイパー系、ヘラジカも多いです。
連携して魔物だって狩ります。
ヒュドラまではさすがに無理でしたが……」
フム―――
となると、戦力はかなり高い、という事か。
それに、町で獲っているのは魚か鳥、それも
トラップ系だ。
そういう獲物なら重なる事は無いかも知れない。
「―――わかりました。
ただその前に、一応ジャンさんに相談します」
エイミさんもタースィーさんも頭を下げて
うなずく。
ヒュドラを直接倒した本人だし、彼の言う事なら
素直に聞くだろう。
「明日、ギルドへ行って聞いてきます。
それでメル、アルテリーゼ。
『アオパラの木』は? 今どんな感じ?」
「まー植えたばかりだからね」
「結構大きな木じゃったから、2本だけ植えた。
あとシャンタルも1本持っていったぞ。
実験器具の洗浄が楽になると言っておった」
後はメルの水魔法で、どれだけ成長や実の生産を
促進出来るか、かな。
それからしばらく、ラミア族の生活に関する
相談や、子供たちを孤児院へ通わせてみるか等、
希望を聞いてその日は終わった。
「……どうしてこうなったんですか」
「強いて言えば、俺のところへ話を持ってきた
時点で、予想出来なかったシンのせいだな」
ギルド長へラミア族の狩猟を相談しに行った
3日後―――
私はジャンさんと一緒に、エイミさん・
タースィーさんのコンビと、ギルドの訓練場で
対峙していた。
「ヒュドラを倒すほどの腕前―――
アタシたちで勝てるとは思っておりませんが」
「胸を貸してもらうつもりでやります……!」
ラミア族の2人は、手にした得物を構える。
1.5メートル超の棒で―――
聞くと彼女たちは、水中・陸上双方で槍のような
武器をメインに使うらしい。
それを見た『観客』たちがワッと歓声を上げる。
会場となった訓練場の各所にはブロック状の
氷が置かれ、リーベンさんを始めとした風魔法の
使い手が、送風を担当する。
「これなら、屋内でも熱中症の心配は無いッスねー。
つかホント涼しいッス」
「しかし、ファリスさん大丈夫ですかね……
氷魔法の使い手は彼女しかいないんですし」
「あ、そういえば以前各ギルド支部へ
募集をかけた件で―――
(54話 はじめての ばくだん参照)
2人ほど見つかったと先日報告がありました。
両人とも乗り気で、こちらへ向かっているとの
事です」
そうなのか。
季節としてはもう夏真っ盛り、そこへ氷魔法の
使い手補充はありがたい。
それはそれとして―――
「……みなさん、盛り上がってますねえ」
観客席を見ると、シャーベットやら
アイスキャンディーやら、各種のサンドやら……
思い思いの料理を手に好奇心と興奮の入り混じった
視線を、中央の舞台に向けてくる。
「シンー! 今回も頑張ってねー!」
「ケガはしないようにのう!」
「ピュー!」
その中には当然のように私の家族もいて、
手を振っていた。
「はぁ……何でこんなに人が」
「そりゃあ久しぶりの娯楽だからな。
シンが話を持ってきてくれて助かったぜ」
楽しくて仕方がない、というふうに笑う
ジャンさんに、レイド君とミリアさんは
『仕方の無い親父だなー』というような
目を向けて、
「まあ諦めてくださいッス。
そもそも、オッサンに相談した時点で
終わっていたッス」
「ギルド長も、これさえなければ」
町周辺でのラミア族の狩りについて―――
近場での許可、もしくは思いとどまって、
他に何か仕事を与えてあげられないか、という
意図で相談に行ったのだが……
ジャンさんがラミア族の戦い方に興味を持ち、
『一度手合わせしてみるか』という事になり、
あれよあれよという間に、『模擬戦』が組まれて
しまったのである。
もちろんラミア族には打診後、訓練場でいくつか
武器を試してもらい、その上で……と、一応
合意は得ている。
「ラミア族のエイミさんとタースィーさんは
わかるとしても……
何で私がこちら側の代表に」
「そりゃシンは町の名物……
もとい有名人だからに決まってんじゃねーか。
だいたい、こういうのを催しとして始めたのも
お前さんだろ?
言い出しっぺが参加しなきゃなあ♪」
遠回しに客寄せパンダと言われている気もするが、
こういう形でイベントにしたのは私だから、それを
言われるとぐうの音も出ない。
「しかしあの蛇のねーちゃん……
腰から上は美人だよなあ」
「髪もサラサラ……
そういえば、公衆浴場で新しく用意された
洗浄用の実って、あの人たちが持ってきたん
でしょ?」
「相手はあのシンとギルド長か。
さて、今回はどんな試合になるやら……!」
観客がざわつき始め、開始が近い事を肌で感じる。
ふと見上げると、すでにレイド君・ミリアさんは
会場となった訓練場の最上段に位置取り、
「それではただ今より―――
当ギルドの模擬戦を開始いたします!」
「今回は2対2の同時対戦です!
ラミア族から、エイミとタースィーの2名、
当ギルドからはギルド長・ジャンドゥ、
そしてシルバークラスのシン!
では両者―――
構えてください!!」
一応、私は短刀のような小さめの木剣を―――
ジャンさんは普通の長さ、1メートルほどの
木剣を持ち、構える。
事前の作戦としては、ジャンさんが全ての
攻撃を引き受け、私は防御と避けに徹し……
キリのいいところで決着させる、というもの
だったが、
「おっ?」
「ええっ!?」
私たちと共に、観客の視線も同時に上へと向く。
ラミア族の一人が、上空へと飛び上がったのだ。
そして落下地点は言うまでもなくギルド2人組の
方角であり―――
「うおっとぉ!!」
「うひゃあっ!!」
想定外の攻撃に、2人とも思い思いの
方向へ避ける。
態勢を立て直すと、そこにはエイミさんが
構えていて―――
「シン! 後ろだ!!」
「―――ッ!!」
ギルド長の声に慌てて体を回転させて振り向くと、
目の前にはタースィーさんがおり、私の後ろでは
エイミさんがジャンさんと対峙する形となる。
完全に分断された……!
このままでは、私はタースィーさんと一対一に
なる事に―――と思っていると、
「―――『土壁』!」
彼女の言葉と共に、4方向に大きな壁が出現した。
囲まれた!? と思ったのもつかの間、すぐさま
別の魔法を立て続けに発動させる。
「―――『浸水』!!」
あっという間に、膝まで水が溜まった。
まさか水中戦をさせる気か?
思考を巡らせていると、私の目の前で
タースィーさんは下半身をバネのようにして
飛び上がり―――
「……!」
そのまま、3メートルはあろうかという
壁の向こうへと消えた。
「なるほど……
この水は、脚力を奪うためのもの―――
という事ですか」
私は一人、囲いの中の空間に残され……
彼女が消えた空を眺めた。
「ありゃ。
シン、閉じ込められちゃったよー」
「なるほど……
完全に分断した後、各個撃破するつもりか。
シンを足止めし、まずはギルド長を2対1で……
悪くはない判断じゃ」
「ピュ~」
彼女たちの見下ろす舞台の上では、すでに激しい
剣撃が交わされていた。
「ハイッ!!」
「たあっ!!」
エイミが上から槍を模した棒を振り下ろし、
同時にタースィーが下半身の尾を地を這わせる
ようにして、ジャンドゥに攻撃を仕掛ける。
「ぬんっ!!」
ギルド長は上からの攻撃を木剣で叩き返すと、
地面を蹴って後方へ飛び、尾の攻撃をかわすと
共に距離を取った。
「トウッ! ヤアッ!!」
「ていっ! はぁあっ!!」
ラミア族の2人はすぐに体当たりをするかの
ような勢いで距離を詰め、突きを仕掛けたかと
思うと、前方へ一回転するようにして、尾を
叩きつける。
ジャンドゥもまた、身体強化を使い―――
攻撃を見切りつつも、次第に押され気味で後方へ
追いやられていった。
「シンを閉じ込めたのは―――
俺の方が与しやすいと思ってか?」
彼の言葉に、亜人の女性2人はフッ、と苦笑し、
「ご冗談を……
作戦として分断はしましたが、どちらかを
までは考えていませんでした」
「そもそもが、ヒュドラを相手に互角以上に
戦える貴方と―――
ドラゴン様を妻とするシンさん。
どちらが相手でも、まともに戦える自信は
ありませんよ」
チラ、とタースィーは自分が作り上げた土壁に
目をやる。
一方その頃―――
壁に閉じ込められていたシンは、一人
考えていた。
「土魔法は何度か見ましたが……
壁を建築するのは初めて見ましたね」
実際、防御に徹した最適な使い方だろう。
表面を叩くと、コンクリートのような硬さの
手応えが返ってくる。
しかし、このまま中に入っているわけにも
いかない。
ジャンさんに全部任せてもいいけど、
何もしないのはそれはそれで、見に来た
観客たちに悪い気もするし……
変な疑いを持たれてもアレだしな。
「……一部分だけ『無効化』って出来るかな?」
全てを無効化したら土くれに戻って
しまいそうだし―――
壁の足元部分だけの魔力を無効化する
→こっちに倒れてこないように向こう側へ押す
→脱出出来る
「よし、やってみるか」
私は視線を足元に落とすと意識を集中し、
「土を一気に固くする……
そんな魔法など、
・・・・・
あり得ない」
すると、ベキッ、と鈍い音が響き―――
床が一瞬揺れた。
壁の外では、ラミア族2人に対して1人で
渡り合うジャンドゥの戦いが続いており、
「……ふぅん。
で、あの壁はあとどれくらい持つと思う?」
ギルド長の問いに、エイミはニヤリと笑い、
「タースィーはラミア族の中でも、強力な魔法の
使い手です。
特に土魔法は……!」
「格闘では長やエイミに敵いませんが―――
あの土壁は、ヒュドラ相手でもそれなりに
役立ちました。
ですので、今しばらくは……
シンさんは行動不能のはずです!」
すると、そこで観客席がどよめいた。
「お……?」
「見ろ! 壁が……!」
その指摘の通り、ゆっくりと壁の一角が外側へ
斜めとなり、後は重力に従い―――
轟音と共に地面に倒れ、水があふれ出し……
中からジャンドゥのタッグパートナーが現れた。
それを信じられないという目で、エイミも
タースィーも数秒、現実逃避していたが―――
やがて我に返り、
「う、うそでしょう!?」
「わ、私の土壁は―――
ヒュドラ相手でもそんなに簡単には……!」
囲いから出た私を待っていたのは、混乱・困惑した
彼女たちの表情で―――
もし壁が倒れて下敷きになっていたら
危なかったよなあ、出る前に声を
かけるべきだったか、と思っていると……
「驚いているところ悪ぃが……
よそ見とは感心しねぇな」
「あ―――」
「しま……っ!!」
ジャンさんの声に慌てて2人は振り向くも、
同時に手から得物が弾かれ……
素手となったラミア族の2名は戦意喪失。
そこで会場最上段から、レイド君とミリアさんが、
「そこまで!!」
「勝者―――
ジャンドゥ・シン組!
ギルド側の勝利です!!」
と、試合終了を告げ―――
会場は歓声に包まれた。